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■レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams 1872〜1958)

 田園交響曲(交響曲第3番) (1922年)


 ヴォーン・ウィリアムズ(以下、RVWと略記)は、エルガーやブリテンと並ぶ、20世紀の英国を代表する作曲家です。最近は日本でもCDがたくさん発売され、よく知られるようになりました。ルネサンス期以降の教会音楽の伝統と、農村で歌い継がれてきた民謡とを融合したその音楽には、英国人の気質や思考がよく反映していると思います。

 RVWは、生涯に交響曲を9曲書きましたが、『田園交響曲 A Pastroral Symphony』はその3番目にあたります。『田園交響曲』と言うと、すぐ思いつくのはベートーヴェンの交響曲第6番ですが、RVWのものは各楽章に標題的なタイトルは付されておらず、音楽そのものも直接的な描写は行っていません。田園を思わせる雰囲気、スタイルの音楽ということで、「田園風交響曲」というニュアンスで捉えたほうがいいと思います。

 この曲は4つの楽章から成りますが、その全てにモデラートよりも遅いテンポが与えられており、穏やかな印象の作品となっています。
 第1楽章は、そよ風に揺れる花々を思わせるソロ楽器の対話が現れるかと思えば、広大な田畑を思わせる壮大な展開を見せたりします。基調は田園風の穏やかさではあっても決して平板ではなく、絶えず移ろってゆく表情が美しく魅力的な音楽となっています。
 第2楽章は、いっそう穏やかな曲想となり、郷愁を誘う旋律が田園の夕暮れを思わせます。中ほどに登場するトランペットのソロが印象的です。
 第3楽章はスケルツォに相当する楽章で、全曲の中では最も動的です。にわかに曇る空や強風を思わせる低弦やブラス中心の荒々しい曲想や、古風な舞曲調などが入り乱れますが、やがて音楽はそよ風や小川のせせらぎを思わせる静けさの中に消えてゆきます。
 第4楽章では、ソプラノのヴォカリース(言葉の無い歌)が冒頭と結尾に登場します。ソプラノが民謡風のもの悲しい旋律を歌ったあと、それまでの楽章とは異なる趣の、祈り訴えるような曲想が展開されます。その祈りは後半になると大いに高まり、荘厳なクライマックスを築き上げますが、そのあと再びソプラノの歌が現れ、静けさのうちに曲は閉じられます。

 英国人は、古来から人間と自然の関わりについて深く思索していた民族です。エリザベス朝時代の英国詩には、自然の美しさ、命のはかなさ、自然による癒しなどを詠ったものが多くみられますし、19世紀に活躍したワーズワースも自然をテーマにした詩をたくさん書いており、”自然観照の詩人”と呼ばれているほどです。RVWの『田園交響曲』もまた、そうした英国人の自然に対する思いが綴られているように感じられます。

 一方、この曲には次のような背景があります。RVWは第1次大戦中はフランス戦線の野戦病院で働いていましたが、そのときに見たフランスの田園風景から、『田園交響曲』を着想したとのことです。戦争と死を目の当たりにした日々の中で、彼は周囲の穏やかな風景に何を感じたのでしょうか? そう言われてみれば、第2楽章のトランペット・ソロも戦死者への追悼のラッパのように聴こえなくもありません。また作曲者自身は言及していませんが、親友のバターワースが戦死したことも、作品に反映しているのかもしれません。『田園交響曲』には、そう思わせるもの悲しさがどの部分にも付きまとっています。


****************************** 所有CD ***********************************
ブライデン・トムソン指揮 ロンドン交響楽団(1988年録音) CHANDOS CHAN8594
ロジャー・ノリントン指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
                           (1997年録音) DECCA 458 357-2
キース・バケルス指揮 ボーンマス交響楽団(1992年録音) NAXOS 8.550733
リチャード・ヒコックス指揮 ロンドン交響楽団(2002年録音) CHANDOS CHAN10001

2001.03.11
2003.01.20 所有CDを追加
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