弦楽四重奏曲 変ホ長調 弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 Op.13 弦楽四重奏曲 第1番 変ホ長調 Op.12 弦楽四重奏曲 第4番 ホ短調 Op.44-2 弦楽四重奏曲 第5番 変ホ長調 Op.44-3 弦楽四重奏曲 第3番 ニ長調 Op.44-1 弦楽四重奏曲 第6番 ヘ短調 Op.80 弦楽四重奏のための4つの小品 Op.81 new! ※レビューは作曲順に配列されています。 弦楽四重奏曲 変ホ長調 (1823年) メンデルスゾーンの最初の弦楽四重奏曲は、彼が14歳のときに作曲されました。生前に出版されなかったため、作品番号も曲種番号も付いていません。 弦楽四重奏のための作品としては「12のフーガ」(1821年)が既に書かれています。また、12曲の「弦楽のためのシンフォニア」も1821年から1823年にかけて作曲されました。これらの先行作品、特に様々な実験的な試みを行った「弦楽のためのシンフォニア」を作曲した経験があるため、メンデルスゾーンの最初の弦楽四重奏曲は十分に熟達した筆致で書かれた作品となっています。まだまだ彼の個性が十分に現れているとは言えませんが、師カルル・フリードリヒ・ツェルターから学んだバッハ、ハイドン、モーツァルトの書法を確実に身に付けた上で、のびのびと作曲しているのが感じられます。特にフィナーレのフーガの充実ぶりに、フェリックス少年の並ならぬ意欲が現れています。 第1楽章 Allegro moderato ゆったりと優美にながれる第1主題と、ヒョイヒョイと飛び跳ねるようなモチーフが印象深い第2主題から成るソナタ形式の楽章です。展開部にはいると音楽は短調に傾き、劇的な緊迫感が高まりますが、ここでも飛び跳ねるモチーフが活躍します。再現部のあと、第1主題のモチーフを展開しつつうっとりするような転調を繰り返し、結尾に移ります。 第2楽章 Adagio non troppo 3部形式と見なすことのできる緩徐楽章です。第1部は第1主題をひと通り奏するのみですが、このバッハの宗教声楽曲のアリアを思わせる沈痛な第1主題は心に残ります。第2部ではロココ風の優美な旋律が心ゆくまで歌われます。このあと第1主題のモチーフの短い展開を経て第3部に移りますが、この展開部での悲痛な訴えかけも素晴らしい。これほどの深い真情の込められた音楽を14歳の少年が書き得たとは・・・。第3部では第1主題にふと立ち止まるような間合いを挟み、詠嘆の感情を表現しています。 第3楽章 Minuetto - Trio - Minuetto やや早めのテンポによるメヌエットと見なせる楽章です。主部Minuetto(この表記は所有盤での表記に基づく)はギザギザした動きのあとに波打つようなモチーフの付くテーマが印象的です。中間部Trioはややロマンチックで、夢見心地な表情が魅力的です。 第4楽章 Fuga 少年時代のメンデルスゾーンはフーガという形式に意欲的に取り組んでいます。上記の「12のフーガ」もそうですし、「弦楽のためのシンフォニア」にもフーガの楽章がいくつかあります。そして彼の最初の弦楽四重奏曲のフィナーレもまた、堂々たるフーガとなっています。 まず、軽快で躍動的な2つのテーマによる二重フーガが展開されます。それがひと段落すると今度は別のひとつのテーマによるフーガが展開され、劇的な高まりを見せます。そしてこれら3つのテーマが自在に組み合わされ、展開される部分が続きます。ここでは第1のテーマの拡大カノン(あるテーマに対して、そのテーマの音の長さを2倍にした対旋律を重ねる)も行われます。このあと、短い結尾を経て終止和音が大らかに鳴り響き、曲は閉じられます。聴き進むごとに込み入った展開に圧倒され、気分が高揚してくる音楽です。 2003.02.17 弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 作品13 (1827年) この曲には第2番という番号が付いていますが、実際には番号付きの弦楽四重奏曲の中では最初に作曲された曲です。