

教会の時間自覚は「月」によらないで、典礼季節に定められている、すなわち待降節、降誕節、四旬節、復活節を過ごしてから年間の時期がある。しかし、年間に行われる色々な祭日や催しは民衆信心のため、一ヶ月にわたって延びることもある。しかも、この現象は時代とともに変わっていく。第二ヴァティカン公会議による教会の革新の結果の一つとして暦が見直され、強調するところが変わってきた。
例えば、10月7日はロザリオの聖母記念日なので、10月は「ロザリオの月」と呼ばれたけれど、「月の最後から2番目の日曜日」が世界宣教の日と定められているから、世界中多くの教会では「宣教の月」の間に福音宣教活動に関する啓発の催しや各日曜日に宣教学上の養成テーマが提供される。かろうじて1%のキリスト信者しかいない日本の国では、毎年のテーマを宣伝するカラフルなポスター以外に、どうして教会が「宣教の月」へより積極的に取り組まないかを寂しく感じる。
又、11月が典礼暦の最後であり、週末の説教の結論として「天地は滅びるが、私の言葉は決して滅びない」(マタイ24・35)というイエスの文句が響くから,王であるキリスト祭日から待降節第一主日にかけて「聖書週間」を催す。
どうして皆は「死者の月」と呼び続けているか。「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい。あなたは行って、神の国を言い広めなさい。」(ルカ9・60)という聖書の言葉があまり知られていないからではないか。
しかも、典礼暦に「諸聖人祭日」と「死者の日」が平日に当たる年であっても、なぜ勝手に死者のための副典礼を押し付けて年間主日の典礼の流れとテーマを妨害してしまうのか。仏教と違って、カトリック教会は各ミサの奉献文と毎日の聖務の夕の祈りに、すべての死者のために祈り、特定の死者の為に追悼祈願も捧げることがある。死者の日を大切しすぎる歪みの原因は、この行事のわりに浅い歴史と特殊な由来が、あまりにも知られていないからに違いない。
では、参考までにその背景を取り上げてみよう。
古代アイルランドとイングランドに住むアングロサクソン人は死者の霊魂が毎年10月の末に現世を訪れに戻ってくることを信じていた。けれど、それは日本のお盆の時に先祖と一緒にご飯を頂くような穏やかな祝いと違って、ハロウィーン祭に登場する霊魂は、生者を脅迫するものと思われた。怖いマスクをかぶることによって恐怖感を覚えさせられるアングロサクソン民族の習慣が根強かったから、ヨーロッパで福音を述べ伝えた宣教師たちはこの「よみがえり」迷信をキリスト教化し、眠りについた大勢の人が神のもとで至福を味わっていることを8、9世紀から「諸聖人」の大祭日として祝いはじめた。
又、翌日に、三度もイエスを否定したのに、イエスを愛する条件でその羊を飼うように、再び三回も、頼まれたペトロが苦しんだと同じように、許しをいただいてもまだ自分の罪のつらさを悩んでいる死者のために完全な癒しを祈り求める「諸死者」の記念日は998年にフランスのクリュ二―の修道士に設けられ、11世紀に広まり、1311年にローマ典礼暦に初めて載せられた。
要するに、11月1日と2日に神のもとに至福を味わっている諸聖人と、未完成の愛のため(ペトロのように泣いて)清めが必要な死者と共に、地上のキリスト教共同体が連帯感を覚えながら、神の救いを待ち望む典礼の発展である。そうして、教会の福音宣教は、幽霊を怖がっていた民族を永遠の宴の目的地へ向かわせ、聖徒の交わりという希望に満ちた発想に変容することに成功した。もし諸聖人祭日または死者の日が日曜日に重なったら、年間主日の典礼は省かれるという定めも、教会が死者のことをどれほど肯定的に理解しているかを示している。
ところが、地元の宗教習慣をキリスト教化して、13世紀からヨーロパで行われた典礼の創造的な生い立ちの過程に倣い、日本教会は11月と関係なく、むしろ日本の風土に合わせて、お盆の時、一般の社会と共に、8月15日のマリアの被昇天による完全な救いに照らされ、先祖の救いを感謝して祝うべきではないか。皆さんも地域教会として日本の伝承を受け止めながら、現代日本社会の人々の行き詰まりと憧れを、イエスがもたらした解放と自由へ変える為に、もっと真剣に、土着した福音化のプロセスに取り組んでくれるように期待している。
