61:左京大夫道雅(さきょうのだいぶみちまさ)
(藤原道雅@ふじわらのみちまさ)(63)

いまはただ思ひたえなむとばかりを
人づてならでいふよしもがな
会って開けよ!こころと運命
いまとなってはただ貴方への思いを諦めようと
言う事だけでも人づてではなく話す方法があって欲しいものだ。
「ばかり」は「xxということだけでも」と訳します
「よし」は「方法」のことです。


62:三条右大臣(さんじょうのうだいじん)
(藤原定方@ふじわらのさだかた)(25)

名にし負はば逢坂山のさねかづら
人に知られで来るよしもがな
通ひ路のみを照らせ望月
名に「逢って寝る」いう名前を持っている逢坂山の
さねかづらが手繰れば寄ってくるように
人に知られず貴方の元へ通う方法があればいいのに。
前出61番と語句的にも良く似てます。
「で」は「xxせずに」「xxしないで」って感じでしょうか。
「くる」は「手繰る」と待つ側(女性)から見ての「来る」を
かけてありますね。
おば様の鏡王が中大兄皇子の元から藤原鎌足に嫁ぐとき
鎌足は「さねかづら」を使った歌をプロポーズに詠んだとか・・
中大兄皇子ってのお父様よね。冷たいわ・・・のお母様に顔が似てらしたから
ちょっとの間おば様が好きだっただけなのよね。でもすぐポイ!
でも母娘って顔よく似てらっしゃるのよねぇ・・
中大兄様って讃良様が大きくなったら性格が似るなんて・・こわいわ!
あのねえ!十市!お父様はあのての顔が好きなのよ!
私も血を引いてるってことは将来讃良様みたいな顔になるの?うう・・
大丈夫でございます。讃良様の孫の私が保証します。ホッ
いいかげんにしなさい!!


63:参議 たかむら「たかむら」は竹かんむりに皇です
(小野たかむら@おののたかむら)(11)

わたの原八十島かけて漕ぎいでぬと
ひとにはつげよあまのつりぶね
涙の味の潮そして風
大海原にたくさんの島を目指して船を漕ぎ出したと
都にいる親しい人につたえてくれ。漁師の釣り舟よ!
流刑になり流されて行く悲しい背景です。
「八十島(やそしま)」は「たくさんの島」です。体言止めで余韻を残していますね。


64:右近(うこん)(38)

わすらるる身をばおもはず誓ひてし
人の命の惜しくもあるかな
館の灯りまたひとり消す
あなたに忘れられてしまう私の身の別に何とも思いませんが
愛を神に誓った貴方の命が(誓いを破った事で)
神罰を受けるのが惜しまれてなりません。
「誓ひてし」の「て」は完了の助動詞「つ」の連用形
「し」は過去の助動詞「き」の連体形です。
なんか・・すごい歌だわ・・・・


65:源宗干朝臣(みなもとのむねゆきあそん)(28)

山里は冬ぞ寂しさまさりける
人目も草もかれぬと思へば
星の向こうの雪と宴す
山里は冬は特に寂しさが増す
人もはなれ、草も枯れてしまうので・・
「ぞ」と「ける」は係結び、「かれぬ」の「ぬ」は完了です。
「かれぬ」はひとが離れる(かれる)と草が枯れるをかけてあります。
また最後の「思ヘば」は已然形+ば・・「xxので」です。
これは飴皇子もうまくまとめたわね。
雪も降らない状態の寂しさを
せめてあの星の向こうにいる雪と語らいたいと・・・・

はやく嫁さんもらって語らいなさい!それは言わないでーーーー!


66:中納言朝忠(ちゅうなごんあさただ)
(藤原朝忠@ふじわらのあさただ)(44)

逢ふことの絶えてしなくはなかなかに
人をも身をも恨みざらまし
触れる指先知らずは悲しき
男女が逢う事が全くないのなら
相手も私も辛さを恨んだりする事も無いだろうに
「まし」は反実仮想の終助詞です。簡単に言えば
「xxだろうに」と訳します。「人」は相手または第3者ここでは相手のこと
「身」は自分自身と訳します。


67:大中臣能宣朝臣(おおなかとみのよしのぶあそん)(49)

みかきもり衛士のたく火の夜は燃え
昼はきえつつ物をこそ思へ
火帰る空に投げしサルビア
衛士のたくかがりびが夜は燃えひるは消えているように
私も夜恋心が燃え昼は消えるように物思いに沈んでいます。
「みかきもり衛士のたく火の」は「夜は燃え昼はきえつつ」を
導き出す序言葉。「みかきもり」は「宮中の警備員」
最後の「思へ」は「こそ」との係結びだから已然形なの。
命令形と勘違いしないでね。
「サルビア」の花言葉は「燃える想い」です。


68:山部赤人(やまべのあかひと)(4)

田子の浦にうち出でて見れば白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ
山恥じらいて傘曇を着る
田子の浦に出て遠くを眺めると
真っ白な富士山の高い嶺に雪が降り続いています。
万葉集には「田子の浦ゆうち出でて見れば真白にぞ
富士の高嶺に雪は降りける」とあります。
これでいくと雪が降った後に詠んだことになるんですけど、
私の歌(35)同様平安時代の方の好みのソフトな表現に
されています。私の歌も奇しくも「白妙」がつくのよね・・
「白妙の」はここでは「雪」の枕詞かもしれないわ・・
普通、男性扱いの山を私なりに
「化粧しているかわいい女性」として表現して見ました。


69:入道前太政大臣(にゅうどうさきのだじょうだいじん)
(藤原公経@ふじわらのきんつね)(96)

花さそふ嵐の庭の雪ならで
ふりゆくものはわが身なりけり
時飛ぶ風よそよ風となれ。
桜花を誘って散らす春の嵐の吹く庭は花が雪のようだけれど
老けていくのはわが身なのだなあ。
「ふりゆく」は「降りゆく」と「古りゆく」(老けていく)の掛詞
「雪ならで」の「で」は「だけれど」という逆接です。
「けり」はここでは詠嘆です。


70:参議雅経(さんぎまさつね)
(藤原雅経@ふじわらのまさつね)(94)

み吉野の山の秋風小夜ふけて
ふるさとさむく衣うつなり
紅葉に替わる星出づるころ
吉野の山の秋風が吹き夜もふけるころ
この古都は寒くて衣を打つ音が聞こえるなぁ
「み」と「小夜」の「さ」は接頭語で。意味は特にありません。
「寒く」は「ふるさとさむく」と「さむく衣うつなり」の2つ両方の意味です。
よく出てくる「衣」って言葉はお坊さんの衣装ではなくて、
1番上に着てる物以外、肌着や下着もそうだし、衣料用の布もそうです。
讃良さま、十二単っていうのはじゃあ13枚着てるって事?
単・・一番上が1枚(あたりまえだけど)衣12枚ってことよね。・・あ・・あつううう!



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