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■伊福部昭(いふくべ あきら 1914〜 )

 オーケストラとマリンバのための『ラウダ・コンチェルタータ』(1976年)


 北海道出身の伊福部昭氏は、戦前は厚岸や札幌で林務官や化学研究などの仕事に従事しつつ音楽作品を発表し、戦後はプロの音楽家として音楽学校の教師や映画音楽の仕事なども含めた充実した音楽活動を行っています。チェレプニン賞で1等を獲得した『日本狂詩曲』以来、一貫してアジアの伝統音楽のスタイルを基盤に据えた作品を書き続け、戦前戦後の日本ではとかく遅れたものと見なされ軽んじられがちだったアジアの文化的伝統の価値を世に問い続けてきました。

 氏は映画音楽の方面で、特に『ゴジラ』シリーズなどの特撮映画の音楽が数多くの愛好者を獲得していますし、近年は音楽作品の方も徐々に支持者が増えてきています。ワールドミュージックの台頭の影響もあってか、氏の音楽を再評価する動きも見られるようになりつつあります。

 『ラウダ・コンチェルタータ』は、氏が東京音楽大学の学長に就任し、映画音楽の仕事をいったん打ち止めにした1976年に書き上げられた作品です。演奏時間が25分以上に及ぶ曲で、久しぶりに管弦楽曲の大作に取り組んだ喜びの伝わってくる作品となっています。

 「ラウダ・コンチェルタータ」とは、イタリア語で「協奏風の讃歌」を意味する言葉です。作曲者によると、この作品は「祈りと蛮性との共存を通じて、始原的な人間性の喚起を試みたもの」であるとのことです。緩慢なテンポの序奏と、急緩急の3部構成の主部から成る単一楽章の作品です。

 冒頭からいきなり、一心に祈るような旋律が、弦楽によってほとはしり出るように奏されます。それは聴く者の心を大きく揺さぶる切実な祈りです。それが収まるとマリンバの独奏が登場し、急速な第1部分へと導きます。マリンバとオーケストラは、最初は交互に現れますが、次第に一体となっていきます。野性的な音色をまき散らしつつ軽やかに疾走するマリンバの背景に重厚なオーケストラが悠然と流れ、奥行きの深い音楽空間が形成されます。いかにも大陸的な雄大さを感じさせる音楽に圧倒される思いがします。

 中間の緩徐な第2部分では、マリンバが軽やかに戯れます。それは、野山に吹く風、草木のざわめき、したたり落ちる雨露などを思わせる響きです。そのマリンバに応答するかのように、オーケストラが現れますが、それは自然の営みを見守る山の神の威厳を思わせます。かつて人間が自然の音に耳を澄ませ、そこに安らぎや畏怖を感じていた時代の感覚が、呼び覚まされるかのような音楽です。まさに「始原的な人間性」の表現と言えましょう。

 急速な第3部分で第1部分の曲想を再現したあとの結尾部分では、マリンバと木管が短いモチーフの反復を奏し、バリ島のガムランのようなポリリズムを形成します。そしてその上で金管が堂々たる讃歌を奏し、圧倒的なクライマックスを築き上げます。自然と人間の生命力の讃歌ともいうべき音楽です。

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『伊福部昭 交響作品集』 ※1979年の初演ライブを収録
 マリンバ:安部圭子
 山田一雄指揮 新星日本交響楽団 fontec KOCD-2906

『シグナルズ・フロム・ヘブン』 ※吹奏楽版を収録
 マリンバ:山口多壽子
 金洪才指揮 東京佼成ウインドオーケストラ 佼成出版社 KOCD-2906

2002.04.30
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