毎年「鐘」12月号の巻頭言は、その年の信徒代表が書くことになっているそうで、散々悩みましたが、12月ということでもあり、私なりにこの一年を振り返ってみたいと思います。
2011年1月、努々考えもしなかった2回目の代表を引き受けることとなり、挨拶の中で、二つの大きな目標を皆様にご提示しました。その1、前年度の司牧評議会からの継続案件である「地区制」導入について、その2、2015年に迎える「献堂50周年」に向けての具体的スケジュールと、そのプログラム立案の準備に取り掛かることです。
その1については、9月に「地区制」を考えるプロジェクトが発足し、この「鐘」12月号に同封の「アンケート」により、皆様に広く教会活動へのお考えを聴取させて頂くこととしました。来年以降「地区制」を導入するか否かを検討するうえで大変重要なものとなりますので、「アンケート」へのご協力をお願いいたします。
その二については、未だ立ち上げることができておりませんが、2012年の早い時期に必ず準備に入るようにいたします。
3月11日「東日本大震災」発生。地震そのものの被害よりも、その後に発生した津波によって、人的・物的被害がより拡大したことは、皆様もご存知のことと思います。オノレ神父をはじめ、教会の方々もボランティアや視察をされて、被災地の実情報告等もいただきました。教会としては、「祈り」「支援」を通して、被災地の復興、被災された方々への「更なる支援」を継続して参りますが、より身近なこととして、大阪教区の淳心会司祭二名(内一名は、前主任司祭のハルノコー神父)が、岩手県大船渡地区に2年の予定で派遣されましたので、仙台教区サポートセンターへの協力と合わせて、支援の輪を広げていきたいと思います。
5月1日新主任司祭ゴーセンス神父着任。3・11が日本の今年のトップニュースであれば、主任司祭の交代は、松原教会にとってのトップニュースです。実は、私が前回代表を務めていた時に、スメット神父からボーガルト神父への交代がありました。更に現副代表の武宮さんが代表の時には、ボーガルト神父からハルノコー神父への交代があり、この代表・副代表の顔ぶれでは、起るべくして起きたということでしょうか。教会は、良くも悪くも、主任司祭のキャラクターによって変わってしまいます。この出来事を代表として2回も経験することは、これも主の導きでしょうか?
2012年は、50周年への準備を始めとして、主任司祭のお考えがより明確な形で皆様に開示されていくでしょう。皆様ひとり一人の意識改革が必要になるかもしれません。50周年を前にして、新しくなっていくであろう松原教会に、皆様のより一層のお力添えをお願いいたします。
2012年間(正確に言えば多分2006年間)前、この世に来られた無防備の幼子イエスが永遠の命への導き手として再び来られる時の決定的で、普遍的なキリストとの出会いを待ち望みながら、今年が皆さんの為に、部分的にでも味わえたら、希望をもって将来を迎えられるに違いありません?このような信仰体験を大勢の人と共に見分けて分かち合うことができるならば、派遣によるこの福音宣教は喜びをもたらします。しかし、30、60、100倍の実を結ぶ神の言葉が広まれば、悪の蒔 いた毒麦も同時に生え、構造悪として成長する現代の事実もあります。
去年の大震災の悲劇によって人の心の中に何が潜んでいるかは明らかになりました。一方?多くの人々は?はかなさを悟って人生観?生き方を見直し始め?無常の最中で「絆」を再発見しながら?被災者との連帯感を創造的に生かしています。他方、過去の無責任と傲慢による失敗を認めず、県民の要求を無視しながら?大企業に操られる?嘘?の政治家は投資されている資本の利益の追求しか目指していません。格差社会に於ける仕事場で搾取され?奴隷となって健康や家庭を破壊している人々はお金の偶像に生け贄としてささげられます。
こういう状態のため人間はもちろん幸せになれませんし、むしろ寂しさの余り?孤独に悩んでいます?むなしさを偉そうに富で満たそうとしても?その意義の無いこと
