オウム信者 脱会カウンセリング
林 久義 はやし・ひさよし  2015年8月7日(金曜日)中日新聞「人生のページ」より
テロの呪縛と薬物からの解放
正しい仏教示すのみ

 1995年のオウム事件から20年が経った今年、すべてのオウム裁判の一審が結審した。私は地下鉄サリン事件以後、オウム信者を脱会へと促すカウンセリング活動を行っている。オウム事件の風化が懸念される中、20年に及ぶ活動を一冊の本にまとめカルト問題の本質を世に問うた。
 坂本弁護士一家殺害、松本サリン事件、地下鉄サリン事件の無差別大量殺人、リンチ拉致誘拐監禁、銃器薬物密造など、オウム真理教による凶悪な事件の全ては、麻原彰晃教祖が騙かたる誤った仏教教義によって引き起こされた。
 一連のオウム事件は日本国を転覆し支配する「日本シャンバラ(霊的理想郷)化計画」の下に行われた。この計画は国家転覆テロを起こした後、天皇を排除し麻原教祖が神聖法皇となり、オウムが日本を支配する構想であった。そのためにロシアから輸入した軍用ヘリコプターを使って、東京上空から毒薬のサリン70トンを散布し東京都民を大量殺戮さつりくし、国家機能が麻痺した混乱に乗自動小銃で武装したオウム信者たちが武力制圧し、新政府「オウム国家」を樹立するというものであった。


 この狂気の計画を荒唐無稽と笑うことはできない。サリンプラントや自動小銃製造などテロ計画は着実に進んでいたのだ。オウム事件は「日本シャンバラ化計画」という国家転覆テロの全体像の闇に光を照らさない限り、個々の事件の真相を探っても問題の本質は明らかにはならない。
 この計画を実行するため「イニシエーション(宗教儀式)」と偽り、信者にLSDや覚せい剤などの薬物を投与し「絶対的帰依」と「終末思想」を刷り込み麻原教祖のクローン兵士へと洗脳していった。多くの信者は、オウムの教えがインド仏教以来の正当な教義だと信じ、「最終解脱者」として麻原教祖に帰依し、人類救済の修行に励んでいった。オウム真理教では「世紀末思想から人類救済」へと導く教祖とその誤った教義に問題があった。
 信者たちは誰にも語ることのできない薬物の恐怖体験を、瞑想による「神秘体験」と置き換え、深い心の傷に蓋ふたをし、教祖に対する絶対的帰依と信仰を深めてゆく。オウム信者が語る「神秘体験」とは、閉鎖空間で薬物によって引き起こされた恐怖の幻覚作用の後遺症と捉えるべきだ。この薬物宗教儀式は、真面目に仏教を学びたい若者たちの尊厳と精神性をひどく踏みにじる宗教的虐待、教祖による信者への宗教的裏切りである。今もその「神秘体験」から教団を離れることができない現役オウム信者たちが多くいる。
 95年のオウム事件の強制捜査以降、私はチベット仏教を修する立場から「オウム信徒救済ネットワーク」に発足と共に参加し、マインドコントロールを解く脱会カウンセリングを行ってきた。私はチベット密教修行と仏教心理学的アプローチから、今までに百人以上の信者と話し、オウム教義や行法の問題を指摘し、脱会へと導き社会復帰への助言を行ってきた。未だ教団に残る現役信者の親や家族の相談を受け、その対応などの対話を重ねている。


 現在のオウム真理教主流派のアレフは信者が千人以上に増え、信者たちの労働から今では豊富な資産を保有している。殺人肯定理論を説くカルト教本が今も使用され、現教団内では黒魔術の儀式が行われている。現在のアレフの危険性、反社会的体質は依然として変わらないどころか、公安調査庁はオウム事件前の危険な教団に回帰したと指摘している。オウム問題は決して解決していない。
 私はオウム信者の脱会カウンセリングの中で、一貫して「オウムを突き抜ける道」を示してきた。それは本来、信者が持つ純粋な向上心を励まし、正しい仏道へと導くことだ。生きた仏教に出会うため多くの仏教者や僧侶に問法し、オウムを突き抜け、自分自身の精神性「菩提ぼだい心」を求め続ける道を、私は語り続けている。オウムというカルトの教えを癒す薬は、正しい仏陀の教え以外にはないと信じているからだ。

