無人島へいらっしゃい

 <登場人物>
   ・女A(少女向けジュブナイル小説家)
   ・男B(サラリーマン)
   ・男C(田舎の中学生)
   ・男D(お相撲さん)

   ・船員、他



――(マクラ)

昔から、マンガや映画で無人島が舞台になったお話というと、
大抵は無人じゃなくて有人と決まっております。
どうかすると、原住民が団体で住んでいたりして。無人島でもなんでもない。

最近は見ませんが、以前はよく「無人島ひとコママンガ」というのがございました。
海の真ん中に、畳二畳分ぐらいの大きさの小さな島があって、椰子の木が一本はえている。
そこに、ボロボロの服を着て、ヒゲぼうぼうの男が一人、うつろな目で膝をかかえて体育座りしている。
俳優に例えれば、あんまりジャニーズ系は似合わない。岩城滉一とかの渋い人もピンとこない。
さしずめ、温水洋一あたりですか。
そんな、人のいる無人島を舞台に、なにかしら事件が起こるという一席で・・・。



――(波の音、孤島に女が一人)

ザザーッ・・・ザザーッ・・・

女A 「ああー、ステキ・・・なんて心に響く波の音なのかしら・・・。

 高い高い、見上げているだけで体が吸い込まれそうになる高い空・・・
 水平線から勇壮に沸き立って、空の端々を力強く埋める、真っ白な入道雲・・・
 その入道雲の下を、まるでそう、母親が子供たちを優しく見守るかのごとく、
 静かに横たわるマリンブルーの海面・・・
 そして、そんなマリンブルーの海面で、ポツンとひとつだけ見え隠れして、
 浮きつ沈みつする、人工的な赤・・・
 あれこそ、ついさっきまで私が乗っていた豪華客船、『サンタゴリラ号』の赤い船底!

 それを、こうして一人、命からがら泳いでたどりついた名も無い孤島から、
 傷心の面持ちで見つめる私・・・
 ああ、ステキ! なんて絵になるの!

 今まで毒にも薬にもならない
 少女向けジュブナイル小説ばっかり書いてきた私にとって、
 またとない絶好のチャンス到来だわ!
 出版社だまして取材旅行費用出してもらって、
 豪華客船クルーズ旅行に出た途端にこの沈没事故・・・
 きっと運が向いてきたのよ! そうに違いないわ!

 帰ったらこの一部始終をノンフィクション長編小説に書き上げるのよ!
 そうすればたちまちミリオンセラー間違いなしよ!
 なんたって今はノンフィクションでドラマチック! これに勝るジャンルは無いのよ!
 本のタイトルは・・・そう、『電車男』に対抗して『船女』・・・
 イマイチだ。これは無かったことにしよう。

 ううん、本のタイトルなんか、この際どうだっていいのよ。問題はこれからよ。
 これからどんな出来事が起きるか、なのよね。
 今の世の中、まさか何ヵ月も無人島生活が続くなんてあるわけないわ。
 長くてせいぜい1週間ね。
 1週間ぐらいなら、なんとか我慢して暮らせるわね、きっと。
 山奥で絶食ダイエットツアーに参加したと思えば、たやすいものよ。

 そうなると、この1週間のうちに何か事件が起きてもらわなきゃ困るわね・・・。
 やっぱりここは、そう、恋愛がらみよね。

 私と同じ豪華客船『サンタゴリラ号』に乗船していたヨーロッパの財閥の御曹司が、
 私のあとを追うようにこの無人島に漂着してくるわけよ。
 私が昔NOVAで習った英会話能力を駆使して、その御曹司に話しかけるの。
 『ヘイミスター、大丈夫デスカ?』・・・ほとんど日本語だわね。

