PANAMAのスポーツ事情をお知らせします

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中米と言うとまずスポーツではサッカーが盛んであると思う方がほとんどでしょう。しかし、パナマではどちらかというと野球の方がメジャーなスポーツであると言うことが出来ます。この事は、中米では他にもニカラグア、カリブ地域でもドミニカ、キューバ等は同じ傾向にあると言うことが出来るでしょう。これは世界の舞台で見せるナショナルチームの結果を見ても明らかであるといえるでしょう。

野球(Beisbol)

夏(1月から4月頃にかけて)に主に県を中心とした選抜チームでの国内リーグ(青年の部と少年の部)が行われます。1998年にはメジャーリーグでは、チリキ県チームがエレーラ県チームを決勝シリーズで4勝2敗で破って優勝しました。1999年はというと、青年の部のリーグではメトロポリターナ(首都)チームがコクレ県チームを4勝1敗で破り前年に引き続き、優勝を遂げました。

ナショナルチームに目を移すと、パナマの野球の実力は格段と上がっていると言うことが出来ます。

<1998年 世界選手権イタリア大会>

世界選手権北中米・カリブ予選で強豪のドミニカやアメリカそしてニカラグアを破り7勝2敗で見事優勝を遂げ、イタリア本大会への出場を果たしました。これがパナマにとっては世界の桧舞台へのデビューでした。

本大会では初戦で日本とあたり敗れました。このときの日本側の先発は今巨人で活躍している上原投手でした。当時は、私はパナマにいたのでテレビで中継されている試合を職場で見ていながら複雑な心境でした。日本が圧勝したあとは、気のせいながら少し周りが冷たかったような気がしました。予選でもなかなか善戦は見せたものの3勝4敗の結果に終わり、惜しくも決勝進出はなりませんでした。しかし、パナマにとってはこれが初出場であり、その後の飛躍が期待できるものでした。

<2001年 ワールドカップ台湾大会(11月6日〜18日)>

地元で開催されたアメリカ予選では米国、ドミニカ共和国など強豪を抑えて見事に優勝し、本大会出場を果たしました。

本大会では日本ハムで活躍しているオバンドーも加わり、日本とともにB組で予選を戦いました。二戦目に日本とあたりましたが、中村隼(日本ハム)中野渡(横浜)に抑えられ10対0と8回コールドで敗れました。しかし、日本とキューバには敗れたものの見事5勝2敗でB組3位となり予選を突破しました。
 決勝トーナメントでは、A組2位のアメリカと対戦し、7対2で惜しくも敗れました。が、次に迎えた5〜8位決定予備戦では5対0とオランダに快勝し、5位・6位決定戦に進み、ここでも韓国に3対2で勝利し、見事に参加16ヶ国中5位となっています。この大会惜しくも日本は4位だった為、日本の次と言うことになります。本当にパナマにとっては躍進を見せた大会だったと思います。

最後に、パナマにはプロ野球が無いため、選手にとっての目標はアメリカのメジャーリーグとなるでしょう。現在では、パナマ人でメジャーリーグで活躍している選手は多く、その中でも、NYヤンキースの押さえ投手であるマリアーノ・リベラ投手の活躍は目覚しいもので、パナマ人の誇りであるということが出来るでしょう。
 また、日本のプロ野球にも当然パナマ人選手は所属しています。先ほど述べた日本ハムのシャーマン・オバンドー選手(1999年〜2002年現在所属/ボカスデルトロ県出身)、オリックスのフェルナンド・セギノール選手(2002年現在所属/ボカスデルトロ県出身)の2選手です。是非、活躍して今後もパナマ人選手へのチャンス拡大になればと願っています。

サッカー(Futbol)

国内ではプロのサッカーリーグはなく、日本でいうJFLのような実業団としてANAPROFというリーグがあります。このリーグは今年で13年の歴史を持っています。現在では2部制をとっており、1部に登録されている10チームが優勝を目指してしのぎを削ることとなります。当然のことながらコロンビアを始め、アルゼンチンやメキシコ等の外国人選手もプレイをしています。
 リーグの運営方法は毎年異なります。しかし、このリーグはリーグが始まっても運営方法が変わってもおかしくはなく、実際、試合日程や対戦相手等はその週になっても発表されないことがあり、パナマにいたときは直前まで私の友人の選手達自身もいつ・どこで・誰とやるかさえ知らないことがありました。

ナショナルチームに目を移すと、パナマのサッカーの実力は残念ながら世界レベルには達していないと言えると思います。
 パナマはワールドカップ予選等ではCONCACAFという北中米カリブ地区に属しています。

<1998年 ワールドカップフランス大会>

フランス大会の一次予選(1996年6月2日&6月9日)では、まずホームアンドアウェイ方式でベリーズと争いました。パナマは2試合とも勝利し、ワールドカップ予選としては史上初めて2次予選へと駒を進めました。

ベリーズ(Estadio Nacional)ベリーズ 1−2 パナマ○
パナマ(Estadio Rommel Fernandez Gutierrez)○パナマ 4−1 ベリーズ

2次予選では(1996年8月30日〜12月15日)では、カナダ、キューバ、エルサルバドルと同グループに入りました。ホームでは1勝2分と善戦しましたが、アウェイでは3敗してしまい、惜しくも3位で敗退しました。

準決勝リーグ グループ2
チームカナダエルサルパナマキューバ勝点
カナダ1−0
2−0
3−1
0−0
2−0
2−0
510101+916
エルサル0−1
0−2
1−1
3−2
5−0
3−0
312126610
パナマ1−3
0−0
1−1
2−3
1−3
3−1
123811-35
キューバ0−2
0−2
0−5
0−0
3−1
1−3
105416-123