に苦しみます?本当の自分が分からなくなってよく絶望に陥ってしまいます?自己嫌悪に負けますし?仕方が無く不正と妥協し?ニヒリズムのせいで心は狭くなって自己中心的な人物へと変わっていきます?結婚相手?自分の子どもをさえ理解することができなくなって家庭内暴力を増やし、親戚と地域の人々に対して無関心で、社会と世界の状況が分からない人は疎外の極めを体験し?自死に向いています。しかし?他人と交わりをもっていない人は人「間」の資格を失いますし?こういう人には絶対的な他者である神の存在も消えてしまいます。
こういう「惨めさから誰が救ってくださるか?」(ローマ 7・24)という叫びにパウロが与えた答えと同じように、私たちも迷う現代人に「イエスの道しかないよ」と自分の信仰経験を伝えられているでしょうか。罪深い状態から脱皮する為に、愛によって死から命への過ぎ越しの過程が唯一の見通しと方法であります。
天のお父様が放蕩息子の我がままをあきらめていないから?誰にでも無償でこの新しいチャンスが与えられます。ところが?勉強と分ち合いがあれば、福音的な実践と活動を通してでも?神の救いの計らいに対する理解を深めることは信仰養成の基礎と定めてあります。
私たちは入門講座への誘いをはじめ?聖書のグループへの参加?色々な委員会と会の活動の取り組みによって活発な共同体となり、「世の塩と光」(マタ 5・13-14)として世界と社会に対する責任をも果たせます?又?予定されている堅信式に向かって?信仰共同体として準備期間に入るので?イエスの証人の人数が増えるように祈り求めましょう?信仰養成企画や福祉と正義と平和という社会活動、又、青少年司牧のための協力者を呼び集め、枠組みを広めましょう。「なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ?前のものに全身を向けつつ、目標を目指してひたすら走ることす。」(フィリ 3・13-14)
春にジャスティン研修生の助祭叙階で始まる年が?新司祭の初ミサで結ばれるように期待しながら?主が今年中一人ひとりの為に求めておられる奉仕の役割が、どういう働き手の姿であるかを一人ひとりが識別をもって悟り?聖霊の力を借りて?祈りの心とイエスらしい行いを生かすことができるように?助任司祭オノレと一緒に、松原教会共同体の皆さんの為にお祈り申し上げます。
2月11日はマリア様のご出現の祝日です。そして病者の日でもあります。マリア様は18回にわたり14歳のべルナデッタに現れました。ベルナデッタは忠実なメッセンジャーとして、マリア様からのメッセージを教会に告げました。その内容は、「罪びとのために祈る」そして「償い」でした。ベルナデッタ自身の最後の言葉は「罪びとである私のために祈ってください」であり、そして彼女の短い生涯には「償い」が刻印されていました。
2月25日木曜日。第9回目のご出現についてべルナデッタはこう説明しています。「(あれ)が言ったのです。泉に行って水を飲んで顔を洗いなさいと。でも私には水が見えないのでガブ川の方に行ったのです。でも(あれ)は洞窟の岩の下へ行くようにと指さして合図しました。そこへ行ったら、泥みたいな水がありましたが、ほんの少ししかなくて、手のひらにちょっとだけしか取れませんでした。あんまり汚いので3回は捨ててしまいましたが、4回目には飲めました」。そして人から、どうして、あの方はそういうことを頼んだのですか?と聞かれると、ベルナデッタは、「教えてくれないんです。」と言った。また、お前が食べたあの草は?と聞かれると、彼女は返事をしなかった。「あんなことをするから、人がお前のことをどうかしていると言うんだよ」と言われると、べルナデッタは「罪びとのためです」と答えた。そして脱魂状態のときに告げられた言葉を繰り返すだけでした。罪びと、罪。いったいそんなに重大な問題なのでしようか?ベルナデッタの目と声は、それを考えさせた。
彼女はマリア様の思いを、小さい身体と心でいっぱいに受け止めたのではないでしようか?そしてそれは深い神秘でもあり、14歳の少女はそれを深く感じ、自分の心を掘り下げてゆくことをはじめたのではないでしようか?
