人はなにを求めているのか
阿満 利麿 あま・としまろ 2014年7月11日(金曜日)中日新聞「人生のページ」より
「むなしい」はなんのサイン?
「ほんとうの道」が欲しい [上]
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あるとき、定年を迎えたサラリーマンのなげきを紹介する新聞記事を目にした。彼は、定年後しばらくは「毎日が日曜日だ」と自由な時間を手にしたことを喜び、かねて希望していた海外旅行やゴルフに日々を送っていた。だが、五年ほど経過したとき、「やりたいことは全部やってみたが、なにかむなしい、これでいいのだろうか」と妻に訴えたという。
私が注目したのは、「やりたいことは全部やってみたが、なにかむなしい、これでいいのだろうか」というせりふであった。私もくりかえし、つぶやいてみた。すると、どういうわけか、宮沢賢治の「学者アラムハラドの見た着物」という未完の短編が思い出されたのである。
短編の舞台は、シルクロードの古代王国を思わせるところで、アラムハラドという学者が王国の有力者の子弟たちを教育している、という筋書きだ。そのなかで、アラムハラドは子供たちに、およそつぎのように問いかける。
火は熱く、ものを乾燥させる力があり、水は冷たく湿らせるといったように、ものには定まった性質があると説明した後で、「小鳥が啼なかないでいられず、魚が泳がないでいられないように、人はどういうことがしないでいられないだろう。人がなんとしてもそうしないでいられないことは一体どういうことだろう。考えてごらん」と。
一人の子供は、「歩いたりものを言ったりすることです」と答える。またある子供は、「歩くことより、ものを言うことより人がしないではおられないことは、いいことです」と答えた。
すると別の子供が、「人はほんとうのいいことがなんであるかを考えないでいられないと思います」と答える。
そこでアラムハラドは、その子供をほめて、「うん。そうだ。人はまことを求める…ほんとうの道を求めるのだ…それが人の性質だ」と教える。
なぜ、もとサラリーマンの「なにかむなしい」という言葉から、この短編を思い出したのか。
それは、短編の言葉を借りていえば、「ほんとうの道を求めたい」という切迫した気持ちが「なにかむなしい」という言葉を言わせたのではないか、と思われたからだ。
たしかに、もとサラリーマンの「なにかむなしい」という言葉は、気ままで自由な時間があり、経済的にも恵まれた暮らしのなかで生まれた、いわば贅沢ぜいたくななげきでしかないのかもしれない。あるいは、私たちが普段の暮らしのなかでしばしば口にする、「人生には深刻に考えねばならないような意味なんてないさ」という、自嘲とも傲慢ごうまんともつかぬ言葉の変種に過ぎないのかもしれない。
だが、賢治が指摘している、「ほんとうの道を求める」気持ちはすべての人にそなわっているはずだという立場からいうと、いら立ちや不安が生まれてくるのは、肝心の「ほんとうの道」がはっきりと分からないからであろう。そのいら立ちや不安こそが、一見「ニヒル」に見える言葉を吐かせているのではないか。
いいかえれば、「むなしい」という言葉は、実際は「ほんとうの生き方」を手にしたいという気持ちを示すサインなのだ。こうしたサインは簡単に見過ごしてはならないはずなのだが、私たちはそれに気づかないことも多い。
現にこの記事によると、もとサラリーマンは、共働きの妻から、そんなことなら私のお弁当を作ってよ、といわれて、朝早くから弁当作りをはじめ、目下はそれに生きがいを感じているということであった。だが、きっとまた「なにかむなしい」と訴えるにちがいない。「ほんとうの道」を求める気持ちは、本人が意識している以上に強く、また切迫しているのだから。
それにしても「ほんとうの道」とはどんな生き方をいうのであろうか。もとサラリーマンの言葉から推測できるのは、当面の欲望を満たすことで得られるものでないことだけは確かだ。そのヒントは賢治の短編の後半にある。
人のために生きる
世界は相互依存の関係 [中]
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人が人であるのは、「ほんとうの道」を求めるからだ、というのが宮沢賢治の結論である。では、「ほんとうの道」とはなにか。それを記すのが「学者アラムハラドの見た着物」の後半である。