カルト 絶対に受け入れない
苦悩する家族と共に 

 オウム事件の強制捜査直後の1995年6月、「オウム真理教信徒救済ネットワーク」が発足した。被害者弁護団やカウンセラー、オウム真理教家族の会が集まり、信者たちのマインドコントロールを解く脱会活動が始まった。私はこの会に当初から加わり、オウムに子供を奪われ苦悩する親や家族の相談を受け、今も脱会カウンセリングを続けている。
 カルトに入信する子供を持つ家族に、特別な家族問題や親子問題、教育問題を見いだすことはできない。普通の一般家庭と何ら変わりのない家庭がほとんどである。問題は、現代社会の至る所に誰もがカルトに引き込まれる罠わなや落とし穴が、闇のように存在していることだ。
 一般市民が何も知らない所で、カルトは入信への緻密な勧誘計画を練り、経済力や組織力を使って仕掛けてくる。ダミーサークルや勉強会などの仮面を被かぶり若者に接触し本心を見せることはない。若者は「たまたま偶然に」引っ掛かったと思うのだが、引っ掛ける側は意図的計画的に、時にはピンポイントで知力能力ある人物に対し、また経済力ある家庭に対し罠を仕掛けてくる。カルト入信にたまたま偶然はない。そこには巧みな罠があると知るべきだ。


 一度カルトに入信しカルト的人格が植えつけられると、そのマインドコントロールの支配から抜けることは非常に困難だ。その対処法は、カルトとの接触を絶ち、客観的視点から自分の頭で考える時間と場所、カウンセラーという第三者が必要となる。カルトに入信した子の家族は「なぜうちの子が」と次席の念に駆られ苦悩する。特にオウムのような反社会的犯罪カルト集団への入信は、親にとっては耐えられない事件である。子供をカルトに奪われ、初めて家族関係や夫婦関係を見直したというケースも少なくない。
 子供の脱会に成功する親は、何よりも「子供のために地獄の底まで助けにゆく」と決意している。心の奥深い部分で子に接する親心。子供の存在全てを受け入れる優しさと厳しさ。譲れることと譲れないことを明確にすることも大切だ。カウンセラーは常に親子関係を支える脇役である。あくまで親と子が本音で話ができるための存在である。カウンセリングでは、親子が激しくぶつかる修羅場が何度もある。しかしその時、親は毅然きぜんとした姿勢を持つ必要がある。子を思う真実の愛とけじめが重要となる。「絶対に教団には帰らせない」「オウムから子供を救いたい」という信念を絶対に曲げてはいけない。
 ある脱会信者がこう語った。「仕事、仕事と言って話もしてくれなかった父が仕事を休んで真剣に向き合ってくれた。いつも小言しか言わなかった母が一言一言を受け止め、心の奥まで抱きしめてくれた」
 親の真剣な姿勢と気迫は、必ず子供に伝わる。
 私たちにとって重要なことは、社会は絶対にカルトを受け入れないという姿勢を示すことだ。カルトを恐れずに、カルトに対する知識と情報、対処法を行政組織や学校も含め広く周知すべきである。
 私の願いは、オウム教団(現アレフ=主流派、ひかりの輪=上祐派)が即座に解散することだ。オウムの教義や修行法も全て存在してはならない。オウム教団は「教団がなくなったら、信者は行くところも帰るところもない」というが、事実は違う。信者たちの親は皆、子供が帰ってくることを切に望んでいる。その願いは子供の身体が帰る以上に、カルトに囚われた心を取り戻すことである。家族の会の親たちは、なぜ子供たちがカルトに入信してしまったのかを真剣に捉え、親子家族関係を見直そうと学びを深めている。
 メディアや文化人の中には「現教団はもはや危険性はない。彼らの信仰の自由を認めるべきだ」「国家権力による行き過ぎた対応だ」と無責任に発言する者もいるが、それは誤った一方的な意見だ。彼らはオウム信者を持つ親の悲しみや苦悩を全く理解していない。私は、カルトによって引き裂かれた親子関係を修復し、再び「親離れ、子離れ」に向かい互いに精神的に自立した道へと進むべきだと語っている。


 カルト問題は現代社会の暗部としての親子家族問題、社会宗教問題、経済政治問題など多様な要因を抱えている。カルトは社会の闇の中に潜んでいるが故に、私たちはカルトの本質を見抜く智ちえを持たなければならない。オウム事件から20年が過ぎた今、事件の本質を知らない若者たちが新たに教団へ入信している。オウム事件という史上最悪のカルト犯罪から、私たち日本人は何を学んだのだろうか?

ねるけ むほう

はやし・ひさよし 1959年岐阜市生まれ。岐阜県高山市在住。法政大卒業後、教職を経て渡米。カリフォルニアのオディヤン寺院でラマ僧タルタン・トゥルクからチベット仏教に伝わるゾクチェン瞑想を学ぶ。著書は『オウム信者脱会カウンセリング 虚妄の霊を暴く仏教心理学の実践事例』『慈雨の光彩 オンマニペフン』訳書『夢ヨーガ』(星雲社)など多数。