教皇べネディクト16世は使徒的書簡「ポルタ・フィデイ」を発布し、2012年10月11日から2013年11月24日までを「信仰の年」とされました。信仰について特別に考察し、再発見するための時として定められました。洗礼によって、神を御父と呼ぶことが出来るようになった恵みを深く味わい、御父の愛の神秘を掘り下げてゆくことが出来ますように、こころ素直で単純なべルナデッタの取次ぎを願いたいと思います。
昨年の東日本大震災から少しずつ立ち上がろうとしている私たちは、被災された方々と共に、希望という生きた信仰のうちにこの年をよりよく祝うことが出来ますよう回心への招きに応えてゆきたいと思います。
「cor unum et anima una・同心同意」淳心会の標語。2012に淳心会は創立150周年を迎えました。私たちCICM-Missionariesは、通常「淳心会」とか「スクート会 」として人々に知られています。1862年11月28日、ベルギーのブリュッセル市の近くにあるスクート原と言う所でテオフィル・ヴェルビスト神父によって淳心会が 創立されました。
淳心会(CICM = Congregatio Immaculati Cordis Mariae)は、もっぱら国際的な修道宣教会です。現在881会員(日本人1人)が19カ国から、世界の26カ国に派遣 されています。
今日に至るまで淳心会は司祭・修道士の修道宣教会として歩んできました。私たちは創立者の志を継ぎ、地理的宗教的境界を越えてイエス・キリストを知らない 人々にイエスを伝えるために呼ばれています。貞潔、清貧、従順の誓いを宣言し、自身のすべてを神に捧げ、私たちの使命を全うします。一つの召し出し、一つ の返事!淳心会の創立者と同じようにイエスの呼びかけ「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」を受けとめて従います。宣教を最も 必要とする国々、特に福音書をまだ知らない国々に、私たちは良い知らせを告げるために派遣されます。
すべての人に神の愛を宣言するために私たちは祖国を後にします。さまざまに異なる人種、文化の中で、私たちは兄弟として共に生活し、宣教活動を行います。一つの使命、多くの道!私たちは地元の教会に仕えます。与えられる多くの仕事の中には若い人たちとの勉強や学校活動も含まれます。共同体の発展、キリスト者の養成に努め、地域に根差したグループや国際的グループを構成して、人々の幸福と尊厳を促進させます。私たちは相互理解を深めて豊かになれるよう相手国の宗教や伝統を重んじます。寛大さと祈りの心を持って「時の知らせ/時代の表われ」を共に読み、神のみことばを宣言する新しい手段と可能性を模索します。
昨年6年ごとにローマで開かれる淳心会総会に参加しました。世界の国々から代表とされたメンバーは1ヶ月間、今までのことと特にこれからの淳心会の使命について色々な面から考えました。150年の歩みの中で時代の変化とともに淳心会の宣教方法は見直す必要があります。たとえば会員数が毎年減っていきます。「高齢化が進み、入会者が減る」「収穫が多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」(マタイ9・37−38)それでも神の恵みによって私たちの大任「与えられた使命」を果たさなければなりません。そして少なくても若いメンバーが加わるのは大変ありがたいです。淳心会の使命を受けとめ、修道生活を通してイエスに従いたい男性はだれでも入会できます。宣教師の教育は長いですが(およそ12年間)ミッションを果たすために必要です。創立150年の歩みの中で淳心会は日本に来て64年になります。
現在会員43人が5つの教区(大阪、福岡、広島、仙台、東京)に派遣されています。日本での本部管区長館は今までは姫路にありましたが、今年から淳心会の組織替えをするために日本管区とインドネシア管区とSM管区(香港、モンゴル、台湾、シンガポール)が一つの管区になり、本部は台湾になります。創立された時を振り返り、精神を新たにしながら再出発しようと祈る私たちと心を共にしてお祈りください。
