自販機さん
<登場人物>
・長谷川(主人公、中年会社員)
・長谷川の妻
・竹田(主人公の元同僚)
・・・・ほか
――(JR山手線池袋駅ホーム)
駅アナウンス 「池袋ー、池袋ー。
入口付近混み合いますのでー、順にお詰め下さーい」
長谷川 (以下独白)
「……毎日毎日、行きと帰りは満員電車にスシ詰めで、
会社じゃデスクに詰めっきりで、
上司や得意先には気を詰めっぱなし、
一日中詰め詰めしどおしなのに、
なんで、肝心の人生だけ、こうツマらないんだろう……。
若い頃は夢があったなぁ……。
『21世紀の日本はオレが作る!』なんて息巻いて、
2浪して一流の工業大学に受かって……
なんとかそこそこの電化製品会社にもぐりこんだものの……
20年たった今じゃ、その会社の子会社でもって、
こんな、しがないサラリーマン生活やってるんだもんなぁ……。
オレは学生の頃、『ロボットを作る!』って、専門書とか読んで頑張ってたんだよ。
専門書……『鉄腕アトム』とか、『Dr.スランプ』とか……。
学生の頃だから、あんまり高い本は買えなかったんだけど……。
それがどうだい、今、会社で扱ってるのは。
自動販売機だよ。
ロボットと自販機……同じなのは機械ってだけじゃないか!
いくら会社が機械を扱ってても、
こう毎日毎日ツマらない生活じゃ、
まるで自分自身が機械の一部みたいじゃないか!
(だんだん激してくる)
いいのかオレ !? こんなことで !?
こんな機械みたいな人生が楽しいのか !?
こんなスシ詰めの満員電車が楽しいのか
!? えっ !?
(あたりをキョロキョロして)
……いつの間にか、あたりがずいぶん、すいちゃったな…」
――(ドアチャイム)ピンポーン。
長谷川 「ただいまっ!」
妻 「お帰り。どうしたの、血相変えて?」
長谷川 「あのな、オレ、明日会社に辞職願出す!」
妻 「ちょっとー、アナタいきなり何を言い出すのよー。
この不景気なさなかに、会社辞めるなんて」
長谷川 「不景気がなんだ! オレの失われた夢を取り返すんだ!」
妻 「夢を取り返す前に、住宅ローンの借金を返さなきゃ!
だいいち、会社を辞めて、私たち家族3人の生活はどうするの?」
長谷川 「大丈夫。それはちゃんと考えてある。
明日会社から帰る時にな、倉庫から古くなった自動販売機の機械をくすねて来る」
妻 「自動販売機?
玄関先にコーラとかタバコとかの機械を並べて、小銭稼ぎしようっていうの?
ウチ、マンションの3階よ! 誰が買うのよ!
勝手に商売なんかしたら、管理人さんに怒られるから!」
長谷川 「大丈夫だって……。オレに考えがあるんだから。
学生時代、オレが大学のゼミで何と呼ばれてたか、知ってるだろ?」
妻 「知ってるけど……『ゼミのマッドサイエンティスト』でしょ?
だから余計不安なのよ!」
――というわけでこの男、心配する奥さんを尻目に、会社を辞めちまう。
借りて来た軽トラの荷台に、タンスほどもあろうかという自動販売機を積んで帰りまして、
マンションの裏の駐車場で何かゴソゴソやっている。
そうこうするうちに3日が経って……。
妻 「あなたー。あなたー。
さっきまた、会社の竹田さんからお電話があったわよー」
長谷川 「ああ、ありがとう。
『留守だ』って言っといてくれたか?」
妻 「ずいぶん心配なさってたわよ。
『長谷川、再就職は大丈夫ですか、よろしければどこか斡旋しましょうか』って」
長谷川 「そうかー。いいヤツなんだよ、竹田って。
同期で入社して、アイツは働きぶりが良いからどんどん出世して、
人事課の管理職に進んだあとも、ずっとオレのことを心配してくれてな……」
妻 「それよりも、どうなの? 自販機は」
長谷川 「うん、もうちょっとで終わる所だ。
出来上がったら、3階の部屋まで見せに行くよ」
妻 「エレベーター平気? 重くない?」
長谷川 「平気平気。
中身を軽くして、下にタイヤもつけてあるから、ラクに動く」
妻 「じゃ、部屋で待ってるから」
――(ドアチャイム)ピンポーン。
妻 「あら、出来たのね?
いったいどんな風になったのかしら……。
(ドアを開ける)
あらー、綺麗になったじゃなーい。へぇー。
まだガラスケースには何も品物が入ってないけど……。
そういえば、まだこれで何を売るのか聞いてなかったわね。
ねぇーあなた、これで何を売る気なの?