番号無しの変ホ長調から4年後の18歳のときに書かれた曲ですが、前作と比べてはるかにロマンチックな性格の音楽になっているのが目を惹きます。「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」などで聴かれるような甘美で物悲しい旋律の魅力というものが、ここでは顕著になっています。旋律の魅力という点では、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲の中でも抜きん出ており、最もポピュラリティのある曲だと思います。そのせいか、最近はこの曲をレパートリーに入れる団体が増えてきたようです。 ベートーヴェンが亡くなった年に書かれたこの曲には、ベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第15番イ短調」の影響が色濃く感じられます。イ短調という調性、悲愴で劇的な曲想の第1楽章、第4楽章の冒頭のレシタティーヴォ(朗唱)風の旋律など、ベートーヴェンの作品を意識したと思われる要素がいくつもあります。「弦楽四重奏曲第15番」は2年前の1825年に書かれた曲ですが、その影響をいち早く受け入れているという点で注目すべき作品だと思います。偉大な大先輩の作品から多くを学び、作曲家としてひと回り大きくなった、そんな印象を受けます。 第1楽章 Adagio - Allegro vivace いかにもロマンチックで懐かしい雰囲気の旋律による序奏と、憂いと情熱に塗りつぶされたようなソナタ形式の主部から成る楽章です。ベートーヴェンの第15番イ短調に似た曲想とはいえ、その悲愴で劇的な曲想には圧倒されてしまいます。提示部や再現部の終わりの方に登場する物憂げな旋律や、展開部でのヴァイオリンによるすすり泣きのような旋律、そして悲劇に向かって突き進んでいくかのような結尾など、感動的な部分がたくさんあります。 第2楽章 Adagio non lento 2つの主題によって構成された三部形式の楽章です。冒頭に流れる第1主題をよく聴いてみて下さい。これは第1楽章の序奏の旋律から発展した主題なのです。この甘美な夢の世界に浸るかのような旋律の後、悲しみの世界に沈んでいくような第2主題によるフーガが展開され、第1楽章の主部を連想させる旋律も登場し、音楽は不安定に揺れ動く感情を表現します。 第3楽章 Intermezzo : Allegretto con moto - Allegro di molto 3部構成で書かれたこの楽章は、スケルツォではなく「間奏曲 Intermezzo」と題されています。両端部の孤独な散歩を思わせる旋律にも、中間部の妖精の戯れのような曲想にも、メンデルスゾーン流のロマンティシズムが感じられます。 第4楽章 Presto - Adagio non lento 突然トレモロが鳴り響き、第1ヴァイオリンがレシタティーヴォ風の旋律を歌います。私はこれを聴く度にベートーヴェンの第15番のフィナーレの冒頭にそっくりだなあと思ってしまいます。主部では、力強い中にも諦めの感情の感じられる主題によって、悲運への最後の抵抗を試みているかのような音楽が展開されますが、その合間に第1楽章や第2楽章の主題が回想されます。そして第2楽章のフーガ主題がしみじみと歌われたあと、第1楽章の序奏の旋律が再現され、夢の世界への憧れの感情を引きずりつつ音楽は締めくくられます。 2003.03.17 弦楽四重奏曲 第1番 変ホ長調 作品12 (1829年) この曲は第2番の2年後、ちょうど二十歳のときに書かれた作品です。作品番号の上では第2番Op.13よりもひとつ前となっていますが、なぜ作曲順とは逆にしたのか、理由はよくわかりません。変ホ長調のほうが気に入っていたのか、あるいは”最初の弦楽四重奏曲”として、14歳のときの変ホ長調に代わるべき作品と見なしたのか・・・。 この曲の曲想は全体として明るく穏やかで、特に第1楽章は喜びに満ちていて、悲劇的な第2番とは対照的な雰囲気の作品となっています。しかし、第1楽章のテーマをそれ以降の楽章で再現させる方法は前作から受け継います。