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■ヨハン・ネポムク・フンメル(Johann Nepomuk Hummel 1778〜1837)

 ピアノ協奏曲第2番イ短調 作品85(1816年)


 ヨハン・ネポムク・フンメルは、現在はスロヴァキアの首都となっているブラティスラバ(当時はプレスブルク)に生まれ、19世紀初頭のウィーンで活躍したピアニスト、作曲家です。モーツァルトに師事して才能を認められ、ピアニストとして活躍する一方で音楽作品も好評を得て、8歳年上のベートーヴェンと並び称されるほどの名声を得るに至りましたが、死後は急速に忘れ去られてしまいました。

 フンメルは1810年代前半までは師から受け継いだ古典的なスタイルの枠に収まる作品を書いていましたが、1810年代後半に入ってからはロマン的な表現への傾斜を見せるようになりました。言わば彼は古典時代からロマン派時代への過渡的な存在であったわけですが、ピアノ音楽の分野ではショパンにつながる新しい表現を獲得しており、近年ではモーツァルトからショパンへの橋渡し的な作曲家として再評価する向きもあるようです。

 ピアノ協奏曲第2番は1816年に書かれ、1821年に出版された作品です。第1楽章だけで16分、全体で33分もかかる大規模な作品であり、5分程度の第2楽章と12分かかる第3楽章は切れ目なく演奏されます。フンメルはこの作品で既にロマンチックな表現の領域にかなり踏み込んでいます。

 第1楽章はショパンを思わせる憂いをおびた第1主題で始まります。堂々たる風格のオーケストレーションによって気分が高まったあと、マーチ風の明朗な第2主題が現れます。そしてその後、ピアノソロが登場しますが、モーツァルトやベートーヴェンを思わせる部分もある一方で、ショパンを先取りするかのような表現(半音階による上下行など)もかなり見られます。ピアノパートは甘美で華麗なパッセージに溢れ、ピアノの技巧を存分に発揮できる曲になっていますが、古典的な気品を保っていて、ロマンチックな情感を香り高く歌い上げています。

 第2楽章は前後の楽章と比べて短く、間奏曲的な役割の楽章になっています。ここで純真無垢な叙情美を展開したあと、第3楽章のロンド主題がピアノソロによって、やや遅めのテンポでそっと入ってきます。このあまりにも甘美でもの悲しい旋律は、何度聴いてもゾクゾクします。

 第3楽章はロンドと銘打たれていますが、形式的にはかなり自由に書かれているように見受けられ、全曲中最もロマンチックな楽章となっています。そこでは上述のテーマの他、フーガ風に展開される気高い感じのテーマや、優しく繊細な表情の美しい叙情的なテーマなどが現れ、起伏に富んだ表情の音楽が展開されます。そして結尾ではピアノがショパンばりのドラマチックなパッセージを弾き、華やかに曲を閉じます。

 この曲は、ピアノという楽器が最高に美しく華麗に響くように書かれています。フンメルは相当な腕を持ったピアニストだったのでしょうね。しかし一方でオーケストレーションも充実しており、美しい表情を聴かせる箇所がたくさんあります。

 これほど魅力的で味わい深い傑作がどうして埋もれてしまったのか、と思います。初期ロマン派、あるいは前古典派のような過渡的な時代の作曲家の中には、不当に価値を貶められ埋没した人が少なからずいます。フンメルの音楽は、ショパンやシューマンと比べるとロマン派音楽として中途半端に聴こえるかもしれませんし、インパクトでは劣るのでしょう。しかし彼の古典的な気品とロマンチックな表現の融合した音楽は、独自の魅力を放つものと私は信じます。

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ピアノ:ハーウォン・チャン
タマーシュ・パール指揮 ブダペスト室内管弦楽団 NAXOS 8.550837
 ※第3番と併録

2002.09.17
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