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■ウィリアム・バード(William Byrd 1540〜1623)

 4声のミサ曲 (1592年頃)


 英国は知る人ぞ知る合唱大国です。バロック時代にはヘンデルが、古典時代にはハイドンがオラトリオなど宗教声楽曲の分野の作品を発表して成功しましたし、19世紀末以降はパリー、スタンフォード、エルガー、ホルスト、ヴォーン=ウィリアムズ、ブリテンといった近代英国を代表する作曲家たちが優れた合唱作品を書きました。キングス・カレッジ合唱団など、優れた合唱団もたくさんあります。

 こうした英国の合唱音楽の隆盛の礎となったのは、ヘンリー8世からエリザベス1世までのチューダー朝時代(16世紀〜17世紀初頭)に活躍した作曲家たちによって書かれた教会音楽です。フランドルやイタリアで発達したポリフォニーの技法に則ったアカペラ合唱曲がこの時代には多数書かれ、英国音楽の水準を大きく引き上げたのです。それは15世紀から16世紀にかけて繁栄したルネサンス・ポリフォニー音楽の最も熟成した姿でもあり、最後の輝きでもありました。

 ウィリアム・バードは、その16世紀の英国において声楽、器楽の両面で優れた作品を生み出し、この時代の最大の巨匠と目されている作曲家です。私はこのバードの合唱曲、特にミサ曲を聴きたいと思っていましたが、長らく聴く機会を得ませんでした。最近、ようやく下記のCDを購入し、3曲のミサ曲を聴くことができました。それは聞きしに勝る素晴らしい音楽でした。

 バードは1592年から1595年にかけて相次いで3つのミサ曲を作曲し、出版しました。それらは声部の数によってそれぞれ3声、4声、5声のミサ曲と呼ばれています。明るく穏やかな曲想の『3声のミサ曲』、分厚い響きによる荘重な雰囲気が印象的な『5声のミサ曲』も良い曲ですが、私は『4声のミサ曲』がアンサンブルとして最もバランスが良く、表現も引き締まった傑作だと思います。

 曲はミサで唱えられる6つの通常文『キリエ(憐れみの賛歌)』、『グロリア(栄光の賛歌)』、『クレド(信仰宣言)』、『サンクトゥス(感謝の賛歌)』、『ベネディクトゥス(祝福の賛歌)』、『アニュス・デイ(平和の賛歌)』で構成されています。

 6つの部分では共通のテーマをルネサンス・ポリフォニーの書式(カノンやフーガに近い)に従って展開しますが、同じテーマを使っていても、各部分の歌詞の意味に応じて曲想が変化するのだから大したものです。またハーモニーの美しさも相当なもので、その神々しさは言葉に尽くせません。

 厳かな祈りを感じさせる『キリエ』のあと、『グロリア』と『クレド』では勇壮な曲想が展開されます。特に『クレド』の後半、上行するモチーフが力強く展開されていくところは壮観です。『サンクトゥス』以降は穏やかな曲想となり、『アニュス・デイ』の無限の憧れの込められた音楽によって曲は締めくくられます。

 透明感のある響きの中に真摯な訴えかけの感じられる音楽は、一度聴いたら忘れられないものです。まさに巨匠の名に恥じない名曲だと思います。

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『3つのミサ曲』
ポール・ヒリアー指揮 プロ・アルテ・シンガーズ harmonia mundi usa HMU 907223

2002.08.19
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