■ドミトリ・ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906〜1975)
弦楽四重奏曲第10番 変イ長調 作品118 (1964年)
ショスタコーヴィチの音楽が好きです。
不安感や恐怖感、悲しみ、皮肉などといったものを感じさせるその音楽には、旧ソ連という抑圧的な社会における闇と苦悩が刻印されています。それゆえ、聴いていてあまり楽しくはならず、むしろ暗い気分にさせられることのほうが多い。それなのに、なぜ私はこの音楽を求めるのか? 考えてみれば不思議なことです。
私は音楽や絵画を楽しむことが悪いことだとは決して思っていません。むしろそれが芸術というものの本然の姿だと思います。現在のクラシック界には、深刻な音楽、複雑難解な音楽でなければ良い点数を貰えないような雰囲気があって、困ったものだと思っています。だた、それでは音楽は楽しさや心地よさだけが全てなのかと言われると、やっぱり違うのではないか。私は、真摯な訴えかけのある音楽を聴くと、やはり感銘を受けます。日常的に聴く気にはなれないが、しばらく聴かない日が続くと聴きたくなる。私にとってショスタコーヴィチとはそういう音楽です。
ショスタコーヴィチは15曲の弦楽四重奏曲を書いていますが、比較的ポピュラーな第8番や晩年の深遠なる傑作とされる第11〜15番の間に書かれた第10番は、わりと影が薄いように思います。しかし私はこの曲もまた、ショスタコーヴィチならではの鮮烈な表現に満ちた傑作だと思います。
この曲は、緩急緩急の4つの楽章から成っています。第3楽章と第4楽章は切れ目なく演奏されます。全体で約25分。簡潔な構成でまとまっていて、深刻な内容の音楽ではあっても長大な交響曲よりは聴きやすいと思います。
第1楽章は穏やかな雰囲気が基調となっていますが、どことなく不吉なものを感じさせます。第2楽章はうって変わって、何ものかに追いかけられ、逃げ惑っているかのようなショッキングな音楽となっています。悲鳴のような旋律、切り刻むような強奏、引き裂くような不協和音・・・血も凍るような恐怖感に満ちた音楽が展開されます。
第3楽章はパッサカリアとして書かれていますが、そのパッサカリア主題は心の底から絞り出された悲しみの旋律です。それは地球上の全ての不幸な出来事に捧げられた挽歌であるようにさえ聴こえます。私の一番好きなショスタコーヴィチがここにいます。
※パッサカリア:ひとつの主題を繰り返しながら変奏を展開していく形式。
ホルストの『組曲第1番』の項で述べたシャコンヌと同じ。
第4楽章は、行進曲風のテンポとリズムの音楽です。中ほどで先行する楽章のテーマが回想されたりしますが、全体的には妙に冷めた感じの、アンチ・クライマックスともいうべき音楽となっています。それまで不安、恐怖、悲しみを体験した後だけに、謎めいたものを感じてしまいます。そこにあるのは「人間は生きているうちはいろんなひどい目に遭うが、いちいちくよくよしていたら生きていけない」という達観なのかもしれません。ショスタコーヴィチの音楽には、こんな風に人間の愚かしさを笑い飛ばすような部分もあって、それも魅力のひとつとなっているような気がします。
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『ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第6集』 エーデル四重奏団 NAXOS 8.550977
2002.05.27
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