悪党の町角・2ndバージョン

 <登場人物>
   ・刑事(主役)
   ・近所の住民A(主婦)
   ・近所の住民B(中年男)
   ・近所の住民C(子供)
   ・アパート管理人
   ・アパートの住人たち(1〜6)
   ・アナウンサー
   ・同僚刑事



――(刑事、呼び鈴を押す)ピンポーン。

近所の住民A(主婦) 「はい、どなた?」

刑事 「〇〇署の××と申しますが」

 「刑事さんですか?」

 「あー、ちょっと奥さんに伺いたいことがあるんですよ。
  おととい、となり町で起きた、現金輸送車襲撃による10億円強奪事件、ご存知ですね?」

 「ええ、ニュースで見ましたが……」

 「あの事件で、犯行に使われたクルマと、同じ車種のクルマが、
  この三軒先の家の駐車場に停まってましてね」

 「まっ !? じゃ、この三軒先の家の人が犯人なんですね !?」

 「いえ、まだ決まったわけではありませんが。
  なにしろ近所ですし、現在我々〇〇署の署員が手分けして、
  ここら一帯をシラミつぶしに回っている段階です」

 「まぁ! じゃ、ひょっとしてご用というのは……」

 「はい。この三軒先の住人のことで、ご存知なことがあったら、
  何か教えてもらいたいんですが……」

 「あらっ! まぁー!
  じゃこれが、あの、聞き込み捜査ってやつかしら?」

 「まあそうですけど」

 「あらっまぁー! うれしいわー!
  私ね、TVの推理ドラマって大好きなの!
  一度こ ういう聞き込み捜査っての、されたいなーって思ってたの!
  私の役どころって、女優でいうと、菅井きんとか、もたいまさこかしら?
  刑事さんはそうねー、船越栄一郎?」

 「知りませんよ。これはドラマじゃないんですから。
  あっ、奥さん、どこ行くんですか?」

 「すいません、ちょっと着替えて来ました。
  やっぱり、聞き込み調査される主婦っていったら、これよねー」

 「なにネグリジェに着替えてんですか!
  格好なんかどうでもいいですからね。
  えーと、まず三軒先の家の人の氏名ですが……」

 「氏名っていうと、名前?
  名前はね、毒島岩吉さん」

 「毒島岩吉?悪そうな名前だなー。(メモを取る)
  その毒島さん、日頃どんな感じで生活をしてるとか、ご存じな点があれば……」

 「あのね刑事さん、あの方のことでしたらね、
  このへんじゃ知らない人はいないんですよ!」

 「知らない人はいない? そんな有名人なんですか?」

 「えーもうー 近所じゃ評判のガラの悪い人でね。
  ゴミを回収日じゃない日に平気で出すんですよ!
  路地を歩く時は、決まってガーッペッ、ってタンを吐きちらしながら通るし、
  この間も、夜中の3時頃にあのクルマで帰って来て、
  パーパークラクション鳴らすわ、ブルンプルンエンジンふかすわ、
  ギャーギャー大声で話すし…」

 「なるほど。(メモをとる)近所迷惑……と」

 「それで、注意したくても、大柄でパンチパーマでサングラスで、
  おまけに上下ストライプのスー ツにエナメル靴でしょ?
  怖くて、何も言えなかったんですよー」

 「ははぁ…(メモをとる)一見、暴力団員風……と」

 「そんな男ですもの、現金輸送車を襲うぐらいしますわよねー。
  なんたって、 ゴミを回収日以外に出すような人ですもんねー!」

 「…ゴミと現金輸送車を比べられても困るんですが。
  (メモをひとしきり終えて)……わかりました。
  どうも、お忙しい中、捜査にご協力くださって、
  ありがとうとざいました」

 「あら、もう帰っちゃうんですか? 
  もうちょっと、いろいろお話ししましょうよ。せっかく着替 えまでしたのにー」

 「いえ、先を急ぎますから……」

 「そうだ! うちの主人の会社が、湯河原で宴会やった時の話しましょうか?
  これが傑作なの!」

 「結構です! おじゃましました! (去る)
  なんだアレは。
  自分をドラマの登場人物とゴチャまぜにしてるんだな。
  捜査に協力的なのはありがたいんだが……さて、次の家だ。
  ピンポーン(呼び鈴)」

近所の住人B(中年男) 「はい」

 「〇〇署の××と申しますが、ご主人ですか?」

 「はい」

 「ちょっと、伺いたいことが…」

 「えっ!」

 「ん? なんか動揺してるな。あのー、〇〇署のですね…」

 「本物?」

 「本物です、開けてくださいよ。聞き込み捜査なんから」

 (扉を開ける)「あー、なるほど。本物っぽいや」

 「本物ですよ、ほら、警察手帳!」(見せる)