そして前作に見られたベートーヴェンの作品からの絶大な影響はここでは薄れ、メンデルスゾーンならではのロマンチックな感性を存分に発揮しています。 第1楽章 Adagio non troppo - Allegro non tardante 前作と同様に、甘美な旋律による緩やかなテンポの序奏で始まります。そのあと、穏やかで喜びに満ちたテーマが登場します。それは14歳のときの変ホ長調の曲想にやや似ていますが、よりロマンチックな性格のテーマになっています。展開部では音楽がやや陰りを帯び、何かを訴えているような感じになりますが、そのあと、テーマが静けさの中で再現されるところが印象的です。結尾ではテンポが緩やかになり、消え入るように楽章を締めくくります。 第2楽章 Canzonetta: Allegretto - Piu mosso 「カンツォネッタ」と題されたこの楽章の主部では、俗謡風のもの悲しい旋律が、ピチカートを交えたリズミカルな伴奏に乗せて歌われます。中間部はメンデルスゾーンお得意の妖精風スケルツォとなっています。メンデルスゾーンならではのメルヘンチックな音楽です。 第3楽章 Andante espressivo - attacca この緩徐楽章のテーマは第2番の第2楽章のそれとかなり似ていて、非常に甘美な魅力に溢れています。ただ、こちらでは中ほどでは切々と訴えかける感じにはなるものの劇的な展開はなく、夢見るような雰囲気の色濃い音楽となっています。 第4楽章 Molto allegro e vivace 前の楽章が終わったあと、突如嵐のような序奏が現れて、それまでの穏やかな雰囲気が一変し、ハ短調による悲愴なテーマが登場します。長調の曲なのにフィナーレがこういう悲劇的な曲想になっているのは意外ですが、第2番のフィナーレとは違ってより前向きな闘争の意思が感じられ、聴き応えがあります。結尾部に入ると変ホ長調になり、第1楽章のテーマが再現されて明るさが戻り、やがてテンポが緩やかになって、満ち足りた穏やかさの中で曲は締めくくられます。 2003.04.14 弦楽四重奏曲 第4番 ホ短調 作品44-2 (1837年) 1829年に第1番を書いたあと、メンデルスゾーンはしばらく弦楽四重奏曲の作曲から遠ざかりました。その間に彼は交響曲第4番『イタリア』や第5番『宗教改革』、序曲『フィンガルの洞窟』などの名曲を書いています。また、ライプツィヒのゲヴァントハウス演奏会の指揮者の仕事に就き、音楽家として充実した活動を行っていました。彼が再び弦楽四重奏曲の筆をとったのは1837年で、第1番から8年後のことでした。そしてそれは”メンデルスゾーンのラズモフスキー”とも呼ぶべき弦楽四重奏曲集 作品44(全3曲)の創作に発展したのです。 「弦楽四重奏曲第4番ホ短調」は作品44の第2曲ですが、実際には最初に書かれた曲です。この曲でメンデルスゾーンは、過去に書いた弦楽四重奏曲(特に第2番イ短調)で行ったことを振り返りつつ、古典的な形式に則ったより緊密、緻密な構成によって音楽をまとめ上げています。情熱的な表現も理性によってコントロールされ、無駄のないものになっていて、大人の風格を感じさせる作品となっています。 第1楽章 Allegro assai appassionato 序奏部なしで開始されるこの楽章の第1主題は第2番イ短調の情熱的なテーマを思い出させるものですが、そこには諦めがかった憂愁も感じられます。劇的な走句を経て登場する安らいだ感じの第2主題は、第1主題のモチーフを長調に変形したものです。ひとつの素材によって明暗の対照を描き分けているのです。音楽の運びは無駄がなく確信に満ちており、ロマンチックな陶酔から悲劇的な感情の高まりへの振幅を描く展開部、凄まじい勢いで突進する結尾など聴き応えがあります。 第2楽章 Scherzo: Allegro di molto この楽章はメンデルスゾーンが弦楽四重奏曲の中で書いた最初の正調スケルツォです。主部はトレモロを交えて飛び跳ねるテーマから成っていますが、後半では劇的な高まりをみせます。トリオでは憂いを帯びた旋律が奏されますが、ほんの少し顔を出す程度で、かなり手短に済んでしまいます。 