心の傷 知ること大切
中日新聞2011年8月29日(月曜日)社会面

 東日本大震災では、津波で家族や故郷を失った被災者の心的外傷ストレス障害(PTSD)も懸念される。心のケアは、被災者だけでなく、現地に派遣された警察や消防、悲惨な映像を繰り返し目にした市民も必要とされる。臨床心理士で人間環境大(愛知県岡崎市)准教授の坪井裕子さんに心の問題を聞いた。
(聞き手・豊田雄二郎)

被災者以外も症状 ケアを


つぼい・ひろこ
 名古屋大大学院教育発達科学研究科修了。愛知県臨床心理士会理事で、東日本大震災の支援を担当。セラピーに影響があるとして年齢や出身地は非公表。臨床心理士。

 被災地で何を感じたか。
 「あれだけの地震にもかかわらず、自分を被災者と思っていない人がいることに驚いた。ご自身も大変な状態なのに、『自分よりもっと大変な人がいるから』『うちは誰も亡くなってないし、家が壊れただけだから』と。自分だけが助かってしまった、自分だけが避難してしまったなど、罪悪感につながっている人もいた。本当は大変な経験をしたのに」
 被災者の心の状態は。
 「一見すると元気な人も、実は何となく落ち着かない、イライラする、怖い夢を見るなどの症状に悩まされている。子どもも、赤ちゃん返りしたり、頭やおなかが遺体など頻繁に保健室にきたり」
 「あれだけのショックをまともに受けとめようとすると、心が壊れてしまう。だから自分の心を守るために、見なかったことにしたり、現実にはなかったことにしようとする」
 発生から5カ月。
 「普通は1カ月くらいで心も回復に向かう。いらつきや眠れないなどの症状が1カ月続けば、PTSDの可能性がある。しかし今回は余震も続き、原発事故も進行形。まだ被災が続いている。安心できる環境が整わないと、心のケアまでいかない」
 自殺者も出ている。
 「どうせ人は死ぬ、津波に流される。だから頑張っても意味がないんだと、無力感に陥っている例もある。毎日がれきの山を見ているうちに、心がすさむこともある」
 警察や消防、海上保安庁の職員にも心の問題は出るのか。
 「被災地で悲惨な状況を目の当たりにし、派遣から戻った後、『自分はこんなに平和でよいのか』『現地でもっと人を助けられたんじゃないか』と悩む人もいる。心の問題から、こういう状態になると知っているだけでも違う。自分のストレスをマネジメントできる」
 被災していない市民への影響は。
 「繰り返し悲惨な映像を見て、落ち込み、涙が出るのは不思議ではない。でも学校へ行けなくなったり、仕事が手に付かなかったりしたら、臨床心理士に相談してほしい」
 被災者をどう支えればよいのか。
 「『頑張ろう』って言われても無理という人もいれば、ありがたいと思う人もいる。同じ人でも、日によっても気持ちのあり方が違う。対処の仕方は一通りではない。震災のことを根掘り葉掘り聞くのはどうかと思うが、まったく何も聞かないのも変。大事なのは普通に接すること」
 皆、被災地のために何かしたいと思う。
 「現地の人から『原発のことばかりで、世間は、われわれのことなんか忘れていないか』『がれきの山に取り残され、忘れ去られていくのがすごい不安』とよく聞いた。『そんなことないよ』『日本のみんなが心配しているよ』と話した。実際そうだと思う。被災地に思いを寄せるだけでも違うし、相手には伝わると思う」