終末期を考える 本人望まぬ延命医療なぜ
中日新聞2012年9月25日朝刊21面

 「自宅で死にたい」「延命医療を受けたくない」と、多くの人が希望する。だが実際に終末期を迎えたとき、本人の意に関係なく、さまざまな事情が延命医療に向かわせる。家族のみとりを支援する医師は「本人にとって、本当に望ましい最後のあり方を考えて」と訴える。(林勝)

家族が在宅に不安 遠方の親族が圧力

 「これまで何回、苦渋の思いで終末期のお年寄りを入院させてきたことか」
 滋賀県東近江市で医院を営む小鳥おどり輝男医師(67)は、家族の意向で入院し、延命医療を受けた高齢者たちの姿を思い出す。重い感染症や骨折などで治療が必要となったわけではないのに、寝たきりで老衰が進んだからと入院させることに、疑問を抱いてきた。病院では延命医療が行われやすいからだ。
 入院後、高齢者たちはどうなるか。過剰な点滴で体がむくみ、肺の機能が低下。呼吸困難になると人口呼吸器を装着されることもある。人口呼吸器は一度つけると外せない。外すのは死を意味するからだ。入院が長引くと、床ずれになりやすく、感染症にもかかりやすくなる。延命はするが、生活の質は下がっていく。こんな高齢者の最期を、小鳥さんは何度も見てきた。
 在宅療養していた90代の女性。死期が迫って食事ができなくなり、意識がもうろうとなることが多くなった。「かわいそうなので何とかしてほしい」と家族。小鳥さんは「堂々としていてください」とアドバイスしたが、家族は「怖くて、とてもそんなことできません」と入院を強く求めた。


家族と暮らす100歳の女性を往診する小鳥輝男さん。在宅療養する高齢者と家族にとって心強い存在だ=滋賀県東近江市で

 女性は意識が薄れて話すことも難しくなっていたが、その時、小鳥さんの手をぎゅっと握り締めた。それまでの付き合いから、入院したくないのだと、小鳥さんは感じ取った。しかし、家族が入院させるのを止める権限はなく、従わざるを得なかった。女性にとって、どう死を迎えるのがいいのか。「あの時点から話し合うのは、ほぼ無理。遅すぎた」と振り返る。

「早くから心構え共有を」

 終末期を迎えた患者の息子夫婦が自宅でみとる心構えをしているのに、遠方に住む親族が「病院で治療するべきだ」と主張し、延命医療に至るケースもある。同居の家族は長年の介護を通して、本人の希望を分かっているが、親族の中にはそんな事情を理解せず、「入院すればもっと長生きできる」と迫る人もいるという。
 小鳥さんは「遠くの親族は不断世話をしていない後ろめたさもあり、口出ししたり、仕切ろうとしたりすることがある。同居の家族は惑わされないで」と強調する。
 このほか、家族が本人との確執で、介護やみとりに積極的になれなかったり、根拠なく入院を勧める近所の声に振り回されたりすることもある。
 ホスピスや終末期への対応が整った高齢者施設を利用できる人は限られており、医療体制が不十分なことも、望まぬ延命医療につながっている。
 高齢化で終末期ケアのニーズはさらに高まると予想され、小鳥さんは、地域の在宅みとりを支える医療・介護者の連携を強化する活動を進めている。
 その上で、死を迎えることに対する人びとの理解が欠かせないという。「必ず訪れる死に対し、本人の意思を確認した上で、家族でできるだけ早く心構えを共有しておくことが大切。価値観や生命観が多様になっているからこそ、その自覚が求められている」と語る。

身内への感情も影響
 本人の意に反した延命が行われやすい背景には、身内への特別な感情もあるようだ。
 厚生労働省の終末期医療に関する2008年の調査で、自分自身の延命には消極的な一方、家族には延命を求める傾向が浮かんだ。
 郵送による調査には、一般の2527人が回答。自分に死期が迫っているとき、「延命医療を望む」と答えた人は11%。「望まない」と「どちらかというと望まない」という回答の合計は71%に上った。

 一方、家族に死期が迫っている場合では、「延命医療を望む」が24%と倍増。延命医療に消極的な回答の合計は52%と、20ポイント近く減った。自分の死より家族の死の方が受け入れにくい傾向がみられる。
 本人の意思や生活の質を考慮せず、寿命の長短を主な判断基準とすれば、延命医療がさらに選ばれやすくなる。