 「なるほど。失礼しました。じゃお詫びに、私も」(何か見せる)

 「何ですか?」

 「保険証」

 「別に見たくありませんよ、そんなもの!
  じつは、おとといとなり町で起きた、現金輸送車襲撃による10億円強奪事件のことでして。
  この四軒先の家に停まってるクルマの車種が、犯行に使われたものと一致するんです。
  それで、もしあそこの住人についてご存じなことがあったら、と思いまして…」

 「四軒先? 10億円強奪事件?
  (大声)あー! 知ってます、知ってますよー!」

 「大きいですね、声が」

 「(大声)あの人のこと、このへんじゃ知らない人はいないですよー!」

 「声が大きいですって。でも、やっぱり知らない人はいませんか。
  そんなに有名なんですか? 毒島さんは」

 「へ?」

 「毒島さんでしょ」

 「いや、月星 光さんでしょ?」

 「は? ……あの四軒先ですよ、白いクルマの」

 「ええ、だから月星 光さんですよ」

 「宝塚みたいな名前ですね…。
  有名ですか?」

 「有名ですよー。
  なんたって町内一のボランティアおじさんですから!」

 「ボランティア!?」

 「そう。ボランティアおじさん。
  いつもお休みには、町内まわって、落ちてる空 き缶拾って歩いてます。
  朝は朝で道の掃除したり、雪が降れば雪かきしたり、
  冬の夜には町内会で 『火の用心』の夜回りまでしてくれて。
  ホント、いい人!」

 「いい人? さっきとずいぶん違うなぁ…。(メモを取る)
  あのー、四軒先の住人ってのは、大柄ですか?」

 「い−え、ちっちゃいですよ」

 「パンチパーマにサングラス?」

 「七三分けにドングリまなこです」

 「暴力団員風?」

 「人形劇団員風です」

 「さよならー!(去る)
  全然違うじゃないか、どうなってるんだ全く!
  まいったな、こうご近所同士で証言が食い違っちゃ…。
  あ、ひょっとしたら、一軒の家に、暴力団員風の男と、人形劇団員風の男が同居してるのか?
  ……って、訳の判らない家だなー、それ。
  次の家にあたれば、何かつかめるかな。
  ピンボーン(呼び鈴)」

近所の住人C(子供) 「ダレですか?」 

 「今度は子供か……あのね、パパかママいる?」

 「パパとママ、いっしょにおでかけー。ボク、おるすばん」

 「一人かぁ……おじさん警察の人なんだけどね、ちょっとお家に入れてくれないかな?」

 「ケイサチュのおじちゃん?」

 「そう、ケイサチュのおじちゃん。
  今ね、とっても悪い人をつかまえるんで、いろいろ調べてるんだ。
  開けてほしいなー」

 「悪い人?(ドアを開ける)
  あのね、ママがねー、『うちのパパ、悪い人だ』っていってたよー」

 「坊やのパパは多分違うと思うんだけど。
  坊や、パパとママは、一緒にお買い物でも行ったのかな?」

 「ううん、かてーさいばんしょ」

 「……あーそう、大変なんだ、坊やんち。……いや、そんなことはいいんだ。
  坊や、 あの五軒先のお家に住んでる人のこと、何か知らない?
  いっぱいお金を盗んだ、悪い人かもしれないんだ」

 「あの家の?
  あのねー、えーとねー、ママがいってたよ。
  『あの家の人のことなら、このへんじゃ知らない人はいない!』って言えって」

 「また『知らない人はいない』か!
  しかし、なんでそんなことを子供に教えるんだ? 妙な親だな。
  じゃ坊や教えて、どんな人?」

 「あのねー、おっきいおじちゃん」

 「そうか、やっぱり大きいんだ。(メモを取る)あとは?」

 「あとねー、きものきてる」

 「着物? まあ着る物ぐらいはいつでも替わるからなー。(メモを取る)あとは?」

 「あとね−、頭にちょんまげがあってね、いつも『ゴッツアンです』っていってる」

 「相撲取りじゃねーか! だめだこりゃ。
  坊やありがとう。パパとママによろしくね!」(去りかける)

 「ケイサチュのおじちゃん!」

 「なに?」

 「ボクのパパ、しけいになる?」

 「ならないよー! ならないからねー!
  元気でがんばるんだよー! (去る)
  やれやれ、いろんな家庭環境があって世の中大変だなー。
  ……いやいや、そんなことより問題は、現金輸送車襲撃犯なんだ!
  それにしても、 三軒聞き込みして、外見が違うのはどういうわけだ?
  一軒目が暴力団員風で、ニ軒日が人形劇団員風で、三軒目が相撲取り…
  バラバラなんだよなー。
  そのくせ、『このへんじゃ知らない人はいません』なんて言ってなー。
  うーん、頭が混乱してきちゃったよ……。
  あっ、アパートか。よし、ここの住人にまとめて聞いてみよう。
  ごめんください、〇〇署の××と申しますが、ちょっと伺いたいことが…」

