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■エルネスト・ブロッホ(Ernest Bloch 1880〜1959)

 イスラエル交響曲(1912〜1916年)


 ヘブライ狂詩曲『シェロモ』で知られるエルネスト・ブロッホは、スイスに生まれ、フランスを経てアメリカに移住して後半生を過ごしたユダヤ系の作曲家です。『ニーグン』や『3つの詩編』など、ユダヤの宗教的題材による作品が多い一方で、ヴァイオリン協奏曲や2曲のヴァイオリン・ソナタ、2曲のコンチェルト・グロッソなどの古典的なジャンルの作品も作曲しています。

 彼はユダヤ人としての民族性を自覚し、それを音楽作品で表現することを試みた最初の作曲家です。それは、彼の生きた時代に西欧のユダヤ社会で盛り上がりをみせていたシオニズム運動の影響も受けていたようです。ヨーロッパ社会において常に迫害を受ける立場に置かれていたユダヤ人は、いつの日か祖先が暮らしていた”約束の地”イスラエルに戻ることを夢見ていました。今回紹介する『イスラエル交響曲』は、まさにそのイスラエルを題材にした作品です。

 『イスラエル交響曲』(原題は「ユダヤの祝宴」)は、5分ほどの短い前奏曲と、ユダヤ教の祝日の名を与えられた2つの楽章(切れ目なしに演奏される)とで構成されており、全体の演奏時間は約35分です。5人の独唱者(ソプラノ2、アルト2、バス)が登場します。ユダヤ系作曲家としての先輩にあたるマーラーをはじめ、ワーグナーやR・シュトラウスなどの後期ロマン派の影響の強い音楽ですが、そこにユダヤ聖歌に由来すると思われる中近東風の節回しが加味されています。

 前奏曲は「砂漠の祈り」と題されています。まず、安らぎと期待感に満ちた祈りのテーマを弦楽が奏します。ユダヤ人のイスラエルに寄せる思いの伝わってくる曲想です。しばらくすると音楽は高揚してゆき、トランペットが5音音階による威厳のあるテーマを奏します。私はこれを聴く度に、『十戒』や『ベンハー』などのハリウッドの宗教映画の世界を連想します。預言者が厳かに神の言葉を告げている様を彷彿とさせる音楽です。

 第1楽章「ヨーム・キップール(贖罪の日)」は、危機の到来を告げるかのような緊迫した曲想から始まります。色彩的なオーケストレーションによる劇的な音楽が展開されます。合間に祈るようなテーマが現れますが、それも長くは続かず、音楽は闘争的な激しさを増してゆきます。そして天地鳴動するかごとき荘厳なクライマックスのあと、前奏曲の祈りのテーマが戻ってきて、次の楽章へとつながってゆきます。

 第2楽章「スッコート(仮庵の祝祭)」は、かつてユダヤ人がエジプトを脱出したあとの、約束の地に到達するまでの40年間の放浪をしのぶ祝祭を題材にしています。祈りのテーマを中心に、喜びと悲しみの入り混じった穏やかな曲想が展開されます。そして、この楽章の中ほどの部分で5人の独唱が登場し、「アドーナイよ、我がエロヒームよ、おお我がエロヒームよ!」という主なる神に呼びかける言葉に始まる、神への讃歌を歌います。言い知れぬ悲哀を柔和な光で包み込んだようなその雰囲気は、シナゴーグで歌われる伝統的な聖歌と共通するものです。やがて音楽も歌も安らぎのうちに消えてゆき、曲が閉じられます。

 幾たびもの苦難を経て”神の地”イスラエルに到達する道のりを思わせる構成です。これは信仰と民族の絆とを拠り所にして迫害に耐えてきたユダヤ人の心情そのものと言ってよいでしょう。その信仰心は、それ自体はたいへん美しいものだと思います。しかし、それは現代の状況では政治的な問題に結びつきやすいものでもあります。そのため、ブロッホの宗教的題材の作品は、なかなか演奏の機会を与えられないようです。『イスラエル交響曲』もまた、音楽作品としては優れたものであるにも関わらず、あまり知られることのない作品となってしまっています。個人的にはブロッホの最高傑作とさえ言っていいものだと思っているのですが・・・。

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エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮 ロシア国立交響楽団
 ※『ニーグン』『シェロモ』併録  LE CHANT DU MONDE RUS288165


2002.05.13
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