精神科病棟→障害者住居に改修 国で検討
中日新聞2014年5月21日朝刊25面

 精神障害者に対する医療の在り方をめぐる議論で、精神科病院の病棟の一部をアパートなどに改修することで「病棟転換型居住系施設」(転換型施設)とし、障害者の受け皿にしようという提案が問題視されている。障害者を入院・隔離する旧来の在り方から、生活の場を地域中心に移すという精神医療の世界的な流れに逆行する恐れがあるためだ。「患者を手放したくないという病院側の思惑が背景にある」という指摘も出されている。(白名正和)

「隔離から地域へ」名目だけ
 「まちの中で一般の市民たちと一緒に暮らすことが地域移行。病棟をアパートなどに変える転換型施設では結局、患者は病院から抜け出すことができない」。精神障害者の自助団体、全国「精神病」者集団の山本真理さんは明確に問題点を指摘する。
 障害者を病院に隔離せず地域社会で治療する考え方は、欧米諸国では1960年代ごろから広まった。
 日本は、はるかに立ち後れていたが、厚生労働省が2004年9月、「精神保健医療福祉の改革ビジョン」を取りまとめ、地域生活の重視を打ち出した。
 そうした流れの中、13年10月の厚労省の検討会で、一部の委員から「転換型施設」という考え方が提案された。既存の精神科病院の病棟を介護施設や自立訓練施設、グループホーム、アパートなどに改修するというものだ。
 「要は病院の敷地内で、精神障害者を移動させて『隊員おめでとう。ここがあなたの生活する地域だ』ということに等しい。これのいったいどこが、地域移行なのか」と山本さんは疑問を投げかける。

精神障害者の地域移行を支える「こらーる・たいとう」のミーティング。互いの近況などを話し合う=東京都墨田区で

居住地選ぶ権利侵害

 反発は当事者や医師らを中心に広がり、同年11月には「病棟転換型居住系統施設について考える会」が結成された。発起人の長谷川利夫・杏林大教授(精神医療)は「障害者が各人の意思で居住地を選択できると定めた障害者権利条約、障害者基本法に違反する恐れがある」と懸念する。
 転換型施設を提案した委員は検討会で、障害者が最終的に病院で死ぬことと病院敷地内の自分の部屋で死ぬことには大きな違いがあると発言した。だが、長谷川教授は「何も違わない。障害者の面倒を見る側の論理でしか物事を考えられない。今回の問題を象徴した言葉だ」と批判する。

 検討会は6月に意見をまとめる方針だが、財源の話はすでに進んでいるようだ。医療や介護サービスの提供のための新たな財政支援制度として約900億円の基金をつくるという流れで、この一部が転換型施設の実現に充てられる可能性が濃いとみられる。
 財源は消費税増税の増収分。この基金創設などを盛り込んだ「地域医療・介護総合確保推進法案」は今国会に提出されており、すでに衆院を通過している。
 厚労省精神・障害保健課の担当者は「法案と転換型施設は別の論議。ただ、結果として転換型施設の実現に基金を活用するかもしれない」と話し、はっきりしない。長谷川教授は「厚労省では、すでに転換型施設を進める考えが決まっているのではないか」と案じる。 山本さんは「消費税で精神科病院の経営を支援することになるので、国民の理解も得られない」と批判する。

「国と病院に利益」当事者ら反発

 転換型施設をめぐる議論には前触れがある。全国の精神科病院でつくる業界団体「日本精神科病院協会」)日精協)は12年5月、転換型施設と同じように病棟を別施設に変える「介護精神型老人保健施設」の設置を提案していた。
 同年末の自民党の総合政策集でも、同じ言葉が登場する。「介護精神型老人保健施設などにより、精神科医療福祉の効率化と質の向上を図る」とあるのだ。


大阪府高槻市にある精神科病院のベッド。胴体と手を縛る拘束具が付いている=提供写真
 ちなみに日精協の「日本精神科病院政治連盟」は同年、安倍晋三首相の政治献金管理団体に350万円、現厚労相の田村憲久議員の団体には30万円を献金している。
 日精協の担当者は取材に対し、「献金と今回の転換型施設の議論は無関係」と前置きした上で、「施設の転換にもさまざまな形がある。患者を縛らない自由度の高い内容であれば、問題ではないという考え方もある」と語っている。

 一方、障害者の地域生活を20年以上サポートしているたかぎクリニック(京都市)の高木俊介院長は「転換型施設をめぐる議論の根本には、日精協が提案した介護精神型老人保健施設がある。政治家に話を通していたのではないか」とみる。
 「国は医療費も病床数も減らしたい。大手病院は経営の面から患者を手放したくない。病棟の改修であれば双方が丸く収まる」

精神医療 特異な歴史

 日本の精神科病床は約34万4000床と、世界中にある185万床の5分の1近くを占める。大半が民間の病院で、医療体制を変えにくい一因となっている。
 入院患者は約32万人で、約20万人は1年以上入院している。平均入院期間が20日前後の欧米諸国と比べてはるかに長い。治療の必要がないのに病院にとどめられる「社会的入院」も少なくないとみられている。


精神科病院の業界団体
「日本精神科病院協会」が入っているビル
=東京都港区で

 これには日本の精神医療の特異な歴史が関係している。かつては自宅で隔離する「私宅監置」が中心で、敗戦時の病床数は全国で約4000床だった。50年に強制入院や費用の国庫負担を盛り込んだ「精神衛生法」が制定され、民間の精神科病院が増加した。64年には、統合失調症の青年がライシャワー在日米大使を刺傷する事件が起き、強制入院を指示する風潮が強まった。
 58年に通知として出された「精神科特例」も大きく影響する。ほかの病院より医師や看護師の配置基準を下げる内容で、病院数の拡大を促すとともに、医療の質の低下を招いた。
 宇都宮市の民間病院で患者二人が看護職員からリンチを受け、殺された「宇都宮病院事件」(83年)など、著しい人権侵害事件も起きてきた。長谷川教授によると、01年には大阪府内の病院で、患者が約10年間、長さ2メートルの腰ひもで窓枠につながれていた事態が発覚している。
 厚労省の方針(改革ビジョン)から10年たっても、地域移行はなかなか進んでいない。障害のある当事者たちの自助団体でNPO法人の「こらーる・たいとう」(東京都)は04年から、地域移行に取り組んでいる。

 定期的に共有スペースに集まって「今度旅行に行く」「最近寝られない」という近況報告をしたり、病院訪問、地域住民との交流などを積極的に実施したりしている。
 加藤真規子代表は「入院中心の医療では、人間関係が病院の中だけで完結してしまう。障害者本人たちのためにはならない」と話すが、こういった活動は未だ限定的でしかない。
 前出の高木院長は強調する。「精神科医療に本来、医者はいらないと思う。長くやってきた経験から分かる。生活をサポートしてくれる人がいれば十分。病院への隔離はもうやめて、精神医療と福祉の改革に踏み切らないといけない」