 御曹司は答えるわ。
 『せれぼじゅぶどばダイジョブだぼーん』
 ・・・英語で聞いたらフランス語で返してきたわ!
 まぁ想像の中だから、言葉はどうでもいいわ。

 『あなたのお名前は?』って私が聞くの。
 すると相手が答えるわ。
 『シャルル・アルセーヌ・エッフェル三世です』
 『えっ、エッフェル三世というと、もしや、
 あの伝統のパリ銘菓・エッフェル塔クッキー総本家の・・・』
 『そうです、そこの一人息子です。新製品のエッフェル塔だんごもよろしく』
 『ステキ・・・それよりエッフェルさん、海から上がったばかりで服がグッショリ濡れてますわ。
 どうぞお脱ぎになって・・・』

 そういって私が彼の着ていたシャツのボタンを一つ一つやさしく外してあげると、
 彼の厚い胸板があらわになるの。
 右の二の腕にはエッフェル塔のタトゥー、
 左の二の腕にはフランスパンのタトゥー、
 背中一面にシャネルのマークのタトゥー。
 『ステキだわエッフェル、ううん、アルセーヌ・・・』
 『ウーン、セレレボドゥビシュワボーン・・・』
 ・・・なーんちゃって、キャー!」

ザバーッ!(海から誰か上がってくる)

男B 「こんにちは!」

女A 「わービックリしたっ!
 なに、あなた? 怪しいわね!」

男B 「怪しい者ではありません。
 私は、見ての通りの者です!」

女A 「見ての通り?
 見ての通りの・・・サラリーマン?」

男B 「はい! 株式会社ナントカ・コーポレーション西池袋支店、
 営業三課主任、山本ひろしと申します!」(と、名刺を渡す)

女A 「山本さんも、ひょっとして、『サンタゴリラ号』から?」

男B 「はい! 豪華客船『サンタゴリラ号』にて
 取引先との接待旅行の帰りで、こういうことになりました!
 それで先ほど、こちらへ泳いで参りました!
 よろしくお願いいたします!」

女A 「よろしくって・・・こんな無人島に、
 紺のスーツに革靴にカバンって、合わなさすぎなんだけど・・・。
 エッフェル三世とえらい違いじゃない。
 山本さん、よくそんな格好で泳いで来られましたね?」

男B 「はい! スーツはサラリーマンの戦闘服です!
 ♪24時間〜たたか〜えますか!  ♪ビジネスマ〜ン ビジネスマ〜ン」

女A 「・・・古い!
 やっぱりダメだ、こんなのが相手じゃ、ドラマもミリオンセラーもあったもんじゃないわ。
 そうだ! 無視しよう!
 いなかったことにするのよ、それしかないわ!」

男B 「いやぁ、取引先の竹内専務、大丈夫かなぁー。
 ケータイかけてみようかなぁー。
 あ、だめだ。水没しちゃって使えないなぁー。保証期間内だったかなぁー。
 あのー、申し訳ありません。ちょっとケータイ貸してもらえませんか?」

女A (無視)

男B 「あのー、すみません。ケータイ貸していただきたいんですけど?」

女A (無視)

男B 「あっ! どうも失礼しました!
 初対面の女性にいきなり『ケータイ貸せ』は無いですよね!
 ていうか、アナタのケータイも水没してますよね、普通に考えたら!
 あはははは」

女A (無視)

男B 「あ、えー、オホン、まずいな。怒らせちゃったみたいですね。
 よし、こういう時こそ、会社で覚えた接待の奥義の数々を使わなきゃ。

 いやぁ、最近ジャイアンツ弱いですね!」

女A (一瞥して無視)

男B 「あ、女性にプロ野球の話題はダメだったな。
 えーとえーと、あっそうだ。
 この間、南池袋においしいラーメン屋見つけたんですよ!」

女A (睨んだあと無視)