第3楽章 Andante - attacca 明るく安らいだ雰囲気の緩徐楽章です。第1番や第2番のロマンチックな叙情とはまたひと味違い、古典風の平安さ、清々しさが基調となっています。全体に暗い色調の曲の中にあって、聴き手を癒すオアシスのような楽章となっています。 第4楽章 Presto agitato 第1番の場合と同じく、前の楽章が終わったあと、切れ目なしにフィナーレが始まります。急速な3拍子による、ロマン派好みの”悲しき舞踏”風のテーマが、やや自由なソナタ形式で展開されます。やや民俗的な雰囲気もある激しい舞踏の中で、人生の悲しみと喜びが浮き沈みする・・・そんな風に私は感じています。メンデルスゾーンらしい味のある音楽だと思います。 2003.06.16 弦楽四重奏曲 第5番 変ホ長調 作品44-3 (1837-38年) 第4番を書き上げた直後に、メンデルスゾーンは勢いづいたかのように次なる弦楽四重奏曲に取りかかりました。そして翌1838年に完成し、作品44の3曲目としました。 この曲でメンデルスゾーンは、第4番での古典的形式を重んじる路線をさらに推し進めています。モチーフの緻密な展開によって音楽を力強く造形してゆく様は、ベートーヴェンの「ラズモフスキー・セット」あたりの作品の影響を感じさせます。その一方でメンデルスゾーンならではの優美な旋律や躍動的なリズムも健在で、明るさ、快活さを感じさせる作品に仕上がっています。メンデルスゾーンの一連の弦楽四重奏曲の中では、パッと見は一番地味な作品ですが、聴き込むごとに味わいの深まる音楽だと思います。 メンデルスゾーンはこの作品の出来にたいへん満足し、それまでに書いた弦楽四重奏曲と比べて「数百倍良い」と語ったとのことです。 第1楽章 Allegro vivace 序奏部なしのソナタ形式の楽章です。第1主題は間合いを挟んで断続的に奏される力強いモチーフと優美に流れるモチーフから成っていて、異なる表情のコントラストを孕みつつも、全体としては幸福感に満ちたテーマとなっています。第2主題はより旋律的でロマンチックです。展開部は劇的な緊張感が張りつめたものになっていますが、その後半で第2主題が陰影の深い表情を聴かせるのが印象的です。提示部の経過句を省略した形での再現のあと、物思いに沈みかけたような表情の部分を経て、力強い結尾によって楽章は締めくくられます。 第2楽章 Scherzo: Assai leggiero vivace この楽章はメンデルスゾーンが好んで書いた”妖精風スケルツォ”の部類に入ります。トリオ(中間の穏やかな曲想の部分)に相当する部分は無く、劇音楽「真夏の夜の夢」の中の「スケルツォ」に似た雰囲気のテーマが中心となって音楽がポリフォニックに展開されてゆきます。中ほどの情熱的になる部分のあとに登場する、半音階で下降するモチーフの妖艶な表情が印象に残ります。 第3楽章 Adagio non troppo やや変則的な3部形式で書かれたこの緩徐楽章の第1部のテーマは、長調の第5音から半音上がる動きを含んでいるため、独特な陰りと不安感を帯びた旋律となっています。このテーマが第1部の後半で展開されたあと、第2部では切々と訴えるようなテーマがフーガ風に展開されます。第3部では第1部のテーマがやや変形されて再現されたあと、第2部のテーマの回想を経て、半音上がる動きのモチーフで締めくくられます。それまでのメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲の緩徐楽章には無かった玄妙な表情が印象深い楽章です。 第4楽章 Molto allegro con fuoco ソナタ形式で書かれたフィナーレ楽章は、勢いよく流れる快活な第1主題で始まります。この主題も二つのモチーフから成っていて(特にスウィングするリズムを持つモチーフが印象的)、これらが全体を通じて徹底的に展開されます。優美で淡い陰影を持った第2主題も味わいがありますが、展開部ではほとんど登場せず、第1主題が完全に主導権を握っています。展開部でも再現部でも結尾でも、躍動感の溢れる音楽がとめどなく紡ぎ出されていきます。 