アラムハラドが子供たちをつれて、林へ遠足に出かけたときのこと。子供たちがナツメの木を見つけて、その実をほしがるが、高すぎて採れない。そのとき、アラムハラドはつぎのような話を子供たちに聞かせた。
昔ある王がいた。彼は人から乞われれば、なんでも施す人であった。ただその与え方が尋常ではなく、ついに国の宝である白象までも与えてしまった。国家の行方を心配した家臣や人民は、王を追放することにした。追放された王とその家族が深い山中をさまよっていると、飢えた子供が樹上になる木の実を見つけた。しかし、高すぎて手に入らず子供は、なげくばかり。すると、樹木が実のついた枝を自ら垂らしてきて、子供たちに与えた。
ここまで話したアラムハラドは、奇跡に見えることも、王が日ごろから、施しを大切にしてきた結果だ、と子供たちに教えた。
王の行為は、「布施」とよばれる。「布施」は、今の日本では、僧侶に対する謝礼を意味するが、本来は、仏教徒にとってもっとも重要な行為なのである。その理由は、私の見るところ二つある。
一つは、困っている人の苦しみを経験するために、自分の財産や能力をさしだす場合だ。このとき、しばしば、「布施」をする人は、その結果(「利益」や「功徳」)を期待しがちだ。
だが、仏教が「布施」を強調するのは、「功徳」や「利益」のすすめにあるだけではない。世界の一切が、複雑極まりない関係のなかにあり、すべては相互に依存をしながら存在している、という事実を教えるため、なのである。
だからこそ、アラムハラドは、王の「布施」が深山の木々にまで及んでいるという例を持ち出したのである。それは、いかにもおとぎ話に見えるが、単なるおとぎ話なのではない。「布施」という行が成立するのは、すべての存在が、濃淡は別にして、つながりあっているからである。そうでなければ、「布施」は独り相撲に終わってしまう。
それにしても、世間では、人生はなによりも自分のためにあるのであり、「自己実現」こそが人生の目標だ、と考えられがちだ。だが、それは、相互依存の関係という事実を無視した、エゴの妄想でしかないのではないか。
相互依存の関係を巨大な網に例えると、「私」はその網の一つの結び目でしかない。そうと分かれば、自分という一つの網目だけの突出をはかるよりも、互いに網目の関係にあることを認めて助け合って生きる方が、自然な生き方であることが了解されてくるであろう。自分のためではなく、「人のために」生きることが、人の「ほんとうの生き方」になるのである。
「布施」の二つ目の意義は、自分がどのような人間であるかが分かる点にある。人は、他人のことはよく分かるが自分のことはよく分からない。それは、ふくれあがったエゴのせいだ。エゴはいつも、自分が一番エライと考えている。だから、どんなに内省してみても、自分の本当の姿を知ることはできない。
だから、仏教では「布施」を教えるのである。日ごろ立派な発言をしている人でも、あるいは、財物に困っていない人でも、いざ困っている人に施すとなると、途端にケチになるものだ。自分の器量を知るためには、人に施しをするのが一番近道なのである。
「布施」は、「慈善」ではない。「慈善」は、社会的地位や財力において優位にある人が、その善行を他に認めさせるために行なわれる。「布施」は、自分を知るためにおこなう。だから、施しを受けてくれる相手に感謝する。あなたが私の施しを受けてくれたおかげで、私は自分の器量が分かりました、というのが「布施」なのである。
「布施」に二つの意味があるのは、「人のために」生きるには、おのれの姿を知る必要があるからだ。目線が高いと、所詮しょせん「慈善」に終わる。自分が相互依存のなかにあることが分かれば、互いに平等であることも了解されるし、「人のために」生きることが自分のために生きることになると気づくことができる。
前回紹介した、もとサラリーマンの感じた「むなしさ」は、自分のためにばかり生きようとして、「人のために」という契機が欠けていたところから生じてきたのであろう。
苦しみの原因を取り除く
個人の心より社会に問題 [下]
