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■馬 思聡(マ・スーツォン Ma Shicong 1912〜1987)

 交響曲第2番(1958〜1959)


 あれは昨年(2000年)の春のことだったと記憶しています。CD店で何気に交響曲の棚を眺めていると、「Ma Shicong」という、一見して中国人の名前とわかる文字が目に付きました。「ほう、中国の作曲家の交響曲か、どれどれ・・・」とCDケースを手に取ると、ジャケットには黒い虎の背に乗る”もののけ姫”風の女性を描いた絵が載っていました。「中国版もののけ姫か!?」などとマヌケなことを考えつつ、私は早速購入したのであります。

 これが、私の馬思聡との出会いでした。

 実はちょうどその頃から、中国人ヴァイオリニストの劉薇(リウ・ウェイ)さんによる馬思聡のヴァイオリン作品の紹介が行われていたようです。関連著書も出ているようですし、最近はNHKのBS1の報道番組でも馬思聡と劉薇さんの活動のことが取り上げられるなど、にわかに注目されてもいるようです。

 1912年に生まれ、フランスで音楽を学び、1930年代に音楽活動を始めたヴァイオリニスト・作曲家の馬思聡は、中国における洋楽の最初期を代表する音楽家であり、演奏、創作、教育の3方面から中国の洋楽の発展に貢献した人物です。同世代の作曲家としては、欧米ではケージ、ブリテン、ルトスワフスキ、東アジアでは伊福部昭、早坂文雄、ユン・イサンなどが挙げられます。

 ヴァイオリニストとして活躍した人だけに、その作品の多くはヴァイオリン作品ですが、管弦楽作品もいくつか書いており、交響曲は2曲作曲しています。今回、紹介するのは、1959年に完成された交響曲第2番です。

 唯一のCDであるマルコポーロ盤の英文解説によると、この曲は急緩急の切れ目なくつながった3つの楽章から成っているとのことです。ただし、第1楽章の展開部と再現部の間に第2楽章を挿入しているとのことなので、実質的には4部構成と言えましょう。演奏時間は全体で約30分です。

 第1楽章は、めまぐるしく動き回る3連符のモチーフが執拗に繰り返される第1主題と、行進歌風の第2主題から成る、緊迫感に満ちた躍動的な音楽です。
 第2楽章は、伊福部昭の音楽のあるものを連想させる挽歌風の主題が中心となった、沈痛な趣の音楽です。主題が日本の都節音階に近いフリギア音階に基づいているせいか、中国的というよりは日本的な雰囲気を持っています。
 第1楽章の再現部に相当する部分のあと、第3楽章が続きます。音楽は西洋的な凱旋行進曲調になり、明るく希望に満ちた雰囲気で曲が閉じられます。
 西洋のロマン派のスタイルをベースにしながらも、そこに東アジア的な情緒や色彩をも盛り込んだ魅力的な作品です。ところどころで不協和音などの近代的な手法を効果的に使っていますが、難解な音楽ではありません。

 実はこの曲は、政治的な背景から生まれた曲です。作曲者によると、「労働者や小作農らによる人民解放軍の、厳しい苦闘の過程」という主題に基づき、毛沢東の詩も参照して書かれたとのことです。第1楽章は戦い、第2楽章は戦死者への哀悼、第3楽章は勝利と建設の喜びを表しているようです。第1楽章の第2主題は民謡の旋律を使っており、人民解放軍の雄姿を象徴しています。

 この曲が書かれた1950年代の中国は文化大革命以前の建設期で、馬も各地で労働者のためにヴァイオリン演奏を行うなど、人民のための奉仕活動を行っていました。しかしその努力の甲斐もなく、文化大革命時には”奸漢”と見なされ、国を追われることになります。彼もまた、ショスタコーヴィチやユン・イサンと同様に、政治やイデオロギーに翻弄された音楽家だったのです。

 これは、20世紀の芸術家の宿命だったようです。果たして21世紀は・・・芸術家が自由に活動できる世紀であって欲しいです。もっとも、馬思聡の交響曲第2番は、その背景いかんに関わらず、音楽作品としても優れていると私は思っていますが。

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ツァオ・ペン指揮 上海フィルハーモニー管弦楽団(1985) MARCOPOLO

2001.12.09

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