2003.07.28 弦楽四重奏曲第3番 ニ長調 作品44-1(1838年) 弦楽四重奏曲第3番は作品44の1番目の曲とされていますが、実際には作品44の中で最も後に書かれた作品です。この曲が弦楽四重奏曲集の巻頭を飾る曲となったのは、メンデルスゾーンにとって最高の自信作だったからではないかと思われます。あるいは、曲集の構成を「長調−短調−長調」にする意図があったのかもしれません。 メンデルスゾーンは、1837年にセシルと結婚しており、この時期の彼はこの上ない幸福感に浸っていたようです。その時の気分が、弦楽四重奏曲第3番にもかなり反映しているように感じられます。こんこんと湧き出すインスピレーションのおもむくままに書かれたかのような、この魅力的な作品は、『イタリア交響曲』なみに親しまれても不思議のない名曲だと思います。 第1楽章 Molto allegro vivace いかにも明朗快活で、「弦楽四重奏版イタリア」とでも呼びたい音楽です。生きる喜びを手放しで謳歌しているかのような表現ですが、それでいて、旋律はあくまでも端正で気品があり、形式も整っていて表現が押し付けがましくならないのは、メンデルスゾーンならではの美徳と言えましょう。古典的な美しさとロマンチックな表現の黄金のバランス、といったところでしょうか。 第2楽章 Menueto: Unpoco Allegro メヌエットですが、あまり拍子の打点を感じさせず、音楽はゆったり流れます。優美でありながらも、どことなく物憂げな雰囲気が独特です。トリオはメルヘンチックなテーマが中心になっています。 第3楽章 Andante espressivo ma con moto 物悲しい感じの旋律が中心の間奏曲風の音楽です。この旋律はバロック風にも民謡風にも聴こえますが、このいかにもロマンチックな旋律も、この曲の聴き所のひとつと言っていいでしょう。 第4楽章 Presto con brio 第1楽章をいっそう快活にしたような曲想で、めまぐるしく動きまわる躍動的なテーマは、とめどなく湧き上がる喜びを歌い上げているかのようです。 2003.02.03 「とっておきのクラシック」掲載のレビューに手を加えたものを転載 弦楽四重奏曲 第6番 ヘ短調 作品80(1847年) 1838年に第3番を書き終えたあとのメンデルスゾーンは、ライプツィヒやベルリンでの指揮の仕事に追われる一方で、交響曲第3番『スコットランド』や「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」、オラトリオ『エリア』などの傑作を書き、作曲家としての名声は頂点に達しました。室内楽の分野でも2曲のピアノ三重奏曲、2曲のチェロ・ソナタ、「弦楽五重奏曲第2番」などを書きました。 しかし、弦楽四重奏曲の作曲には死の年までの9年間ほとんど手をつけず、後に「弦楽四重奏のための4つの小品」の中の第3曲となる「カプリッチョ」を1843年に書いたくらいでした。そんなメンデルスゾーンが再び弦楽四重奏曲というジャンルに向き合うきっかけとなったのは、最愛の姉ファニーの死という不幸な出来事でした。 1847年5月、少年時代からずっと心の支えとなってくれた姉の訃報に接し、打ちのめされたメンデルスゾーン・・・スイスの山の中を数日間さまよった後、数日間部屋に閉じこもって作曲をするような日々が数週間続いたそうです。このときに書かれたのが「弦楽四重奏曲第6番」で、これがメンデルスゾーンの残した最後の大作となりました。そして半年後の11月に、彼は38年の短い生涯を終えました。 このような経緯で書かれた第6番は、メンデルスゾーンの作品としてはかなり異色の作品となっています。ここには、それまでのメンデルスゾーンなら決して行わなかったであろう赤裸々な苦悶の表現が聴かれます。それはあまりにも痛々しく、メンデルスゾーンの深い心の痛手を伺わせます。音楽の表現しているものがあまりにも重く、それを受け止めることは容易ではありません。メンデルスゾーンは最後の最後になって恐ろしい音楽を書いたものだと思わずにはいられません。 