#0 男と少女

窓

「エイジ」
 少女は自分の父親ほどの齢の男をそう呼んだ。
「あたしは‥‥何?」
 少女の言葉に男は必死に動揺を隠そうとしたが、その試みは成功しているとは言いがたかった。
「何を、言ってるんだ。さあ、そ、そのノートを返しなさい。人のものを勝手に‥‥」
 少女は硬い瞳で相手をにらみ、分厚いノートを男に投げつけた。
 男の顔色がさっと変わった。
 彼女は知っているのだ。
 そう悟ると、男は彼女をベッドに追いつめるように迫った。
「何を訳の分からないことを言ってるんだ。わたしがどれだけおまえのことを想ってきたか、おまえにもそれは分かってるだろう。さあ‥‥」
 男はそう言って少女の体に手をのばした。
「やめて」
 軽い反動で少女の身体がベッドに倒れた。
 彼女の言葉は、男の行為以上に、その裏にある事実を拒みたがっていた。
「おまえは、わたしだけの・・・・・・」
「うそ‥‥」
「なぜだ! なぜわたしじゃダメなんだ!」
 悲鳴にも似た男の叫びだった。
 ベッドの上の少女の小さな身体が、男の身体の陰にすっぽりと隠れた時、男の言葉はかすれた息に変わった。
「う、がっ‥‥」
 少女の視界は、今まで見たことがないほど赤く、紅く、染まっていた。




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