1:(取り札の五十音順です)壬生忠岑(みぶのただみね)(作者です)
(30)(年代順です年齢ではありません)

有明のつれなく見えし別れより(読み札です)
暁ばかり憂きものはなし(取り札です)
(つまり黒字部分が百人一首の和歌ということになります)
雨ならばまたそれも悲しと(飴皇子オリジナルのクリスタル45の下の句です。)
(現代訳です)お別れした時つれなく月が残っていました。
そのとき以来暁ほど辛く思われるのは無いようになりました。
(文法とか語句とか)暁は夜明け前、
「有明の月」は夜が明けても残っている月、
「憂き」は「憂し」の連体形。形容詞活用は「く・く・し・き・けれ・かれ」でしたね。


2:大納言経信(だいなごんつねのぶ)
(源 経信@みなもとのつねのぶ)(71)

夕されば門田の稲葉おとづれて
アシのまろやに秋風ぞ吹く
土の妖精ピュンと跳ねたり
夕方になると家の前の田の稲葉をさやさやと
アシぶきのこの粗末な家に秋風が寂しく吹いてくるころですね。
「おとづる」は本来わかった!男の鶴!
ドカッバキッ!ほんまにあんたは!・・・すみません突然しょうもないことを・・・
「音をたてる」と言う意味なんですね。そして、「ぞ」は係助詞だから
最後の「吹く」は係結びで連体形です。


3:伊勢(いせ)(19)

難波潟短きアシのふしの間も
逢はでこの世を過ぐしてよとや
馬よ牛車よ飛べ彼の方に
難波潟に生えているアシの短い節の間だけでも逢いたいと思っているのに
あなたに逢うこと無くこの世を過ごせというのですか。
アシは大阪府の府花、またその節の間を「よ」といいます。
「このよ」と「アシ」は縁語ですね。


4:藤原基俊(ふじわらのもととし)(75)

契りおきしさせもが露を命にて
あはれ今年の秋もいぬめり
言葉抱きつつまたもダカーポ
約束してくださった「辛い事があってもひたすら信じなさい」と言う言葉を
命のように頼みの綱としてきましたが、ああ、今年の秋も
また過ぎ去って行ってしまうのですね。
「あはれ」ここでは「ああ」という感動詞。ため息交じりですね


5:鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん)
(源実朝@みなもとのさねとも)(93)

世の中はつねにもがもな渚こぐ
あまの小船の綱手かなしも
君添える手で海原も池
世の中は永遠に変わらないでとおもう。
漁夫の小船が綱で引かれていく様にしみじみ心がうごかされる。
作者は鎌倉幕府第3代将軍「源実朝」のことです。
ここでの「あま」は漁夫、「かなし」はしみじみと趣があるって言う意味
まぎらわしいですね。
我が夫、天武天皇も大海人皇子(おおあまのみこ)っていってたわ。
私の父も大海人皇子です。父って・・・


6:参議等(さんぎのひとし)
(源 等@みなもとのひとし)(39)

浅茅生の小野の篠原忍ぶれど
あまりてなどか人の恋しき
目閉じ言わんや月も後押し
背丈の低い茅がある「小野の篠原」その「しの」
という言葉のように貴方への想いを忍んできましたが
もう無理。何故こんなに貴方が恋しいのでしょうか。
「浅茅生の小野の篠原忍ぶとも人知るらめや言ふ人なしに」
という古今集の歌を基に作ってあります。こういうのを「本歌取り」といいます。
「あまりてなどか」の「か」と「恋しき」(連体形)は係結びです。


7:権中納言定頼(ごんちゅうなごんさだより)
(藤原定頼@ふじわらのさだより)(64)

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに
あらはれわたる瀬々の網代木
胸もはれたるつとめての空
ほのぼのと冬の夜が明けるころ宇治川の霧が
とぎれたその隙間から浅瀬の網代木があらわれてくる。
体言止めです。飴皇子も体言止めで「冬はつとめて」と
うまくつけたものね。他には特に文法で指摘する個所はないみたい。


8:素性法師(そせいほうし)(21)

今来むといひしばかりに長月の
有明の月を待ち出でつるかな
今日も明日もは神の無きまで
すぐに行こうと貴方が言ってきたばかりに
9月の有明の月を待つことになってしまった。
「長月」っていうのは9月の夜が長いことからだそうです。
「有明の月」は1番の歌参照。「まちいでつる」っていうのは
「待ち出で(連用形)つる(完了の助動詞「つ」連体形)かな」は
鶴や釣るなんてちっとも関係無いの!間違わないでね。
男性が女性の立場で詠んだ歌なんですよ。
連体形接続の助動詞の覚え方!いくわよ!「き・つ・ぬ・けり・たり・けむ・たし」
キツネを蹴ったら煙たかったって感じかしら・・
百人一首でこの歌だけは5・7・5・8・8なんです。
つまり取り札が16文字の2字字余り札なんです。
だからちょっと目立つよね。で並べてる間に位置覚えられる札なんですから
そこで、「いまこ」と聞いたらこの札をパーン!
1枚は確保できます!ゲッチュー!


9:右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)(53)

嘆きつつ一人寝る夜の明くる間は
いかに久しきものとかは知る
星の瞬き重ね数えつ
嘆きながら一人で寝る夜の明けるまでの時間が
どれだけ長いものなのかあなたはご存知ですか
いいえご存じないでしょうね。
「xxだろうか?いいえxxでない」こういうのを反語って言いますね。
これはこの句では取り札の「か」「は」という2つの係助詞で
あらわされていますね。もちろんさいごの「知る」は連体形ですよ。


10:源兼昌(みなもとのかねまさ)(78)

淡路島かよふ千鳥の鳴く声に
幾夜寝覚めぬ須磨の関守
洗面に涙、いや波の味
淡路島を行き来する千鳥悲しい鳴き声に
須磨の関守は幾夜目を覚ましただろうか
寝ざめぬの「ぬ」は完了だから「めざめた」になります。
体言止めになっていますね。



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