アパート管理人 「はーい。えっ? 〇〇署のかた? ちょっと待ってね。
  おーいみんな、下りといでー」

――(アパートの住人、いっせいに登場して騒ぐ)
  「なになに」「どーしたどーした」「わーわー」「がやがや」

 「うるさいよ!
  それでなくてもイライラして頭痛いんだから、静かににしなさい!
  えー、この六軒先に、おとといの現金輸送車襲撃事件の犯人かもしれない男がいるんだけど、
  あそこの住人について何か知ってる人いませんかね?」

アパートの住人たち 「えっ?(全員でヒソヒソ)」

 「どうしました?」

住人たち (いっせいに手を挙げる)「はいはい!」「はいはいはい!」「はいはいはいはい!」

 「うるさいっての! 騒乱罪で逮捕するぞ畜生っ!
  じゃ、順番に聞いていきますからね! 騒がないように!
  まずそちらの人!」

住人1 「はい、あの六軒先の住人でしたらね、このへんじゃ知らない人はいないぐらい……」

 「あ、それは方々で聞きましたから。すぐ本題をどうぞ」

住人1 「あの家の住人はね、超売れっ子の小説家なんですよ。
  いつも出版社の人らしき人が、なんか出たり入ったりするのを見てます」

 「小説家ですか」

住人2 「いや、刑事さん、オレが聞いたのは、元プロ野球のエースピッチャーでね。
  肩を壊して辞めてからは、町内で草野球の監督をやってるんですよ」

 「元プロ野球選手ですか」

住人3 「いやいや、ホントは、日本を代表する彫刻師で、
  世間の目をしのぷために、あそこを仕事場にしてるんだ」

住人4 「違うよ、実は日系二世の退役軍人で、今はのんぴり余生を過ごしてるって方だ」

住人5 「いや、実は、お城勤めの叶わない御家人のお侍さまでさ、
  夜ごとド派手な着物をまとって、悪徳商人やなんかバッサバッサ退治してるんだ」

住人6 「いやいや、実はショッカーに改造された、パッタ型の改造人間だ」

――(以下騒然)
  「いやちがう」「そうじゃない」「いやだから」「いやいやいやいや」……

 「もういいです! さよなら!(去る)
  まったく、何が『このへんじゃ知らない人はいない』だ !?
  全員言ってることが違うじゃねーか !? あー、頭痛い!
  ……でも、なんだなー。
  現代の都会の近所づきあいなんて、所詮希薄なもんだなー。
  三軒先、四軒先の住人のことすら、誰もろくすっぽ知らないんだ……。
  どうなんだろうなぁー……」

        ×      ×

――(TVのニュース)

アナウンサー 「ただいま入りましたニュースです。
  先週起きた、現金輸送車襲撃による10億円強奪事件の犯人が、
  先ほど〇〇署に自首し、緊急逮捕 されました。
  くり返します。先週起きた、現金輸送車襲撃による10億円強奪事件の犯人が、
  先ほど 〇〇署に自首し、緊急逮捕されました」

        ×      ×

同僚刑事 「××刑事! 先週の10億円強奪犯、さっき自首しましたよ!」

 「ホントか !?」

 「はい、しかも××刑事が先週、聞き込みに回った、
  あの町のあの家の住人ですよ!」

 「あそこか!
  いやー、近所の住人の証言が、訳わからないんで、
  そのまま放っぽらかしといたんだが…。
  しかし、なんで犯人は自首なんか?」

 「それなんですがね。
  なんでも、犯人の町内に住んてる連中は、すでに全員感づいてたんですって」

 「感づいてたのか!」

 「それで、事件の聞き込みが来たと知るや、
  みんなで、口から出まかせの、デタラメな証言をしたそうなんです」

 「みんなデタラメか !? 
  なんて息のあった町内なんだ!」

 「しかも、聞き込みが帰った後、犯人の家に行って、
  『黙っといたから口止め料をよこせ』 って、
  全員でそろって、犯人を脅したんだそうです」

 「悪いなー!
  めちゃくちゃ悪い町内だな!」

 「で、その口止め料の全額が、町内全員分で10億円を超えちゃったんで、
  犯人は悩んだあげく、自首したってわけです」

 「なんか犯人が不憫になってきたな。
  そんな悪党に囲まれて暮してたのかと思うと……。
  また犯人も、大それた事件をやったわりには、気が弱いな。
  町内中に脅迫されるなんて……。
  そうか!
  きっと、町内で犯人の性格を知らない奴はいなかったんだ!」

 「いやー、知ってる人はいなかったと思いますよ」

 「どうして?」

 「あの犯人、事件の当日に引っ越してきたそうですから」


  <完>



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