男B 「あれ? 女性はグルメの話題には食いついてくるはずなんだけどなー?」

女A 「あの・・・山本さん」

男B 「はい! ラーメン屋ですか!」

女A 「ケータイ見せてください」

男B 「あっ、ケータイですか!
 ずいぶん時間差で興味を・・・いえ、はい、ではこれが僕のケータイです。
 ドコモの最新機種です。水没しちゃって調子悪いですけど。
 待ち受け画面は実家で飼ってるゴールデンレトリバーのまさおです。今年6歳で・・・」

――(女A、ゆっくり微笑んだあと、ケータイを遠くにブン投げる)

男B 「あーっ !! 僕のケータイがーっ !!
 アナタひどいな、ケータイはサラリーマンの最大の武器なのに!
 まさおーっ !!」(と叫びつつ海に飛び込む)

ドブーン!

女A 「うざっ! なに今の !?
 えんえん聞きもしないのに自分のことばっかり話しやがって!
 バカじゃないの、あのくそサラリーマン!

 どこの世の中に、海のど真ん中の無人島で、南池袋のラーメン屋の話する奴がいるのよ!
 何が『ケータイはサラリーマンの最大の武器』よ !?
 だから手榴弾みたいに投げてやったんだよ! フンッ!

 ああ〜、もっとマシな男、来ないかしら〜。
 海を見ながら二人きりでロマンチックな話しができるような・・・」

ザザーッ・・・ザザーッ・・・
ザバーッ!
(海から誰か上がってくる)

女A 「また誰か来た! 誰?
 男だけど・・・子供? いや、大人っぽくも見えるなぁ・・・」

男C 「ふーっ、助かっただらー」

女A 「訛ってる! 着てるのはジャージ?」

男C 「うぉー、女、女、女がおるがやー!
 ねーねー、おねえさんも船に乗っとって、この島来たんー?
 うわっ、おねえさん服が濡れとってスケスケだがやー! どえりゃー色っぺー!」

女A 「・・・田舎の中学生だ!」

男C 「ねーねー、おねえさん彼氏おるの?
 この島で二人で一緒におらにゃーいかん間は、オレが彼氏がわりになったるがやー!
 なーなー? えーてえーて!」

女A 「あっ、今むこうに、ビキニの上戸彩が乗ったクルーザーが通った!」

男C 「えっ !? どこどこ !?」

ドブーン!

女A 「バカヤロー、このエロガキ!
 なんで無人島に漂着して、いきなり前かがみになってんだ! ドスケベ中学生!
 あ〜、もっとマシな男、早く来てよ〜!
 ミリオンセラーになりそうなの〜!」

ザザーッ・・・ザザーッ・・・
ザバーッ!
(海から誰か上がってくる)

女A 「誰?」

男D 「(疲れた様子で息絶え絶えに)フゥ・・・フゥ・・・ゼェ・・・ゼェ・・・ごっつぁんです」

女A 「お相撲さん !?」

男D 「海外巡業の途中で・・・船が沈んだでゴンス・・・
 きっとみんな巡業先でチャンコを食いすぎて、
 体重が増えちゃったのが沈んだ原因でゴンス・・・どうしよう・・・」

女A 「わーっ、寄ってこないで! この島、狭いんだから!
 押し出されたら海に落ちちゃうって!
 あっほら、むこうに、懸賞金の束を持った木村庄之助が泳いでる!」

男D 「えっ? そりゃーごっつぁんです!」

ドブーン!

女A 「なんなの一体 !?
 こうなったら、もう御曹司でもエッフェルでもなくていいから、
 ふつーの男来い! ごく標準的な男!」

ザザーッ・・・ザザーッ・・・
ザバーッ!
(海から誰か上がってくる)

男B 「こんにちは!
 株式会社ナントカ・コーポレーション西池袋支店、営業三課主任、山本ひろしです!
 たった今、ケータイを海の中から拾って、戻ってまいりました!」(と、女にケータイを見せる)

――(女A、黙ってケータイを奪い取り、再び海へ投げ捨てる)

男B 「あああーっ !! まさおーっ !!」

ドブーン!

