●秘密のハニィの日記 その2●
いつもと毛色が違うので隠しページにてアップ。
10月4日 Will Call番組構成について。
野猿で出ていた時は『企画モノ』『思い出作り』という大前提があった訳で、いくらゲストで出ていても『ある意味コント』としての目を持っていました。
何があっても笑いを最優先に見ることこそ大事だと考えていたのです。
しかし今回の出演は『Will Call』としてです。
野猿を離れた彼らが、1アーティストとして出ていると考えた場合、あの演出は酷過ぎると思います。
トークも碌に無く、プロモーション活動とは到底言えない理不尽な演出シナリオは、多少乱暴な扱いに慣れた野猿ファンの目から見ても行き過ぎか感がありました。
更に言うならば、野猿から入ったファンには御馴染みの『いじられてナンボ』の手酷い扱いは、しかし野猿を離れたアーティストとして活動するというのであればはっきり言ってマイナスです。前のイメージを引きずっていてはいけないし、野猿は野猿、Will CallはWill Call、というケジメが全くついていない。
勿論、野猿とWill Callの関係は最早切っても切れないものですから、完全に切り離して考えることなど無理でしょう。
しかし、新たなスタートを切ったWill Callを、『元野猿からのユニット』として見るだけではなく、1アーティストとして見る目を持ってみることも必要なのではないでしょうか?
今回の放送を見て、それを強く感じました。

……とまあ、文句を言い出したらキリが無い訳で。しかも放送されてから何を言ってもオンエアは変わる訳ではないので、敢えて表には何も書きませんでした。けれども、真面目に考えてはいるんだよーってことをお伝えしておきたかったので、書かせて頂きました。
(ナナのコメント:番組の企画=番組を面白くするためのもの、というのであれば野猿とスタンスは同じになるんですが、スタンスは同じだとしてもコンセプトが違う。キャラが違う。だから同じ扱いをしても駄目なんですよね。 不快感が募ってしまうと言うか。同じ弄るにしてもテルカンの方から「イヤもう野猿じゃないんで、アーティストとして扱ってください!」とか言っちゃって「何いってんだよ〜〜」みたいな展開とか、、「結局スタッフなんだけどすごいんだぜ!」って周りが言ってやって「いやいやいや…」と謙遜するパターンとか、そうでないとドツボにはまるだけ。 結局、彼らを企画モノとして見るのか、番組から生まれたアーティストとして扱えばいいのかそれがわからないのよ。)
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