慢性疲労症候群
中日新聞「話題の発掘 ニュースの追跡」2010年3月26日(金曜日)
「慢性疲労症候群」知って 「国内患者38万人」試算も

 「慢性疲労症候群(CFS)」という病気を知っていますか。ただ疲れがたまっているのとは違い、いくら休息しても極度の疲労状態と同じような症状が続く病だ。日本には潜在的に約38万人の患者がいるとの試算も。患者らは「国は、治療体制の確立と、医療関係者や国民への認知キャンペーンをしてほしい」と訴えている。(出田阿生)

極度の"疲れ"治らず  職場で「怠け者」誤解されつらい


 大阪市の憲司さん(51)=仮名=は、15年前、CFSを発症した。記者が取材に訪れた日も、待ち合わせ場所で地面にへたり込むように座っていた。「だるくて、数分立っているのもつらい」。声は弱々しく、あえぐようだ。
 普段の体の状態をたとえると「足を骨折した人がフルマラソンを走るようなしんどさが、1年365日続く」。半日以上は起き上がれず、外出はほとんどできない。入浴も一大事。日常の行動すべてに膨大なエネルギーを使うからだ。やむを得ず外出をすると、翌日は寝たきりになる。
 多くの患者と同じく、憲司さんは睡眠障害を抱える。睡眠薬で無理やり眠っても、寝ながら息切れするような状態だ。家に引きこもっているため、うつ症状もある。

 発症は、ある日突然だった。当時は37歳。新しい部署に配属され、仕事量が激増していた。「朝起きようとしたら、金縛りのように体が動かず、目を開けるのが精いっぱいだった」。それまでは健康そのもの。倦怠感と発熱に、風邪かと医者に行ったが、点滴でも治らない。原因がわからないまま2カ月の検査入院。その後、大阪大医学部でCFSと診断された。

 いったん復職したが、病状は一進一退。休職を繰り返し、4年前に退職せざるを得なくなった。3人の子を抱え、ローンで購入した自宅は手放した。今は実家に身を寄せ、障害年金で暮らす。
 憲司さんは「職場では怠け者扱いされた。周囲に分かってもらえないことが一番つらい。患者は孤独。せめて専用のリハビリ施設があればと思うのですが…」と訴える。

 CFSは1930~1950年代にかけて世界各地で集団発生が報告されていたが、病気として注目を浴びたのは84年。米国ネバダ州で約200人が原因不明の発熱や倦怠感を訴え、米疾病対策センター(CDC)が調査を開始。感染症を疑ったが、原因となるウィルスを特定できず、CFSと命名した。

 CDCは2006年に記者会見を開き、「深刻な病気で、少なくとも100万人の米国人が罹患している」と指摘。約400万ドルを投じてテレビコマーシャルなどで認知キャンペーンを展開した。
 日本では、熊本県で91年、肺クラミジア感染者12人がCFSを発症したとの報告があり、旧厚生省が調査研究班を設置した。現在も研究は続けられているが、医療関係者の間でも、この病気への理解はまだまだ浸透していないという。

少ない専門医 治療体制 国は確立を  職を失う患者ら 経済的にも困窮


 こうした状況に、東京都内の会社員裕樹さん(36)=仮名=は07年、患者有志代表として、厚生労働省に要望書を提出した。その中で▼多くの患者は失職、経済的に困窮する▼自治体ごとに判断基準が異なり、障害年金の対象にならない人もいる▼社会的認知度が低い―などの問題点を指摘した。

 裕樹さん自身、検査で異常が出ず、病院を巡り歩き、診断まで10年以上かかった。親からは「怠けている」と責められた。今は一人暮らしで、派遣社員をしている。家族関係が崩壊する患者は多いという。症状が悪化すると、思考力が落ち、会話も困難になる。しかし、専門医が外来患者を診療しているのは大阪大や名古屋大の付属病院など全国に数カ所。予約が殺到し、裕樹さんも半年に一度しか受診できない。

 裕樹さんは「病名のせいで単なる慢性疲労と勘違いされたり、『怠け者』『心の病』と誤解される。国は、この病気について医療関係者や国民にもっと知らせてほしい。病気を研究して治療体制を確立し、患者に障害者としてきちんと社会福祉を」と訴える。

脳の機能異常 原因か 「診断方法 年内にも開発」

 CFS治療の第一人者で、厚労省の疲労研究班の代表を務める倉恒弘彦・関西福祉科大学教授に話を聞いた。

慢性疲労症候群の発症のしくみ
ストレスの過多
神経系・内分泌系・免疫系のバランスが崩れる
体内ウィルスの再活性化
ウィルス抑制のため免疫物質が異常につくられる
脳の機能変調(疲労感・痛み・抑うつなど)
  病気の特徴は。
 通常の疲労とは明らかに違い、休息しても回復しない。
1. 半年以上、極度の疲労と同じような状態が続き、日常生活に支障が生じている
2. 他の身体的・精神的疾患ではない
―というに項目に当てはまれば「疑い」として診療する。発症は女性が男性の二倍以上。最も発症率が高いのは25~34歳で、10~40代の人が多く発症する。
 内科医は糖尿病なら血糖値、肺炎ならエックス線写真で異常を見つけて病気と診断する。CFS患者は、こうした指標がないために「異常なし」とされ、詐病や心の病扱いされてしまいがちだ。

 疫学調査をもとに算出すると、患者は国内に約38万人。経済的損失は約1兆2000億円との推計がある。治療すれば4年で約4割の人が完治に近い状態になる。治らなくてもうまく病気とつきあって出産・育児をしている人もおり、けっして悲観する病気ではない。

  病気のメカニズムは。
 濃野機能異常と考えられている。人間は常にウィルスと共存しているが、身体・精神的ストレスによって免疫力が低下すると、体内にあるウィルスが再活性化する。それを抑えるために作られる免疫物質が脳に異常をもたらし、体の痛みや倦怠感、発熱や不安・うつ症状などをもたらす。脳のどの部位に異常を起こしているかで症状の違いが出てくる。

  治療法は。
 特効薬はまだ開発されていない。副作用がなく疲労症状に効果がありそうな対症療法で、基本はアスコルビン酸(ビタミンC)と漢方薬を投与する。脳のセロトニン代謝に障害が起きていることが多く、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)も有効。睡眠障害には睡眠薬なども処方する。

  今後の展望は。
 患者には血液中の活性酸素が通常より高いという特徴や、遺伝子の発現パターンに特有の形があらわれることなどが分かっている。昨年4月に発足した厚労省の疲労研究班で、客観的な評価方法を開発中で、今年中の発表を目指している。来春までには診断指針も出せるようにしたい。簡便で安価に病気を診断できるようになれば、早期診断・治療ができ、医療費削減にもつながる。