聖週間に入って、主の過ぎ越し祭の記念は今年私に特別な意味をもつ時となりました。なぜかといいますと、17日の松原で祝った土曜日の夜のミサが、ベルギーで長く住んでいた小教区の教会で行われた母の葬儀の時と重なっていたからであります。主イエスの過ぎ越しの陰で母の死が帰天に変わったことを期待できるようになりました。暴力に満ちている罪深いこの世の中で行き詰っている孤独な私たちに、ナザレの男は命をかけて100%人間として神と人々を妥協せずに愛し、非暴力の道を歩み、無防備となって天のお父さんの計らいにおいてその忠実がきっと実を結ぶことを信頼し、すべてを神に任せました。そのために「命への導き手」
とさせられました。その影響力である聖霊によって人が行なったすべての愛の業に永遠性が与えられているから、人生の意義は救われますし、復活の命の至福にあずかります。
四年前に両親は老人ホームに引っ越し、パーキンソン病のパパは介護部屋にママは小さなアパートに一緒に食事をいただける便利な施設でした。一年あと、パパは惨めさから神のもとへ解放されました。次の年に私は休暇帰国で、ママと一緒に一週間も海岸でゆっくりと過ごしました。ことしの夏に予定している私の休みを割に元気なママは首を長くして待っていました。3月8日から血圧は下がったにもかかわらず、元気で89歳の誕生日を祝うことができました。その10日の午後にスカイプでママと楽しく話し合いました。ところが、その後、夜中に母はナースを呼びましたが、すでにぽっくりと帰天していました。子ども四人、孫十二人、ひ孫三人を残しています。彼ら皆の喜びと悲しみに関心と心配をかける母親でした。毎回空港まで私を迎えに来て、また見送りに来てくれました。二回もパパと一緒に来日しましたが、三十年前に学生寮の舎母監であった私と松原教会をたずねました。不思議にも二人の命日は日本とつながっています。すなわちパパは広島原爆の記念日であり、ママは3・11となりました。神のもとで両親がきっと皆さんを含めて私たちの為に祈っているから、感謝でいっぱいです。
松原教会では、4月15「神のいつくしみの主日」に六人の子ども達が初聖体のお恵みをいただくことができました。教会の皆様のお祈りや温かいお声かけをありがとうございました。初めてイエス様の御体をいただいた時の子ども達の笑顔は素晴らしく輝いていました。きっと、ごミサにご参加下さいました皆様も温かい、幸せな気持ちに誘い込まれたのではないでしょうか。
今回、初聖体のお恵みをいただいた子ども達は、昨年の9月から準備を始めました。この準備に今年は子ども達だけでなく、ご両親の希望者にも一緒に加わっていただきました。最初は、子ども達にとって親と一緒の勉強に、一寸落ち着かない、声が出せないところも感じられましたが、お父さんやお母さんがいるのが当たり前になってきますと、聖書を回し読みをしたり、質問に答えたり、意見を求められても、恥ずかしがらないで、読んだり答えたり話したりすることに慣れて最後の頃には積極的に参加していました。今まで初聖体の準備を保護者同伴でしたことはあまりなかったように思います。私は、ご両親が一緒に居てくださることで沢山のお恵みをいただきました。
ほとんどの子ども達は教会に来るために、電車や車を利用しないと来られません。保護者は初聖体の準備中、待っていなければなりません。子どもと一緒に学ぶことによって、勉強したことを家でフォローアップして頂くことができました。赤ちゃんの時の洗礼の思い出や、今まで頂いた神様のお恵みなどを家庭の中で折に触れ話して頂いたことによって、初聖体への期待やイエス様との関わりも深まり、信仰の豊かさにつながったと思います。
また、ご両親が参加して下さったことにより、子ども達とリーダーだけでは得られない豊かさや興味の広がりがたくさんありました。ご両親も子どもと一緒に学んだことは、子ども時代を二度経験できたのではないでしょうか。親の立場だけでなく、子どもの目線に立って新たな発見ができたのではないかと思いました。
また、今まで同じ信仰を持っていても教会の中で、挨拶程度の関係だった親同士が、子どもたちを通して新たな関係に結ばれるようになったことも何よりの収穫でした。初聖体がきっかけになり、育まれた親同士の絆がこれからも成長していくことを期待しています。
この一年間の経験をもとに、これからもご両親と一緒の初聖体の準備クラスができるようにと希望します。
子ども達は教会の宝です。初聖体を受けた六人が、一人ひとり神様の望まれる背丈まで成長しますように、皆様のお祈りをお願いいたします。