第1楽章 Allegro assai - Presto チェロとヴィオラの擦りつけるようなトレモロと、二人のヴァイオリンの取り乱したような旋律による短い序奏のあと、ヴァイオリンが絶叫ようなモチーフを奏します。それはやがて深い詠嘆の込められた第1主題に発展します。第2主題は対照的に、昔を懐かしんでいるかのような優美な旋律となっています。展開部では絶叫のモチーフが繰り返していったあと、ヴァイオリンがすすり泣きのような旋律を奏します。主題の再現のあと、コーダではテンポが速くなり、何ものかに向かって突進していくような感じで楽章を締めくくります。 第2楽章 Allegro assai この楽章はスケルツォに相当する楽章のはずですが、前の楽章の重苦しい雰囲気をそのまま引き継いだような(調性も同じヘ短調!)、怒りと悲しみの込められた舞曲になっています。中間部でのチェロの疲れ果てたような足取りも痛々しい。 第3楽章 Adagio この楽章は変イ長調で書かれていますが、テーマの冒頭の下行するモチーフは長調の第6音(ヘ音)から半音下がる動きを含んでいるため、ヘ短調(他の3つの楽章の調性)の雰囲気も引きずっています。懐かしさの中に悲痛な思いの込められた追憶の音楽・・・。 第4楽章 Finale: Allegro molto チェロの重々しいドローン音に乗って、リズムモチーフの執拗な繰り返しから成るテーマが演奏されます。そしてこのリズムモチーフが楽章全体にわたって、せき立てるかのように繰り返されます。第1楽章と比べて精神的に落ち着きを取り戻してはいるものの、まだまだ未練を断ち切ることができず、何ものかに必死にすがり付こうとしているかのような音楽です。 2003.09.16 弦楽四重奏のための4つの小品 作品81(1827、1843、1847年) メンデルスゾーンが生涯に作曲した弦楽四重奏曲は7曲ですが、これらとは別に弦楽四重奏曲のための小曲が4曲残されています。そのうち「フーガ」は弦楽四重奏曲第2番の書かれた1827年、「カプリチョ」は1843年に書かれたものです。そして他の2曲は死の年である1847年に作曲されました。これらはメンデルスゾーンの死後、弦楽四重奏曲第6番作品80に続く作品81としてまとめて出版されました。 メンデルスゾーンがこれらの曲を単発の曲として書いたのかどうかは、はっきりしません。いずれの曲も、弦楽四重奏曲の中に組み入れたとしても全く違和感のないような緻密な造形を施されており、新たな弦楽四重奏曲の一楽章にするつもりで書いた可能性も否定できません。それぞれ5分程度の小さな曲ですが、充実した音楽的内容を持っていて侮れません。 第1曲 「主題と変奏」 ホ長調 (1847年) Andante - Un poco pou animato - Presto - Andante come prima 甘美でロマンチックなテーマによる変奏曲です。中ほどでテンポが速くなり、劇的な展開をみせます。第1ヴァイオリンだけが残って訴えかけるような旋律を歌ったあと(弦楽四重奏曲にも似たような箇所がいくつかありますが)、テーマが再現されます。 第2曲 「スケルツォ」 イ短調 (1847年) Allegro leggiero 劇音楽「真夏の夜の夢」の中の「スケルツォ」によく似たテーマによる、幻想的な味わいのスケルツォです。メンデルスゾーンが好んで書いた”妖精風スケルツォ”の典型です。 第3曲 「カプリッチョ」 ホ短調 (1843年) Andante con moto - Allegro fugato. assai vivace 陰りの濃い旋律による序奏と、フーガ風の展開による劇的な主部から成る曲です。カプリッチョ(奇想曲)というタイトルとは裏腹に、かなり緻密に造形された音楽であり、これが弦楽四重奏曲のフィナーレであったとしても不思議ではないと思わせるものがあります。 第4曲 「フーガ」 変ホ長調 (1827年) A tempo ordinario 古い聖歌を思わせる大らかなテーマによるフーガです。神々しいまでに美しい祈りの音楽です。中ほどでの2つのヴァイオリンによる和音の響きにはゾクッとさせられますし、その後の部分での陰りのある表情も素晴らしい。 2003.10.20 |