悪党の町角・3rdバージョン
<登場人物>
・刑事(ベテラン)
・10億円強奪事件の犯人
・近所の住民A
・近所の住民B
・近所の住民C
・アパート管理人と住人たち
――(警察の取調室)
刑事 「おいアンタ」
犯人 「(泣き声)す、すいません、刑事さん……」
刑 「取調室で泣くの、よしなさいよ。みっともない」
犯 「すいません、すいません……」
刑 「珍しいよ。部屋に入って、椅子に腰掛けた途端に、泣き出す人って……」
犯 「すいません、興奮してつい……」
刑 「アンタ人も良さそうだし、身なりも普通だし、
俺は今だに信じられないんだが、
本当に、3日前に現金輸送車を襲撃して10億円強奪した犯人なの?」
犯 「本当です! 私が犯人です!
さっき自首してきた時にも、話したじゃないですか!」
刑 「興奮するんじゃないって!
いや、よくあるんだ、本物の犯人に脅されて、
『おまえ身代わりに出頭して来い!』とか言われたんじゃないの?」
犯 「脅された !? 刑事さん!
脅されたなんて言わないでください〜! うわーん(泣)」
刑 「……わかった、わかったから泣きやんでくれよ。
部屋の外から、上司が怪訝な目で見てるじゃないか。
ほら、タバコでも吸うか?」
犯 「タバコ、吸わないんです」
刑 「そうか、じゃ、お茶でも入れよう」
犯 「お茶は苦いのがダメなんで、結構です。
それより刑事さん、あれは出ないんですか?」
刑 「あれ?」
犯 「ほら、よくあるじゃないですか。
取調室で、『腹が減ったろ、これでも食え』ってやつ」
刑 「なんだ、腹が減ってたのか。
(部屋の外に向かって)おーい、あれ持ってきてくれ。
俺が出前に取って、まだ手をつけてないやつ。
(受け取る)ありがとう。じゃ、ほら」
犯 「何ですかこれは?」
刑 「カレーライス」
犯 「えぇ〜、取り調べにカレーライスですか〜。
なんかもっと別のものは……」
刑 「カップヌードル?」
犯 「そんな、貧乏な学生みたいなのじゃなくて〜!
取調室で犯人が食べるといったら、カツ丼じゃないですか〜!(泣)」
刑 「興奮するんじゃないって……仕方ないなぁ。
じゃ、アンタの分、出前で取ろうか?」
犯 「本当ですか? ありがとうございます!」
刑 「でもカツ丼の代金はもらうよ。
ドラマじゃないんだ、後でそっちの家に請求書を回すから」
犯 「え? お金取るんですか? じゃいいです」
刑 「急に冷静になったな。まぁいい。
だいぶ落ち着いたようだから、ぼちぼち取り調べを始めようか。
まず、アンタの名前から言って」
犯 「名前は○○○○です」 (←○はご自由に)
刑 「現住所は」
犯 「××区北××3丁目です」 (←×はご自由に)
刑 「北××3丁目 !?
アンタ、北××3丁目に住んでるのか !?」
犯 「はい。何か?」
刑 「北××3丁目は、事件が起きて一番最初に、
俺が聞き込み捜査で回った町だぞ!」
犯 「えっ、なんでその時、私を見つけて下さらなかったんですか!
その時、捕まえて下さればよかったのに!」
刑 「いやぁ……あの町は結局、詳しい捜査を後回しにしていたんだ。
聞き込み途中で混乱してしまったんでね。
アンタ、犯行に白いバンを使っただろ?」
犯 「白いバン、使いました」
刑 「それと同じ車種のクルマが止まっている家があったから、
最初、右隣りの家に聞き込みをしたんだ」
――(回想シーン・1)
(刑事、呼び鈴を押す)ピンポーン。
近所の住民A 「はーい、どなた?」
刑 「警察の者です。
昨日、隣町で起きた、現金輸送車襲撃による10億円強奪事件のことで、
ちょっと奥さんにお話しを伺いたいんです」
A 「はぁ」
刑 「あの事件で、犯行に使われたクルマと、同じ車種のクルマが、
この隣りの家に停まってまして」
A 「あらまっ !? じゃ、お隣りが犯人なんですか
!?」
刑 「いえ、まだ決まったわけではありません。
現在捜索本部を設けて、調査している段階です。
何か、お隣りさんの普段の行動とか、お教え願いたいんですよ」
A 「あらまぁー! 聞き込み捜査?
やだぁー! どうしましょ!
私、今日スッピンなんですよ!」
刑 「別にスッピンでも構いませんがね」
A 「あのね刑事さん、お隣さんでしたらね、
もう町内で知らない人はいないんですのよ」
刑 「町内で知らない人はいない? そんな有名人なんですか?」
A 「ええ、もう大変!
近所じゃ評判のガラの悪い人でね。
ゴミを回収日じゃない日に平気で出すんですよ!