……あら、いないじゃない?
あなたー、どこ行ったのー? あなたー?」
長谷川 「ウーッ」
妻 「あなたー?」
長谷川 「ウーッ」
妻 「ヘンねぇ、なんか唸り声はするんだけど……
どこから聞こえるのかしら……あなたー?」
長谷川 「ここだよ」
妻 「キャッ! びっくりした、中に入ってたの?
ケースの真ん中に窓つけて、目だけ覗かせて……。
遊園地の着ぐるみみたいね」
長谷川 「オレ、明日からこれを着て、町中をあちこち歩き回ろうと思う」
妻 「よしてよー、みっともない!」
長谷川 「いいんだよ、顔なんか見えないんだから。
それにどうせ、会社にいたって機械扱いなんだ。
狭い会社の中で苦しむぐらいなら、この移動自販機の中に入って、
自分の好きな場所に移動できた方が自由でいいだろ!」
妻 「狭い会社って、その自販機の中も、ずいぶん狭そうだけど……」
長谷川 「いいんだよ!」
妻 「でもあなた、これで何を売る気?」
長谷川 「オレも考えたのはそこだ。
それなりに人気があって、仕入れが簡単で、
それでいて、世間の盲点をつくような、どこにも無いような自販機製品だな」
妻 「そんなものがあるの? 何?」
長谷川 「日用雑貨だ!」
妻 「日用雑貨……またずいぶん、アバウトなククリねぇ。
まぁ、確かにどこにもそんな自販機は無いけど……」
長谷川 「じゃ、売り物を集めよう」
妻 「今から仕入れるの?」
長谷川 「今からじゃいろいろ面倒だからな。
とりあえず最初は、身近の不要品を商品にしよう。
押し入れや収納にいろいろあるだろ、お中元の余り物とか。
あと、おまえが『フリーマーケットに出る』って言って、捨てずに残してた品物な!
あれを全部、自販機で売るから、持っといで!
よし、持ってきたか。
古着に、子供のオモチャに、食器セットに……
お中元の石鹸に、缶詰に、ハンカチセット……
おっ、これいいなー。忘年会用に買ったパーティーグッズの鼻めがね。
それから……健康ブームだからこういうものも入れとかなきゃ。
アブトロニック」
妻 「そんな物、自販機で買う人いるの?」
長谷川 「いるんだよ! お手軽感覚で、自販機だとつい買っちゃうって人が!
あと何か、いらない物あったか?
あっ、これ売ろう。同僚の結婚式でもらった、新郎新婦の写真皿」
妻 「いいの? 知り合いの顔がついてるお皿なんか売って」
長谷川 「大丈夫だろう。すぐどっかに移動しちゃうから。
あとはそうだなー、メイン商品にひとつぐらい、重々しいものが欲しいなー。
よし、これを売ろう! 地球儀!」
妻 「大っきいわねー! 取り出し口から出ないじゃない!」
長谷川 「あぁ、そうかぁ……。
仕方ない、これだけは別扱いだ。売る時は後ろからポンッと出そう」
妻 「卵じゃないわよ!」
――わぁわぁ言いながら、売り物を自販機に詰め込んで、家を出ます。
始めのうちは、町行く人たちがみんな、自分に注目するので、
「おっ、オレ、スターになった気分!」なんて無邪気に喜んでおりましたが、
ものの小一時間も歩いているのに、何ひとつ売れない。
……当たり前です。
ゴロゴロ動いてる自動販売機なんて、気味悪いだけですから。
それでもこの男、移動することに一生懸命で、その大事なことに気づいてない。
――(移動する音)ゴ〜ロ ゴ〜ロ ゴ〜ロ ゴ〜ロ……
長谷川 (以下独白)
「あぁ〜暑ィ〜。暑いなぁ〜……。
夏場は別の商売考えなきゃダメかな……。
それか、北海道とか軽井沢とか、涼しい場所でやらないと……。
それにしても重すぎたな、こりゃ〜……。
ちょっと品物を詰めすぎたかな……。
次からは、もっと軽い品物にしよう……スポンジとか麩菓子とか……。
あぁ〜疲れた……。
まったく、なんで売れないんだろ……。
金魚屋さんみたいに、売り声あげてみようかな……。
『え〜、雑貨〜雑貨〜』って……やっぱりヘンか……。
そもそも、自販機は売り声、発しないよなぁ……。
あぁーもうダメだ、ちょっと舗道の脇で休も……。
どっこらしょ……。
あれ? 人が寄って来た?
