悪党の町角・3rdバージョン

 <登場人物>
   ・刑事(ベテラン)
   ・10億円強奪事件の犯人

   ・近所の住民A
   ・近所の住民B
   ・近所の住民C
   ・アパート管理人と住人たち



――(警察の取調室)

刑事 「おいアンタ」

犯人 「(泣き声)す、すいません、刑事さん……」

 「取調室で泣くの、よしなさいよ。みっともない」

 「すいません、すいません……」

 「珍しいよ。部屋に入って、椅子に腰掛けた途端に、泣き出す人って……」

 「すいません、興奮してつい……」

 「アンタ人も良さそうだし、身なりも普通だし、
  俺は今だに信じられないんだが、
  本当に、3日前に現金輸送車を襲撃して10億円強奪した犯人なの?」

 「本当です! 私が犯人です!
  さっき自首してきた時にも、話したじゃないですか!」

 「興奮するんじゃないって!
  いや、よくあるんだ、本物の犯人に脅されて、
  『おまえ身代わりに出頭して来い!』とか言われたんじゃないの?」

 「脅された !? 刑事さん!
  脅されたなんて言わないでください〜! うわーん(泣)」

 「……わかった、わかったから泣きやんでくれよ。
  部屋の外から、上司が怪訝な目で見てるじゃないか。
  ほら、タバコでも吸うか?」

 「タバコ、吸わないんです」

 「そうか、じゃ、お茶でも入れよう」

 「お茶は苦いのがダメなんで、結構です。
  それより刑事さん、あれは出ないんですか?」

 「あれ?」

 「ほら、よくあるじゃないですか。
  取調室で、『腹が減ったろ、これでも食え』ってやつ」

 「なんだ、腹が減ってたのか。
  (部屋の外に向かって)おーい、あれ持ってきてくれ。
  俺が出前に取って、まだ手をつけてないやつ。
  (受け取る)ありがとう。じゃ、ほら」

 「何ですかこれは?」

 「カレーライス」

 「えぇ〜、取り調べにカレーライスですか〜。
  なんかもっと別のものは……」

 「カップヌードル?」

 「そんな、貧乏な学生みたいなのじゃなくて〜!
  取調室で犯人が食べるといったら、カツ丼じゃないですか〜!(泣)」

 「興奮するんじゃないって……仕方ないなぁ。
  じゃ、アンタの分、出前で取ろうか?」

 「本当ですか? ありがとうございます!」

 「でもカツ丼の代金はもらうよ。
  ドラマじゃないんだ、後でそっちの家に請求書を回すから」

 「え? お金取るんですか? じゃいいです」

 「急に冷静になったな。まぁいい。
  だいぶ落ち着いたようだから、ぼちぼち取り調べを始めようか。
  まず、アンタの名前から言って」

 「名前は○○○○です」 (←○はご自由に)

 「現住所は」

 「××区北××3丁目です」 (←×はご自由に)

 「北××3丁目 !?
  アンタ、北××3丁目に住んでるのか !?」

 「はい。何か?」

 「北××3丁目は、事件が起きて一番最初に、
  俺が聞き込み捜査で回った町だぞ!」

 「えっ、なんでその時、私を見つけて下さらなかったんですか!
  その時、捕まえて下さればよかったのに!」

 「いやぁ……あの町は結局、詳しい捜査を後回しにしていたんだ。
  聞き込み途中で混乱してしまったんでね。
  アンタ、犯行に白いバンを使っただろ?」

 「白いバン、使いました」

 「それと同じ車種のクルマが止まっている家があったから、
  最初、右隣りの家に聞き込みをしたんだ」



――(回想シーン・1)

(刑事、呼び鈴を押す)ピンポーン。

近所の住民A 「はーい、どなた?」

 「警察の者です。
  昨日、隣町で起きた、現金輸送車襲撃による10億円強奪事件のことで、
  ちょっと奥さんにお話しを伺いたいんです」

 「はぁ」

 「あの事件で、犯行に使われたクルマと、同じ車種のクルマが、
  この隣りの家に停まってまして」

 「あらまっ !? じゃ、お隣りが犯人なんですか !?」

 「いえ、まだ決まったわけではありません。
  現在捜索本部を設けて、調査している段階です。
  何か、お隣りさんの普段の行動とか、お教え願いたいんですよ」

 「あらまぁー! 聞き込み捜査?
  やだぁー! どうしましょ!
  私、今日スッピンなんですよ!」

 「別にスッピンでも構いませんがね」

 「あのね刑事さん、お隣さんでしたらね、
  もう町内で知らない人はいないんですのよ」

 「町内で知らない人はいない? そんな有名人なんですか?」

 「ええ、もう大変!
  近所じゃ評判のガラの悪い人でね。
  ゴミを回収日じゃない日に平気で出すんですよ!
  路地を歩く時は、決まってガーッペッ、ってタンを吐きちらしながら通るし、
  この間も、夜中の3時頃にあのクルマで帰って来て、
  パーパークラクション鳴らすわ、ブルンプルンエンジンふかすわ、
  ギャーギャー大声で話すし…」