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「今だけ、金だけ、自分だけ」というのが最近の流行語らしい。世知辛い世の中だから、もっともだとも思うが、またなんと余裕のない、切羽詰まった社会になってしまったのか、と暗い気持ちになるのは、私一人ではないだろう。これでは、宮沢賢治が熱望した「人のために生きる」という提言はどうなるのか。
だが、「人のために生きる」のが、人間にとって「本来の生き方」だとすれば、その実現が難しければ難しいほど、「本来の生き方」を阻む壁を明らかにして、それを乗り越えたい、という気持ちも強くなるのではないか。
よく知られているように、世界の富はごく少数の人々に握られ、多数の人々が貧困にあえいでいる。アメリカでは1%の超富裕層に対する99%の人々の異議申し立てが続いている。日本でも、非正規雇用者の数は増えこそすれ減りはしない。まともに働いても、暮らしが成り立たないという悲劇が日常化している。
その原因は、ゆがんだ金融資本のあり方、グローバル経済の矛盾にあることは歴然としている。そのために、最近はローマ法王までが、世界の指導者たちに、「新自由主義経済」の抑制を求めている。
仏教でも、タイの在家信者で社会運動家のスラック氏も、早くから経済システムの転換を呼びかけている。その主張はグリード(貪欲)に基づく経済ではなく、ニード(必要)に基づく経済システムを、というものである。現代の経済の動きは、グリードによる狂乱の姿にほかならない。
こうした間違った経済のあり方こそ、冒頭の流行語が生まれる所以ゆえんである。そうだとすれば、今の経済システムを改める行動が私たちにも必要になってくる。つまり、現代における「ほんとうの道」とは、こうした行動と無縁というわけにはゆかない、ということであろう。
仏教は、本来「人のために」生きることを教える宗教である。その理由は、人は相互関係の巨大な網の一つの結び目として生きている、という事実にある。他者との関わりを無視して自分だけの人生を生きることは、現実に反する生き方となり、自他に苦しみをもたらすだけで終わってしまう。
だが、「人のために」という生き方は、仏教徒の間でもよく理解されているとはいえない。たとえば、ベトナム戦争下で活動したベトナムの女性仏教徒、チャン・コンの回想録を読むと、この問題がどんなに深刻であったかがよくうかがわれる。
チャン・コンは、学生時代から、アルバイトで得たお金は、貧しい学生やストリートチルドレンのための食費に消える暮らしを続けていた。あるとき、高僧に出会った際につぎのように述べた。
「ベトナムでは少数派のカトリック教徒でさえ孤児や老人の世話をしている。釈尊の出家は、人々の苦しみを開放する道を見いだすためであったはずだ。なぜベトナムの仏教徒は、貧困と飢えに対してなにもしないのか」と。すると高僧は「人は慈善施設を作らなくとも互いに支えあうように、心を変えることができるのだ」と返答した。そして、「あなたも、もっと経典を読んで悟れば、無数の存在を救うことができる」と。
チャン・コンは、この説明に納得できなかった。その後、同じベトナムの僧侶である、ティク・ナット・ハンに出会い、苦しみの原因には個人の心の持ち方もあるが、社会がつくる苦が圧倒的であり、その句の原因を明らかにして、原因を取り除くために行動するのも仏教徒の大事な使命だ、という説明を聞くことができて、はじめて自信をもって仏教徒として生きてゆくことができるようになった、というのである。
ティク・ナット・ハンは、その後、その平和運動に対してノーベル平和賞の対象者としてノミネートされた。
「人のために」生きるなどと高邁こうまいなことをいう前に、おのれを知るべきであり、自分が立派な人間になったときはじめて、「人のために」というべきだ、という考え方は、ベトナムの高僧にかぎったことではない。日本でもたえず聞くセリフである。
だが、まず自分が悟ってから人を導くというのは、妄想でしかない。「人のために」生きる中で生じる、おのれの醜さや欲望に絶望を感じながら、それにもかかわらずなお「人のために」生きようとするとき、「ほんとうの生き方」を実感できるようになるのではないか。
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