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■ユン・イサン(Yun Isang 1917〜1995)

 交響曲第4番『暗黒の中で歌う』 (1986年)


 日本人にとっては長らく「近くて遠い国」だった韓国。最近のワールドカップ共催によって距離は若干縮まったかに見えますが、この国の文化については、まだまだ知られてないことが数多くあることでしょう。

 クラシック音楽の場合、演奏家では指揮者のチョン・ミュンフン、ヴァイオリニストのチョン・キョンファ(この二人は姉弟です)が国際的な名声を得ていて、日本でもよく知られています。そして作曲家ではユン・イサンが、武満徹と並んで東アジアの現代作曲家を代表する存在となっています。

 ユンは学生時代に日本に留学し、池内友次郎に師事しました。戦後はドイツに留学してブラッハーに師事し、当時の西欧の前衛運動の影響を受けつつも韓国の音楽伝統を基盤に据えた音楽スタイルを確立しました。こうして彼は作曲家として西欧で高い評価を得ました。

 しかしその一方で、戦時中には抗日運動に参加したために特高警察に捕らえられて拷問を受けたこともありますし、朴大統領の軍事政権時代には政治犯として死刑を宣告されたこともあります。このようにユンは韓国の歴史の暗い部分に深く関わってきました。そして彼の音楽もまた、ショスタコーヴィチの音楽がそうであるように人間の心の深淵を覗かせるような表現が顕著です。それはアジア的なヴァイタリティに裏打ちされた手強さを伴うものなのですが。

 ユンは生涯に5曲の交響曲を作曲しました。いずれも1980年代以降の作品です。1986年に書かれた交響曲第4番『暗黒の中で歌う』は2楽章構成で、全体で約30分の作品です。

 第1楽章は、急速なテンポによる闘争的な曲想の音楽です。5音音階に基づく旋律を幾重にも積み重ね、強靭な生命力に満ちた音塊を築き上げていく構造は、一見前衛的なものに見えますが、実は韓国の音楽伝統に基づいています。韓国の即興音楽シナウィでは異なる旋律を同時進行的に演奏しますが、この方法がユンの作品でも有効に使われているのです。とにかく、凄まじいまでの迫力にはただ圧倒されるのみです。

 第2楽章はやはり韓国の古典歌曲の様式に基づき、5音音階を軸にした息の長いテーマがゆっくりと歌われます。心の闇を覗かせるようなその歌は少しずつ高まってゆき、クライマックスでは悲痛な絶叫となります。しかし音楽は絶望ばかり歌っている訳ではなく、それと闘いはね返そうとする強固な意志も感じさせるものになっています。

 ユンの作品は聴きやすいとは言えないものがほとんどで、私も全ての作品を理解できている訳ではないのですが、交響曲は本当に心から凄い音楽だと思っています。
 
 韓国にはユン以外にも優れた作曲家がいると思うのですが、とにかく情報が少なくて未知数です。今後どんな作曲家がメディアに登場するかが楽しみです。

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『イサン・ユンの芸術-10』 岩城宏之指揮 東京都交響楽団 カメラータ 30CM-226

2002.07.08
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