健診 厳しい日本基準
中日新聞「話題の発掘 ニュースの追跡」2010年5月5日(水曜日)
健康なのに「不健康」不安


 日本人の特質を物語る、面白い国際比較データがある。「平均寿命の長さ、肥満人口の少なさなどでトップレベルなのだが、『健康状態は良いか』と聞かれて『イエス』と答えた割合は最低レベル」。つまりは「健康なのに自分は不健康」と思っているのだ。「日本人のクスリ好き」は世界的に知られているが、なぜそんなに不安なのか?(鈴木伸幸)

メタボ判断数値 男女、年齢問わず一律


 健康診断の結果に「要注意」「要受診」とあって、憂うつになった人は少なくないだろう。「そう感じるのが間違い」と主張するのは東海大医学部の大櫛陽一教授だ。
 「検査の基準範囲の多くが、男女や年齢を問わない、一律の数値となっている。そもそも、基準範囲の置き方に問題がある」
 大櫛教授が、特に問題視するのは一昨年4月にスタートした「メタボリック症候群検診」の判断対象とされている「高脂血」「高血圧」だ。
 現在の基準では「LDLコレステロールが140mg/dl以上」なら「脂質異常症」という病名が付けられる。この基準では、中高年女性のほぼ半数が病人とされる計算で、その多くに「コレステロール低下薬」が処方されているという。
 ところが、女性はコレステロールを貯めたり、使ったりする能力が高いことが分かり、欧米では「低下薬」を処方しない。男性については、将来的に心筋梗塞しんきんこうそくとなる可能性があり、処方されることもあるが、その基準は「190以上」だ。
 しかも、最近の研究で「低下薬でコレステロール値を下げても、心筋梗塞のリスクは変わらない。原因はコレステロールではないのでは」との見方が強まっている。

 コレステロールは細胞の膜やホルモンなどの材料で、体に必要不可欠。「遺伝性の疾など、ごく一部を除けば、コレステロール値が高い方が長生きで、がんや感染症にもなりにくい」という研究データもある。
 「むしろ問題なのは、低下薬の副作用。年間10%に症状が出るとされる。一番、深刻なのが筋肉が溶けてしまう『横紋筋融解』。歩行障害などが起こり、ひどければ死にいたる」と大櫛教授は警告する。

 高血圧にしても、同じ構図がある。「上が140以下、下が90以上」が基準範囲だが、これに当てはめると国民のほぼ半数が高血圧。特に、高齢者ほど高い。加齢で血管は硬くなるが、酸素を一番必要とする脳に血液を送り込もうと、心臓が働いている結果だ。
 「高齢者は血圧が高いほど、自立傾向が高い」という研究結果もあり、降圧剤には「高齢者には(血管が詰まる脳硬塞などの恐れがあり)過度の降圧は好ましくない」との文書添付が義務付けられている。だが、それでも、厚生労働省の調査では、「70歳以上の高齢者」のほぼ半数に服用経験がある。

 高血圧が問題とされる理由の一つに、脳内出血の原因となる可能性が挙げられる。実際、1950年代には、脳卒中患者のうち9割以上が血管が破れる脳内出血だった。だが、日本人の栄養状態が改善。血管も強くなり、高血圧でも破れにくくなっている。今や、脳卒中患者の6割強は脳硬塞だ。
 血圧レベルと死亡率の調査では、男女とも「160~100」までは、ほぼ一定で問題ない。死亡率が上がり、薬物治療が必要となるのは「180~110」を超えるレベル。健診の基準範囲とは大きな隔たりがある。

診察回数 最多   不必要な通院 生む構図


 体重(キロ)を身長(メートル)の二乗で割った体格指数(BMI)では、「25」以上を肥満としているが、これも国際的には「30」以上が基準。ちなみに、データ的には「25から30」の「やや肥満」が一番長生きという。
 メタボ健診でも「腹囲は男性85センチ以上、女性90センチ以上」が基準だが、世界的に男性より女性の基準値が大きいのは日本だけ。国際的に「奇妙」と指摘されていて「日本基準」には問題が山積みなのだ。

 経済協力開発機構(OECD)によると、日本の平均寿命は82.6歳と加盟国中、最長寿。BMI30を超える肥満人口の割合は3.4%で最低と、誇れる数字が並ぶ。ところが、自覚的健康状態が「良好かそれ以上」と答えた人は、平均の69%を大きく下回る「39%」で下から二番目。ちなみに最下位はスロバキアの34%だ。

 また「国民一人当りの医師診察回数」で日本は「13.8回」で断然トップなことも特徴的。この数字から垣間見えるのは「健診で多くの患者がつくられ、不必要に病院に通っている」という構図だ。

 がん患者の医療相談に応じる「e-クリニック」(大阪市)の代表理事・岡本裕医師は「日常診療では少なくとも7割以上、場合によっては9割以上が、医者なしで治癒する症状」と、それを裏打ちした。  
ただ、それは、医師が多忙であることの裏返し。日本の医療システムでは、医師の技術料が低く、岡本医師の経験では1日に5、60人を診なければ経営が難しいという。だから「本当は治療や投薬が不要な”おいしい患者”を数多く囲っているという側面もある」。

 つまりは、構造的な欠陥なのだが、これが医療界に及ぼす影響はきわめて大きい。医師不足が叫ばれたため、医学部定員が増やされたが、システムの機能不全をそのままにしては、本質的な問題解決にはならない。

 また、医療費の問題もある。高脂血、高血圧の検査や薬剤分が、総医療費の約34兆円の1割近くを占めている。医療機関の経営環境が悪化していることから、医療費は増額されたが、無駄を温存したままでは、本当に必要なところに医療費が回らない可能性も高い。

 「病的なケースを除き、基本的には(軽度の)高血圧や高脂血、メタボで治療は不要。ほとんどの医師は『自分がかかわることで病気を治したい』と思い、やりがいを求めている。そんな環境をつくるために患者にできるのはまず、”おいしい患者”にならないことです」。岡本医師は言い切った。