路地を歩く時は、決まってガーッペッ、ってタンを吐きちらしながら通るし、
この間も、夜中の3時頃にあのクルマで帰って来て、
パーパークラクション鳴らすわ、ブルンプルンエンジンふかすわ、
ギャーギャー大声で話すし…」
刑 「なるほど」
A 「それで、注意したくても、大柄でパンチパーマでサングラスで、
おまけに上下ストライプのスー ツにエナメル靴でしょ?
怖くて、何も言えなかったんですよー」
刑 「ははぁ…(メモをとる)一見、暴力団員風……と」
A 「そんな男ですもの、現金輸送車を襲うぐらいしますわよねー。
なんたって、 ゴミを回収日以外に出すような人ですもんねー!」
刑 「…ゴミと現金輸送車を比べられても困るんですが。
(メモをひとしきり終えて)……わかりました。
どうも、ご協力感謝します」
A 「あら、もう帰っちゃうんですか? もうちょっと、お話ししましょー」
刑 「いえ、先を急ぎますから……」
A 「そうだ! うちの主人の会社が、湯河原で宴会やった時の話しましょうか?
これが傑作なの!」
刑 「結構です!」
――(取調室に戻る)
刑 「……とまぁ、これが最初の聞き込みだったんだ」
犯 「ひどいなー、隣りの奥さんは、そんなこと言ってたんですか!」
刑 「で、次に、反対の左隣りの家に聞き込みをしたんだ」
――(回想シーン・2)
(刑事、呼び鈴を押す)ピンポーン。
近所の住民B 「はいはい」
刑 「警察の者です。
昨日、隣町で起きた、現金輸送車襲撃による10億円強奪事件のことで、
聞き込みに回っておりまして」
B 「それはそれは」
刑 「あの事件で、犯行に使われたクルマと、同じ車種のクルマが、
この隣りの家に停まってましてね。
それで、お隣りさんの行動について、何かお教え願えませんか」
B 「なんのなんの」
刑 「あの、返事はいいですから、何かお教え願えませんか」
B 「いやいや、繰り返すのは口癖なもんで。
お隣りでしたら、町内で知らない人はおりませんよ。こりゃこりゃ」
刑 「ほぉ、やっぱり知らない人はいませんか。
そんなに有名ですか?」
B 「有名有名。
町内一のボランティア爺さんですから!」
刑 「ボランティア? ガラが悪くて、じゃなくて?」
B 「違う違う。ボランティア爺さん。
毎日、町内に落ちてる空 き缶拾って歩いてるし、
朝は路地の掃除したり、雪が降れば雪かきしたり、
冬の夜には町内会で 『火の用心』の夜回りまでしたり。
90歳近いってのに、立派だねー。立派立派」
刑 「さっきとずいぶん違うなぁ…。(メモを取る)
あのー、お隣りさんってのは、大柄ですか?」
B 「いえいえ、ちっちゃいですよ」
刑 「パンチパーマにサングラス?」
B 「つるっぱげにドングリまなこです」
刑 「暴力団員風?」
B 「笠智衆風です」
刑 「さよならー!」(去る)
――(取調室に戻る)
刑 「……と、これが左隣りの家の聞き込みだ」
犯 「ガラの悪い男のあとは、ボランティア爺さんですか」
刑 「そのあと、今度は、向かいの家に行ったんだ」
――(回想シーン・3)
(刑事、呼び鈴を押す)ピンポーン。
近所の住人C 「ハーイ」
刑 「警察の者ですが、今、昨日の現金輸送車襲撃による10億円強奪事件のことで、
聞き込みに回っております。
犯行に使われたクルマと、同じ車種のクルマが、お向かいに停まってるんで、
お向かいさんのことで、いろいろお話しを伺いたいんですが……」
C (カタコトの日本語で)「イラシャイマセ〜。
アナタ、ケサツカ。聴キ込ミカ。
ボク悪イコトシテナイヨ。ビザ持テルヨ」
刑 「うーん……ここは早めに切り上げた方がよさそうだな……。
いや、貴方じゃなくて、お向かいさんね」
C 「オー、オ向カイサンネ。安心シタ」
刑 「なに?」
C 「ノーノー、何デモナイ。コチノコト、コチノコト。
オ向カイサン、町内デ知ラナイ人、誰モイナイ、有名ナ人ネ」
刑 「やっぱり有名なんだ。
ちょっと訊きたいんだけど、お向かいさんはいつも、どんな格好してるの?」
C 「オ向カイサン、大キナ人デ〜ス」
刑 「なるほど、大柄は間違いないんだな。
あとは?」
C 「アト、着物着テマ〜ス」
刑 「着物? 普段は和服なのか」
C 「アト、頭ニチョンマゲアッテ、
イツモ『ごっつぁんです』ッテ言ッテマ〜ス」
刑 「それ相撲取りじゃないか!」
――(取調室に戻る)
刑 「……と、これが向かいの家の聞き込みだ」
犯 「何なんですかそれは!
ワケ判んないですよ!」
刑 「だろ? 俺もワケ判んなくなってな。
何しろ、聞き込みに行く先々で、証言が違うんだからな。
暴力団員風かと思うと、ボランティア爺さんで、今度は相撲取りだぞ。
全然犯人像が絞りこめないんだ。
仕方ないから、次に裏のアパートに行ってみたんだ」
――(回想シーン・4)
刑 「アパートか……ここなら少しは犯人像が絞りこめるかもしれんな。
ごめんくださーい」
アパート管理人 「はい。どなた?