<2000年 シドニーオリンピック>

パナマは予選ラウンド(2000年4月5日〜4月9日)では、キューバ、バミューダと共にグループCに入りました。この予選はパナマで行われたのでホームという地の利を活かし、1勝1分の勝ち点4で最終予選へと通過しました。
 最終予選はアメリカで行われ、開催地アメリカと予選ラウンドを勝ち上がったホンジュラス、カナダ、メキシコ、グァテマラの6チームが2グループに分かれ争われました。パナマはメキシコ、グァテマラと共にグループEに入り、2チームが決勝トーナメントに進出できるところだったのですが、2敗の勝ち点0で3位と敗退しました。このリーグで奪えたのは1点のみと得点力不足が致命的でした。

<2002年 ワールドカップ日韓大会>

日韓大会予選のスタート一次予選(2000年3月4日〜5月21日)では、中米地域の2組として、ホンジュラスとニカラグアと同グループとなりました。ここでホームアンドアウェイの4試合を戦い、中米地域では強豪であるホンジュラスにホームで1−0と勝利し、3勝1敗の勝ち点9となり、何とパナマは一位で通過し、準決勝リーグへと歩を進めました。ホンジュラスも同じく勝ち点9で並んでおり、得失点さも+5点と同じでしたが、パナマは得点8、ホンジュラスは得点7であり、得点差で勝ち取ったものでした。これは最終試合のニカラグアとのホーム試合で4−0と圧勝したのが効いています。これまでにホンジュラスは既に日程を終えており、既に予選敗退が決まっていたニカラグアが恨めしかったことと思います。(しかし、北中米カリブ地区の予選は複雑で、ホンジュラスもカリブ海3組2位のハイチとホームアンドアウェイの2次予選を戦い、2勝し準決勝リーグへと進出しました。)

予選グループ2組
チームパナマホンジュラスニカラグア勝点
パナマ1−0
1−3
4−0
2−0
30183+59
ホンジュラス0−1
3−1
3−0
1−0
30172+59
ニカラグア0−4
0−2
0−3
0−1
004010-100

準決勝リーグではメキシコ、カナダ、トリニダードトバコと共にC組に入りました。この中で上位2チームに入れれば最終予選に進出することが出来ました。が。。。ホームでのメキシコ戦を0−1と惜敗すると、ホームでカナダとスコアレスドローにするのがやっとで終わってみれば1分5敗の勝ち点1で最下位でした。中でもアウェイではメキシコに7−1、トリニダードトバコには6−0と大敗しており、結局準決勝リーグでは1点しか得点できず、失点16の得失点差−15でした。得点力不足は今後の大きな課題であるといえると思います。

準決勝リーグ グループC
チームトリニダードメキシコカナダパナマ勝点
トリニダード
トバコ
1−0
0−7
0−2
4−0
6−0
0−1
501147+715
メキシコ0−1
7−0
0−2
0−4
1−0
7−1
411172+1513
カナダ0−2
0−4
0−2
0−0
0−0
1−0
12318-75
パナマ0−6
0−1
0−1
1−7
0−0
0−1
015116-151

最終的には決勝リーグを勝ち残ったコスタリカ、メキシコ、米国が日韓ワールドカップへと参戦します。

さて、次回ドイツ大会ではパナマチームの雄姿を拝むことが出来るでしょうか??期待したいと思います。
 これ以上、詳しい情報・データについてはパナマサッカーページ(Futbol de PANAMA)のホームページへ。

最後にパナマ人の中で海外で活躍している選手に目を向けてみると、やはり日本人の私として気になるのが、Jorge Dely Valdes選手でしょう!!彼は1998年度まで日本のJリーグのコンサドール札幌でプレーしており、1997年度のJリーグ昇格をかけたJFLで突出した活躍を見せ、ロペス選手の持っていた1シーズンでのJFL最多得点記録を更新しました。パナマでも彼の活躍は新聞紙上で知ることが出来、当時は私はJリーグの結果より、JFLの結果の方が手に入りやすい状況でした。。。その後、コンサドール札幌のJ1への降格により、アメリカのMSLリーグへ移籍しプレーした後、日本に戻ってきて現在は大宮アルディージャでプレイしています。また、兄のJulio Cesar Dely Valdesも素晴らしい選手で、イタリア−セリエA、フランス−ディビジョン1、スペイン−リーガ・エスパニョーラと移り、現在スペイン1部リーグのMalaga(2000/2001〜2001/2002現在)でプレーしています。これだけ見ても本当に輝かしい経歴です。


オリンピック(Olimpiada)

2000年シドニーオリンピックには、パナマからは陸上、柔道(柔道女子78kg超級)、ウェイトリフティング(男子69kg級)、競泳の4種目5選手が参加しました。この中では競泳50M自由形に参加したエイレーン・コバロバ選手が1999年のパンアメリカン大会で銀メダルを取ったことから注目されましたが、予選第9組に登場し26秒19で7位(トータルで74人中27位)で残念ながら予選落ちでした。しかし、若い選手なので今後に期待が持てます。

今までパナマの選手で夏季オリンピックにメダルを獲得したのは、1948年ロンドン大会の陸上男子100メートルと同200メートルでの銅2個のみです。アテネ大会では新星が誕生するでしょうか?


その他

パナマでスポーツ界の英雄と言えば、やはり忘れてならないのがボクシングのライト級からミドル級まで4階級を制覇し、「石のこぶし」と称されるロベルト・デュランでしょう。何度か引退を撤回し、最近までファイトを続けていましたが、とうとう引退しました。


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