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■クリストフ・ヴィリバルト・グルック
  (Christoph Willibald Gluck 1714〜1787)

 オペラ『オーリードのイフィジェニー』序曲 (1774年)


 古典派を代表する作曲家の一人であるグルックは、J・シュターミツと同世代の人です。ドイツのバイエルン出身である彼は、まずウィーンの宮廷楽長となって活躍し、次いでパリに活動の場を移しました。彼は主にオペラの分野で活躍した人で、『オルフェオとエウリディーチェ』が特に有名です。

 グルックが活躍した頃のオペラ界では、ギリシア・ローマの神話や伝説を題材にした旧来の古典的なオペラに代わって、現代を舞台にしたより等身大の内容のオペラ・ブッファが人気を得ていました。しかしグルックは時流に乗らず、古典的なオペラを盛り返そうとしました。

 そのためにグルックはいくつかの革新を行いましたが、その中でも際立っているのが旋律の単純化です。旧来のオペラは、旋律に付けられた華麗な装飾をどんどんエスカレートさせていき、表現が行き詰まっていました。グルックは旋律を簡潔なものにして、登場人物の感情をストレートに表現しました。グルックの音楽を聴いていると、切り詰められた音の動きが、実に豊かな表現力を発揮していることに驚かせられます。

 オペラ『オーリードのイフィジェニー』は、グルックがパリに移った後、最初に作曲したオペラです。古代ギリシャの悲劇詩人エウリピデスの『アウリスのイーピゲネイア』をラシーヌが書き直した戯曲に基づいています。内容は、アガメムノン王がアルテミス女神に対して犯した罪を償うために、娘のイフィジェニーを生贄に捧げなければならなくなるというものですが、オペラの脚本では結末がエウリピデスやラシーヌの原作とは異なるものになっているそうです。

 このオペラは、今日では序曲だけがコンサートでよく取り上げられます。ただし、ワーグナーによる編曲版が演奏されることが多いようです。

 序曲は、短い序奏部と3つのテーマで構成される主部から成っています。登場人物たちの背負う宿命を思わせるもの悲しい序奏のテーマのあと、ものものしい神託を思わせる威圧的なテーマ、優美で気高い感じのテーマ、悲痛な祈りを思わせるテーマが相次いで現れます。いずれも心に残るテーマですが、特に3番目のテーマは、ヴァイオリンパートとオーボエが単純なモチーフで掛け合うだけなのに、聴いていて心が痛くなるような悲しみの感情が伝わってきます(こういうところはアルヴォ・ペルトの音楽に似ています)。短い展開部を挟んで3つのテーマが繰り返されたあと、序奏のテーマが戻ってきて、曲は静かに終わります。

 簡潔に磨きぬかれたテーマを明快な構成でまとめあげた完成度の高い音楽で、グルックの面目躍如たるものがあります。ただ私としては、未だにワーグナーの編曲版しか聴いていないこと、本編を観ていないことが心残りです。

【追記】
 その後、ワーグナーによる改訂版の全曲録音CDを入手しました。この改訂版では、歌詞がフランス語からドイツ語に改められ、結末が原作に近い形に改変されています。
 なお、序曲の編曲版は、この改訂版よりも前に単独で編曲されたもので、終結部が追加され(原曲では切れ目なしに本編に移行する)、管弦楽の編成も拡大されています。
 
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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 EMI TOCE8447
 ※モノラル録音。悲劇的な感情をよく表した名演奏。
オットー・クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団 EMI TOCE-55435
 ※かなり遅めのテンポによるスケールの大きな演奏。

<全曲録音>
クルト・アイヒホルン指揮 ミュンヘン放送管弦楽団ほか DENON COCQ-84199-200
 ※ワーグナー改訂版に基づく演奏。タイトルは『アウリスのイフィゲーニエ』になっている。
  イフィジニー役を歌っているアンナ・モッフォの追悼盤として発売されたもの。

2004.11.04
2008.09.07 更新

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