ピュ・ルの英雄


 俺は一人じゃない。
 それに気がついたのは、ずっと昔、俺がまだ小さな子供の頃だった。
 古くさい戒律を守って、自然のものしか食べないテスリパ派の家庭に育ったこともあって、俺にとって食べるモノは、イコール「生命」だった。チューブやカプセルなんかを主食にしちまってる人間には分かってもらえないかもしれないが、俺はUSHIやBUTA、緑のYASAIを食べて育ったのだ。
 だから、食べるということは、単なる栄養素の摂取という以上に、他の生命を自分の生命に同一化させる事でもあった。そして、大人になって料理人になった俺には、味覚の追求とは、犠牲となる他の生命をよりよく理解しようとする試みに他ならなかった。
 そして、どういうわけか俺は今、惑星ディカにいる。
 地球から六百二十光年! 現在の所、地球から最も離れた星だ。つまり、辺境、最果ての星だ。別に観光に来たわけじゃねえ。仕事だ。ちょっとした出稼ぎってわけだ。
 ディカには先住民族の存在が確認されているため、宇宙局の開発認可がいまだ出ていないのだが、それでも既に宇宙港は開港し、人口五千の実質的な植民星となっていた。辺境星域にありがちな無法地帯だ。だが、正規の調理師免状を持たない俺にとっては絶好の稼ぎ場所だ。開発の手が入ったばかりのディカには、まだ自然の食材がいくらでも手に入るだろう。「郷に入りては郷に従え」。地球の古い諺にもあるように、現地の食材を使って宇宙船の長旅で人工タンパクにうんざりした船乗りたちに、べらぼうな値段で食わせてやるのだ。悪徳だって!? 冗談じゃねえ。俺は免許を剥奪され、表の世界で仕事ができなくなったが、合成ものの見せかけと奇抜な味だけで料理でございなどと主張する連中に比べたら、俺の方が百万倍は良心的だ。
 さて、その素材を一番よく知っているのは現地人だ。勿論、先住民との接触は禁止されているが、ここじゃ法律はあってなきが如し。料理人の魂に反する事さえしなければ、俺的には何の問題もない。
 聞く所によると、ディカの現地人、ピュ・ル族は争いを嫌う温和な性質だということで、首を狩られる心配はなさそうだった。
 俺は中古の翻訳機を首からぶら下げ、肩には食材と交換してもらうためのデルマイル星産ワインと三次元ディスクの入った袋をかついでいた。
 俺は森の中のピュ・ル族の村の入口で立ち止まると、大声で来訪を告げた。翻訳機は、当然の事ながら俺には全く分からない奇妙な音をがなりたてた。
 あっという間に俺の前に人の壁ができあがった。ピュ・ル族は外見から言うと確かに「ヒト」だった。地球人と大した違いはない。衣服から露出した肌が青く、銀色の髪が頭だけではなく、首から上半身の背にかけても生えていることを除けばだが。それでも俺は十分に安堵した。交渉相手が半魚人や八本足のタコというのは御免被りたいもんだ。
 だが、彼らの雰囲気はお世辞にも友好的と言えるようなものではなかった。男たちは槍を携え、緊張した表情で俺の出方を窺っている。
「あんたらの食べ物を分けて欲しい。勿論、交換の品は持って来てる」
 翻訳機は再び奇妙な音を発したが、彼らの態度はますます険悪になり、ついに槍の切っ先がこちらに向けられた。
「待てよ、俺は料理人だ、材料が欲しいだけなんだ!」
 一瞬にして、彼らの雰囲気が変わった。警戒と敵意から、驚きと戸惑いへ。俺はいぶかりながらももう一度説明を繰り返した。
「ニバー!」
 説明の途中で誰かが叫び、続いて村人たちは歓喜の声を上げた。
 何だ!?
 彼らは俺を取り囲み、ある者は踊り出し、ある者は泣き出した。
 沸き上がった村人たちは、予想外の展開にひたすら面食らっている俺を強引に村の中に連れ込み、村を上げての宴が始まった。
 集会所らしい高床式の小屋では、村の長らしい老人が待っていた。
「食材が欲しいだけだ」という俺の言葉に、長は承知していると答えた。
 いや、何かおかしい。彼らは何か勘違いしている。でなければ、このもてなしは何だ。
 さらに説明を迫ると、周りから
「ニバ!」「ニバ!」「ニバ!」「英雄!」と馬鹿の一つ覚えのような言葉が上がる。
 英雄、だと!?