女A 「おめーは一生、海で暮らせー! バカヤロー!」

ザザーッ・・・ザザーッ・・・
ボォォォーッ! ボォォォーッ!


女A 「あっ、あれは・・・救助船?
 早い! 早すぎる!
 これじゃ私のミリオンセラーになるはずのノンフィクション小説が、
 単なるお笑いエッセイで終わってしまう!
 ど、どうしよう?
 まさか救助に来た人に
 『いえ結構です、しばらくここに残りたい』なんて答えた日には、
 TVのワイドショーで評論家にさんざんバカ呼ばわりされちゃうだろうし・・・

 ああっ、船が島の横についた! 救助の人が降りてきた!
 あら? ・・・かっこいい・・・
 筋肉ムキムキで顔の彫りが深くて、眼がキラキラ・・・
 
 あっ、ハイ。そうです。『サンタゴリラ号』からこの島に漂着しました。ハイ。エヘ。
 名前は、イトウミサキです。え? 女優さんみたい?
 ペンネームなんです。小説を書いているんです・・・ハイ。ウフ。
 年ですか? 19です。あっいえ、19ぐらい、みたいな、
 実際はあと2つ3つ、10・・・13ぐらいオマケでつく、みたいな。

 あのー、よろしければ今度、東京の方でお会いしませんか?
 西麻布においしいパスタのお店があるんですけど・・・
 あれっ、私ひょっとして逆ナンしちゃってますか?
 あはははは、恥ずかしいー、なんちゃって!キャー!」

ザザーッ・・・ザザーッ・・・
(ひときわ大きく)ザザザザバーッ!

――(相撲取りの団体が上陸してきて、それぞれにしゃべる)

「フゥ・・・フゥ・・・ゼェ・・・ゼェ・・・おーい、本当に兄弟子はこの島に来たでゴンスか!?」

「フゥ・・・フゥ・・・たしかこっちの方に泳いで行ったでゴンス!」

「フゥ・・・フゥ・・・おーい、全員ついて来とるかー?」

「フゥ・・・フゥ・・・うぉーい」

「フゥ・・・フゥ・・・」

「フゥ・・・フゥ・・・」

女A 「ギャッ!
 ちょ、ちょっと、お相撲さんたち、こんな狭い島に団体で上がってこないでよ。
 キャッ、危ないから!
 わっ、わっ、わっ、キャ〜ッ !!」

ザブーン!
ボォォォーッ! ボォォォーッ!



――(船上にて)

船員 「はい、あったかい紅茶ですよ」

女A 「グスン、ありがとうございます。
 ううう、結局救助船に乗せられちゃったけど、
 最後の最後でいい男に出会えたからいいかな・・・グスン。
 問題はこの出来事を、長編小説に書けるかどうかなのよね・・・。

 そうだ、ここはやっぱり、
 いつも私が書いてる少女向け小説の要領で、いろいろストーリーを膨らませて、
 ロマンチックに脚色するしかないわねー。
 それなら手馴れてるから間違い無いもんね。

 よーし、帰ったら書くわよー!
 『2005年夏、一人の女流小説家を襲った、太平洋上の恐怖!
 そして絶海の孤島で生まれたひとつの愛!』
 これぞ2005年度最高、注目の長編小説になるわ! やりぃ!」

船員 「へぇー、それはノンフィクション小説として、出すんですか?」

女A 「はい、もちろん・・・あ・・・
 フ、フ、フ、フィークション !!
 あーあ、正直な私・・・」



  <完>


 ※尾張家・註――
  実際の林家きく麿さんの高座では、
  女Aがブリッコして逆ナンするくだりが無くて、かわりにサゲ前で船員がナンパをし、

  「もうナンパ(難破)はこりごり」と女Aが答えてサゲました。

  きく麿さんのサゲの方が格段にキレイですよねぇ。



←展示場トビラへもどる