 「なるほど」

 「それで、注意したくても、大柄でパンチパーマでサングラスで、
  おまけに上下ストライプのスー ツにエナメル靴でしょ?
  怖くて、何も言えなかったんですよー」

 「ははぁ…(メモをとる)一見、暴力団員風……と」

 「そんな男ですもの、現金輸送車を襲うぐらいしますわよねー。
  なんたって、 ゴミを回収日以外に出すような人ですもんねー!」

 「…ゴミと現金輸送車を比べられても困るんですが。
  (メモをひとしきり終えて)……わかりました。
  どうも、ご協力感謝します」

 「あら、もう帰っちゃうんですか? もうちょっと、お話ししましょー」

 「いえ、先を急ぎますから……」

 「そうだ! うちの主人の会社が、湯河原で宴会やった時の話しましょうか?
  これが傑作なの!」

 「結構です!」



――(取調室に戻る)

 「……とまぁ、これが最初の聞き込みだったんだ」

 「ひどいなー、隣りの奥さんは、そんなこと言ってたんですか!」

 「で、次に、反対の左隣りの家に聞き込みをしたんだ」



――(回想シーン・2)

(刑事、呼び鈴を押す)ピンポーン。

近所の住民B 「はいはい」

 「警察の者です。
  昨日、隣町で起きた、現金輸送車襲撃による10億円強奪事件のことで、
  聞き込みに回っておりまして」

 「それはそれは」

 「あの事件で、犯行に使われたクルマと、同じ車種のクルマが、
  この隣りの家に停まってましてね。
  それで、お隣りさんの行動について、何かお教え願えませんか」

 「なんのなんの」

 「あの、返事はいいですから、何かお教え願えませんか」

 「いやいや、繰り返すのは口癖なもんで。
  お隣りでしたら、町内で知らない人はおりませんよ。こりゃこりゃ」

 「ほぉ、やっぱり知らない人はいませんか。
  そんなに有名ですか?」

 「有名有名。
  町内一のボランティア爺さんですから!」

 「ボランティア? ガラが悪くて、じゃなくて?」

 「違う違う。ボランティア爺さん。
  毎日、町内に落ちてる空 き缶拾って歩いてるし、
  朝は路地の掃除したり、雪が降れば雪かきしたり、
  冬の夜には町内会で 『火の用心』の夜回りまでしたり。
  90歳近いってのに、立派だねー。立派立派」

 「さっきとずいぶん違うなぁ…。(メモを取る)
  あのー、お隣りさんってのは、大柄ですか?」

 「いえいえ、ちっちゃいですよ」

 「パンチパーマにサングラス?」

 「つるっぱげにドングリまなこです」

 「暴力団員風?」

 「笠智衆風です」

 「さよならー!」(去る)



――(取調室に戻る)

 「……と、これが左隣りの家の聞き込みだ」

 「ガラの悪い男のあとは、ボランティア爺さんですか」

 「そのあと、今度は、向かいの家に行ったんだ」



――(回想シーン・3)

(刑事、呼び鈴を押す)ピンポーン。

近所の住人C 「ハーイ」

 「警察の者ですが、今、昨日の現金輸送車襲撃による10億円強奪事件のことで、
  聞き込みに回っております。
  犯行に使われたクルマと、同じ車種のクルマが、お向かいに停まってるんで、
  お向かいさんのことで、いろいろお話しを伺いたいんですが……」

 (カタコトの日本語で)「イラシャイマセ〜。
  アナタ、ケサツカ。聴キ込ミカ。
  ボク悪イコトシテナイヨ。ビザ持テルヨ」

 「うーん……ここは早めに切り上げた方がよさそうだな……。
  いや、貴方じゃなくて、お向かいさんね」

 「オー、オ向カイサンネ。安心シタ」

 「なに?」

 「ノーノー、何デモナイ。コチノコト、コチノコト。
  オ向カイサン、町内デ知ラナイ人、誰モイナイ、有名ナ人ネ」

 「やっぱり有名なんだ。
  ちょっと訊きたいんだけど、お向かいさんはいつも、どんな格好してるの?」

 「オ向カイサン、大キナ人デ〜ス」

 「なるほど、大柄は間違いないんだな。
  あとは?」

 「アト、着物着テマ〜ス」

 「着物? 普段は和服なのか」

 「アト、頭ニチョンマゲアッテ、
  イツモ『ごっつぁんです』ッテ言ッテマ〜ス」

 「それ相撲取りじゃないか!」



――(取調室に戻る)

 「……と、これが向かいの家の聞き込みだ」

 「何なんですかそれは!
  ワケ判んないですよ!」

 「だろ? 俺もワケ判んなくなってな。
  何しろ、聞き込みに行く先々で、証言が違うんだからな。
  暴力団員風かと思うと、ボランティア爺さんで、今度は相撲取りだぞ。
  全然犯人像が絞りこめないんだ。
  仕方ないから、次に裏のアパートに行ってみたんだ」