ははぁ、警察の方で。聞き込みですか。どうもご苦労さまです。
じゃ、ちょっとここの住人をみんな呼びましょうか。
おーいみんなー。警察の方が聞き込みにみえたよー!」
――(アパート住人、いっせいに現われる)
住人たち 「こんちは」「こんちは」「こんちは」「こんちは」「こんちは」
刑 「わ、わかったわかった、静かにして、静かに……。
じゃ順番に、あちらの住人について教えてください。
まず、あなたから」
住人1 「いやー刑事さんね、あそこの人でしたらね、
もうこの町内じゃ知らない人はいないぐらい……」
刑 「あ、その前振りはもう結構ですから」
住人1 「あのね、あの家の人ってのは確か、
超売れっ子の小説家なんですよ。
いつも出版社の人らしき人が、出たり入ったりしてますから」
刑 「小説家ですか」
住人2 「違うよー。オレが聞いたのはー。
確か元プロ野球のエースピッチャーで、
肩を壊して引退してからは、草野球の監督をやってるって聞いたぞー」
刑 「元プロ野球ですか」
住人3 「違う違う! 実際は先祖代々の有名な細工職人で、
世間の目をしのぷのに、あの家を仕事場にして篭ってるっていうぞ」
住人4 「そうじゃない、実は某一流新聞社の敏腕記者で、
ヒマがあると寄席通いしてる人だって」
住人5 「いやいや、実はすごい電車マニアで、
趣味がこうじて地下鉄の車掌さんになっちゃったって人らしい」
住人6 「いやいや、実はお城勤めの叶わない御家人のお侍さまで、
夜ごとド派手な着物をまとっては、悪徳商人やなんか退治してるとか」
住人たち (騒然)「いやそうじゃない」「いやだから」「いやいや」「わーわー」
刑 「やかましいー!」
――(取調室に戻る)
刑 「……で、このアパートの聞き込みの最中に目まいがしたんで、
肝心のアンタの家に行く前に、帰っちゃったんだ」
犯 「そうだったんですか」
刑 「アンタはその頃、家にはいたのか?」
犯 「はい、10億円の札束と一緒に、押入れに入ってブルブル震えてました」
刑 「つくづく大それたことが出来ないタイプなんだなー。
それで、話は戻るが、どうして自首を思い立ったんだい?」
犯 「たぶん刑事さんが聞き込みに来られた日の夜だと思います……。
右隣の家の奥さんがウチに来て、
『あなた、何かスゴいことしたそうじゃないのー?』って言うんです。
で、『嘘の証言して、黙っててあげたから感謝しなさい!
言いたいこと、わかってるわよね?』なんて脅すんで、
仕方なく、盗んだ金から少し渡して、『これで黙っててください』って……」
刑 「ユスリにあったのか」
犯 「はい。そのあと、今度は左隣の家のご主人が来て、
『キミキミ、何かスゴいことしたんだってねー?
嘘の証言して黙っててあげたよ!
くれる物くれないと、バラシちゃうよ!』なんて脅すんで、
仕方なくまた……」
刑 「また渡したのか」
犯 「はい。その次に、向かいの外人が同じように来たんで、またいくらか渡して、
そのあとまた裏のアパートの連中が順番に来たんで、
やっぱりそれぞれにいくらか渡して……」
刑 「へぇー、集団ユスリか」
犯 「で、翌日には、町内中に噂が広まっちゃって、
次々に町の人たちがやって来て……」
刑 「じゃナニか、そいつらにも全員、いくらかずつ渡したのか
!?」
犯 「はい……そしたら、昨日の晩にとうとう、
盗んだ金を全部渡し切っちゃったんです!(涙声)
で、それでもまだ町内の人がウチに来るんで、
身柄を保護してもらいたくて、自首してきたんですー!(号泣)」
刑 「悪い町内だなー!
しかしまぁ、アンタを見てたら、やっぱり根が善人なんだと思うよ。
ユスリに来た連中に、馬鹿正直に金を渡してさぁ……。
しょせん、真の善人は、悪人になんてなれないもんだよ。
真の悪人は、善人のフリも上手に演じるけどな……」
犯 「刑事さん」
刑 「なんだ?」
犯 「お茶……飲みたくなったんですけど」
刑 「ハハハ、言うべきことを言って、のどが渇いたか?
(そういってお茶を入れる)
ほら、苦いぞ。今回の経験も苦かっただろうがな」
犯 「はい……苦いの、ダメなんです。私」
刑 「世の中、甘くはないよな」
犯 「甘くはないですね」
刑 「アンタ、善人なんだよ……。
そうだ! きっとその性格、町内で知らない人はいなかっただろ?」
犯 「いや、知ってる人はいなかったと思います」
刑 「そうかい?」
犯 「ええ、事件の当日に引っ越してきたもんで」
<完>