あっそうか、今まで、近寄ろうにも動き回ってたんで、警戒してたんだ。
そうかー、最初から一ヶ所にジッとしてればよかったんだー。
なんで気がつかなかったんだろ……。
さーさー、日本初の移動自販機! 日用雑貨の自販機!
寄ってらっしゃい、見てらっしゃい……あれ、みんな帰っちゃうね。
……おっと、今度はおばさんの団体が来た。
ワイワイ騒いでるけど、なんか買ってくれないかなー。
おっ、一人が近寄って来た……!
……と思ったら、つり銭返却口に指を入れてやがる!
(大声で)奥さん! なんか買ってって!
……みんな逃げちゃった。
こりゃ、黙ってた方がいいみたいだな」
――こんな調子で、ハナは誰も寄りつきませんでしたが、
そのうち、物珍しさもあいまって、ボチボチ商売になってくる。
長谷川 (以下独白)
「いやーしかし、ジッとしてるのはラクでいいけど、
自販機の中って、すげー退屈だよなぁ……。
外の世界ったって、このちっちゃい窓からしか見えないし……。
もう少し窓を大きくすれば……でもそれだと顔がバレちゃうしなぁ……。
そろそろ移動しようかなぁ……。
あぁ〜暑い……眠くなってきちゃった……あぁ〜……。
(いびき)グゥー…グゥー…グゥー…」
――(自販機を激しく叩く音)ガーン!
長谷川 (以下独白)
「わーっ! なんだなんだ !? ……あー驚いた。
ん? 酔っ払いが逃げてった。
なんだよ、自販機を蹴っ飛ばしやがって、タチの悪い酔っ払いめ……。
……ん? 酔っ払い? もうそんな時間か?
ありゃー、すっかり暗くなってるよ!
うっかり寝ちゃったんだ! まずいな〜。
家族が心配してるだろーな〜。
今何時なんだろ? 時計持ってくりゃよかった……。
ん? 向うから人の声が聞こえる。
ちょっと時間を聞いてみるか。
あの……ダメだ、ありゃ日本語じゃないや。困ったな。
ヘーイ、エクスキューズミー! ファッツターイム、イズイッツ……
お、お、おーい !? オレをかつぎ上げて、どーする気だ
!?
車の荷台に積んで、どーする気だ !?
ヘーイ! エクスキューズミー!」
竹田 「(自販機をコツコツと軽くたたきながら)……長谷川。おい、長谷川だろ」
長谷川 「うう〜……エクスキューズミ〜……」
竹田 「エクスキューズミーじゃないよ、長谷川だろ?
何やってるんだ? 自販機の中で」
長谷川 「うう〜……。
あっ、竹田じゃないか……ここはどこ?」
竹田 「会社の自販機倉庫の前だよ。おまえがこの間まで勤めてた会社の。
残業明け、帰ろうと思ってここをたまたま通ったら、
怪しい外国人の集団が、自販機を取り囲んでボソボソしゃべってたんだ。
で、声をかけたら逃げて行っちまって……。
何か事情がありそうだな。話してくれよ。
うん…うん…。
『学生の頃は夢があった』……うん。
『ロボット作りたかったけど、今じゃ自販機作ってる』……。うん。
『会社の機械になるんなら、いっそ自分が機械になろう』……。そうか、なるほど。
よかったじゃないか、夢が叶ってさ!
なぜってそうだよ。今の長谷川、ロボットみたいでかっこいいよ!」
長谷川 「かっこいい? ホント? えへへ……」
竹田 「まぁ、かっこいいのはいいけど、
これで暮らしていくには、もう少し体力のある年頃でないと、
おまえ自身が体を壊しちゃ、元も子もないだろう。
奥さんもお子さんも、きっとそれを心配してると思うぞ」
長谷川 「家族か……(涙ぐむ)。
そうだな、家族のことは考えてなかったかもしれないな……」
竹田 「そうだ。オレがいい再就職先を思い出した。
そこへ行けるよう、話をつけてやるよ」
長谷川 「そうか! ありがとう、恩に着るよ!」
――(電話の呼出し音)プルルル プルルル……
妻 「もしもし……あなた!
どうしたの、こんな時間まで連絡して来なくて……心配したじゃない!」
長谷川 「おい! 喜んでくれ!
竹田の紹介でな、前にいた会社の親会社に、再就職が決まりそうだ!」
妻 「ホント !? よかったわねー!
私も内心、ハラハラしてたのよ!
それで、部署とかは決まったの?」
長谷川 「ああ! 親会社のビルにある、社員食堂だ」
妻 「社員食堂?」
長谷川 「そう。そこのチケット券売機だ」
<完>