――(回想シーン・4)

 「アパートか……ここなら少しは犯人像が絞りこめるかもしれんな。
  ごめんくださーい」

アパート管理人 「はい。どなた?
  ははぁ、警察の方で。聞き込みですか。どうもご苦労さまです。
  じゃ、ちょっとここの住人をみんな呼びましょうか。
  おーいみんなー。警察の方が聞き込みにみえたよー!」

――(アパート住人、いっせいに現われる)

住人たち 「こんちは」「こんちは」「こんちは」「こんちは」「こんちは」

 「わ、わかったわかった、静かにして、静かに……。
  じゃ順番に、あちらの住人について教えてください。
  まず、あなたから」

住人1 「いやー刑事さんね、あそこの人でしたらね、
  もうこの町内じゃ知らない人はいないぐらい……」

 「あ、その前振りはもう結構ですから」

住人1 「あのね、あの家の人ってのは確か、
  超売れっ子の小説家なんですよ。
  いつも出版社の人らしき人が、出たり入ったりしてますから」

 「小説家ですか」

住人2 「違うよー。オレが聞いたのはー。
  確か元プロ野球のエースピッチャーで、
  肩を壊して引退してからは、草野球の監督をやってるって聞いたぞー」

 「元プロ野球ですか」

住人3 「違う違う! 実際は先祖代々の有名な細工職人で、
  世間の目をしのぷのに、あの家を仕事場にして篭ってるっていうぞ」

住人4 「そうじゃない、実は某一流新聞社の敏腕記者で、
  ヒマがあると寄席通いしてる人だって」

住人5 「いやいや、実はすごい電車マニアで、
  趣味がこうじて地下鉄の車掌さんになっちゃったって人らしい」

住人6 「いやいや、実はお城勤めの叶わない御家人のお侍さまで、
  夜ごとド派手な着物をまとっては、悪徳商人やなんか退治してるとか」

住人たち (騒然)「いやそうじゃない」「いやだから」「いやいや」「わーわー」

 「やかましいー!」



――(取調室に戻る)

 「……で、このアパートの聞き込みの最中に目まいがしたんで、
  肝心のアンタの家に行く前に、帰っちゃったんだ」

 「そうだったんですか」

 「アンタはその頃、家にはいたのか?」

 「はい、10億円の札束と一緒に、押入れに入ってブルブル震えてました」

 「つくづく大それたことが出来ないタイプなんだなー。
  それで、話は戻るが、どうして自首を思い立ったんだい?」

 「たぶん刑事さんが聞き込みに来られた日の夜だと思います……。
  右隣の家の奥さんがウチに来て、
  『あなた、何かスゴいことしたそうじゃないのー?』って言うんです。
  で、『嘘の証言して、黙っててあげたから感謝しなさい!
  言いたいこと、わかってるわよね?』なんて脅すんで、
  仕方なく、盗んだ金から少し渡して、『これで黙っててください』って……」

 「ユスリにあったのか」

 「はい。そのあと、今度は左隣の家のご主人が来て、
  『キミキミ、何かスゴいことしたんだってねー?
  嘘の証言して黙っててあげたよ!
  くれる物くれないと、バラシちゃうよ!』なんて脅すんで、
  仕方なくまた……」

 「また渡したのか」

 「はい。その次に、向かいの外人が同じように来たんで、またいくらか渡して、
  そのあとまた裏のアパートの連中が順番に来たんで、
  やっぱりそれぞれにいくらか渡して……」

 「へぇー、集団ユスリか」

 「で、翌日には、町内中に噂が広まっちゃって、
  次々に町の人たちがやって来て……」

 「じゃナニか、そいつらにも全員、いくらかずつ渡したのか !?」

 「はい……そしたら、昨日の晩にとうとう、
  盗んだ金を全部渡し切っちゃったんです!(涙声)
  で、それでもまだ町内の人がウチに来るんで、
  身柄を保護してもらいたくて、自首してきたんですー!(号泣)」

 「悪い町内だなー!
  しかしまぁ、アンタを見てたら、やっぱり根が善人なんだと思うよ。
  ユスリに来た連中に、馬鹿正直に金を渡してさぁ……。
  しょせん、真の善人は、悪人になんてなれないもんだよ。
  真の悪人は、善人のフリも上手に演じるけどな……」

 「刑事さん」

 「なんだ?」

 「お茶……飲みたくなったんですけど」

 「ハハハ、言うべきことを言って、のどが渇いたか?
  (そういってお茶を入れる)
  ほら、苦いぞ。今回の経験も苦かっただろうがな」

 「はい……苦いの、ダメなんです。私」

 「世の中、甘くはないよな」

 「甘くはないですね」

 「アンタ、善人なんだよ……。
  そうだ! きっとその性格、町内で知らない人はいなかっただろ?」

 「いや、知ってる人はいなかったと思います」

 「そうかい?」

 「ええ、事件の当日に引っ越してきたもんで」


  <完>



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