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■リヒャルト・シュトラウス (Richard Strauss 1864〜1949)

 アルプス交響曲 作品64(1915年)


 リヒャルト・シュトラウスは、ドイツ音楽の系譜において、やや微妙な位置にあります。交響詩やオペラが頻繁に演奏され、ワーグナーの流れを汲む後期ロマン派の巨匠として、マーラーと並び称される一方で、そのド派手で楽天的な作風のゆえに芸術的な価値をワンランク下に見られてしまうことも少なくありません。

 実際、暗く内向的なイメージのあるドイツ音楽の中にあって、明るく外向的なR・シュトラウスの音楽は浮き上がった存在に見えます。しかし、その音楽の圧倒的なスケール感は他では聴けないレベルのものだし、明るさの中に一抹のもの悲しさ、はかなさを感じさせる瞬間もあって、独特な魅力があります。

 『アルプス交響曲』・・・これは大変な曲です。何しろ単一楽章で演奏時間が50分を超えます(下記所有CDでは57分台!)。これだけの長時間を費やして、日帰りのアルプス登山を例によってあのド迫力のオーケストレーションで描き尽くすんですからねぇ。いやあ凄い。

 スコアには「日の出」「森に入る」「氷河で」「山頂で」「雷雨と嵐」「日没」などといったタイトルがこまごまと書き込まれています(CDではたいてい部分ごとにトラックを割り振っています)。各部分にはいかにもそれらしいイメージの音楽が当てられていますが、それらはバラバラになることなく、悠然とした音楽の流れの中に組み込まれています。しっかりした構成とポリフォニックな造形で全体をまとめ上げる手腕が見事です。

 曲は日没前の夜の情景から始まり、雄大な日の出の描写を経て、山登りの場面が始まります。アルペンホルンの合奏、美しい花々と鳥の声、涼しげな滝、牛たちのくつろぐ牧場など、山道で出会う情景が、心癒されるような牧歌調の音楽によって描かれます。しかし登山者は道に迷ってしまい、音楽はにわかに不安感、緊迫感を増します。ゾクッとするような氷河と岩壁の描写のあと、牧童の笛(イングリッシュホルン)が聴こえ、山頂が近いことを告げます。

 そしてついに登山者は山頂に到達します。登山者の感動、眼前に広がるヴィジョンを壮大な音楽で描きますが、約5分もの間、音楽が大音量で鳴り響き続ける様が壮観です。これを「大袈裟だ」、「空疎だ」と言って嫌う向きもあるようですが、私はこういうのは大歓迎です。ここまでやってくれるのはR・シュトラウスだけです!

 山頂到達の喜びを満喫したあと、山を降りる場面になると、音楽はもの悲しさを帯びてきます。山に登った後は、必ず降りる時がやってくる、そう分かってはいても、山頂を去り、山を降りてゆくのは寂しいものです。その辺の心理もこの曲では見事に描かれています。それは作曲家や指揮者として成功し、頂点に上り詰めた作曲者の心情でもあるのかもしれません。

 牧童の笛と鳥の声による不吉な予感のあと、雨が最初はポツポツと降り始め、やがて凄まじい雷雨と嵐が起こります。登山者は登りで通った道をたどり、駆け降りていきます。この場面ではウィンドマシンや雷鳴器(鉄板を叩く)まで動員され、ド迫力のオーケストレーションが展開されますが、登りの道で出会った牧場、滝、花々などのテーマが、登りのときとは逆の順序で再現されるのをお聴き逃しなく。

 嵐が去ったあと、雄大な日没の情景が描かれます。そしてオルガンの美しい調べで始まる穏やかな音楽で山の牧歌的な風景を回想したあと、音楽は夜の闇の中へと消えてゆきます。こんな風に静かな終わりかたをする曲が、R・シュトラウスの作品には意外と多いです(『ドン・ファン』、『ツァラトゥストラかく語りき』、『英雄の生涯』など)。

 大自然の描写の中に、作曲者の人生観を垣間見る思いがします。壮大な中にも深みのある音楽だと私は思っています。

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朝比奈隆指揮 オール・ジャパン・シンフォニー・オーケストラ
 Canion classics PCCL-00155

2002.08.05
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