高次脳機能障害 社会復帰支援で格差
中日新聞2011年10月5日(水曜日)

 交通事故などによる脳の損傷が原因で記憶力、注意力が低下し、社会生活が困難になる「高次脳機能障害」。国が対策に乗り出したこの10年で、診断基準が確立し、相談窓口も各地に整備された。当事者を取り巻く環境は改善されたものの、支援の取り組みにはまだ地域格差が大きい。(佐橋大)

メモを見ながら、箸袋に割り箸を入れる作業をする男性=名古屋市中区のワークハウスみかんやまで


 名古屋市中区平和ニの「ワークハウスみかんやま」は、高次脳機能障害の人を対象にした就労支援施設。障害を負う人と家族でつくる同市のNPO法人「脳外傷友の会みずほ」が「同じ障害の人たちに働く場を」と、2000年、市内の別 の場所に設立。07年に現在の場所に移転した。
 近年、増えつつある同種の専門施設の草分け。 愛知県西部一円の利用者約30人が週2~5日通い、割り箸の袋詰めや紙袋作りに取り組む。工賃は月平均3000以下とわずかだが、再起に向けた支援が励みとなる。
 「感情を抑えられない」「集中力が途切れやすい」「優先すべき作業の判断がつかない」―。体の不自由な人のほか、ごく普通に見える利用者も多くはそれぞれに障害による生活のしづらさを抱えている。記憶障害をカバーしようと、手順を書いたメモを見ながら作業にあたる男性もいる。
 障害を理解し、作業を補助するのがスタッフの役目だ。脳の損傷が原因で小事へのこだわりが強く、怒りが抑えられなくなる人には、状況を巧みに変えて気持ちを落ち着かせる。利用者がスムーズに働けるよう、潤滑剤の役割が欠かせない。
 利用者への的確なアドバイスも必要だ。忘れやすく、ミスをしやすい人にはメモ取りやメモを見る習慣付けを促す。「いろいろな経験を積むことで、少しずつできることが増える」と施設長の河田幹子さんは話す。
 この10年ほどで、高次脳機能障害に特化した支援施設が各地に少しずつ増加。診断基準も定着した。精神障害者手帳の取得が進み、全ての都道府県に相談窓口が設けられた。福祉関係者への理解も広がり、10年以上前、事故直後に見逃されていた障害に周囲が気づき、専門機関に相談を寄せるケースも現れている。
 もっとも、この障害に詳しい岐阜医療科学大(岐阜県関市)の阿部順子教授によると、全国に相談窓口ができた一方で、機能訓練や就労支援の取り組みには地域格差が大きいのが現状だ。先進地では、支援のニーズが増え、職員に過重な負担がかかるなど、新たな問題も生じている。
 リハビリ後、社会復帰し、仕事に励む人が、上司が変わった途端に「なんで、こんなミスをするの?」「この前、教えたじゃないか」となじられるなど、当事者や家族が周囲の無理解に苦しむケースもまだあるという。
 阿部教授は「脳の障害だから、叱ってもすぐ直るものではないが、しっかり支援すれば、できることが少しずつ増えていくということを知ってほしい」と話す。

 「みずほ」などでつくる実行委員会は8日午後1時から、名古屋市中区栄の中区役所ホールで「脳外傷リハビリテーション講習会」を開く。当事者が体験を語り、医師や患者家族らが支援について意見を交わす。無料。問い合わせは「みずほ」=電052(253)6422。