「俺はただの料理人だ。英雄なんかじゃねえ!」
「アナタ、料理人。料理作ル。空カラ来タ人ニ、ソレ食ベサセル。違ウカ?」
 ・・・言葉は通じているようだ。
 続いて、長は部族に伝わる伝承を節をつけて語り始めた。古語であるのか、翻訳機はわずかな単語を並べるのが精一杯で、俺に分かったのは、昔、彼らの部族の料理人が戦の後、英雄になったという事だけだった。
 所変わればとはよく言ったもんだ。ここでは「英雄」とは剣と魔法を扱う中世ヒロイック・ファンタジーの勇者ではなく、「料理人」がそうだとは。全くどういう部族だ。
 取りあえず、明日食材を提供するという彼らの言葉を信用するしかなかった。俺は腹をくくって彼らと共に夜通し酒を飲み続け、そして、いつの間にか眠りに落ちていた。
 翌朝、昨夜の酔いがまだ醒めやらぬ俺の前に、様々な食材が広げられた。俺の目には一目でそれが昨日の宴に出た料理の元であることが分かった。しかし、よく見ると一品だけ覚えのない食材があった。何かの肉だ。他のものに比べて量は少ないが、載せられている器から、それが特別なものだということが分かる。
 長はそれを「神の魂」と呼んだ。彼らにとっては特別な、おそらく宗教的意味合いを持つものなのだろう。だが、それが何なのかは長は教えてくれなかった。
 そして、それを渡す際に、長は俺に二つの条件を出した。一つは、神の魂だけは、決して俺が食べてはならないということ。もう一つは、英雄の行為の見届け人として、自分の娘をつれて行けということだった。そうでなければ神の魂は渡せないと。
 その理不尽な要求に俺はしつこく食い下がったが、老人は頑なな態度を崩そうとしなかった。無駄を悟った俺はとうとう彼の言い分を呑んだ。そんな約束など村を出てしまえばどうとでもなる。
 出発はまるで出陣式のようだった。英雄の出発を祝う村人たちの熱狂は相変わらずで俺にはとうてい理解出来そうになかった。
 そうして、俺は「神の魂」とその他どっさりの食材、そして一人の少女を連れて村を後にした。
 少女は、名をヌンと言った。年の頃はまだ十四、五といったところで、どちらかと言えば内気な感じだった。街への道中も、彼女は努めて平静を装おうとし、無言を保っていた。彼女はピュ・ル族なりのドレスアップをし、首には青い石を数珠つなぎにした首飾りをかけていた。村を出ると、彼女の青い肌と背を覆う一面の銀髪が、異星の種族であることを強く感じさせた。
 これも仕事の内だ。俺はそう自分に言い聞かせ、街への足取りを早めた。

 街に戻った俺は早速仕事に取りかかった。手始めは村から持ち帰った食材を吟味することだった。吟味というのは、味、鮮度、それ以前に食っても大丈夫かということだ。村では俺は消化中和剤をのんでいたが(いわゆる毒消しだ)、客にそんなものをのませるわけにはいかない。連邦の食品衛生局も認めていない未知の食材相手に俺は成分抽出器を使って、一品一品を丹念に調べていった。料理人というよりむしろ化学者、医学者といった感じだ。食べ合わせの危険がありそうな二品を除いて安全を確認すると、次に味の構成を考えにかかった。
 ここでの問題はやはり「神の魂」だった。俺が「神の魂」を食べようとすると、ヌンは俺の手につかみかかり、どうしても俺にそれを食べさせようとはしなかった。その行為は「見届け人」というより「監視人」という風で、たかが十四、五の少女と侮っていた俺は長との約束を後悔することとなった。
 料理人として、味も分からないものを客に出すわけにはいかない。何度そう説いても、彼女は首を縦に振ろうとはしなかった。
「アナタ、英雄。英雄、料理作ル人。食ベル人、違ウ」
 また英雄か。彼女の尊敬の眼がはっきり言ってうっとうしい。
 では、どういう味がするのかと尋ねると、彼女も食べたことはないと言う。村の彼女でさえ食べたことがないというその食材に俺は期待を一層膨らませた。
 彼女の隙を見計らってとも思ったが、一日中どこへでも俺についてきて、夜中にこっそり起き出しても、冷蔵庫の前で彼女はそれを守っていた。
 彼女の制止を振りきり力づくで食べることもできないわけではなかったが、そうすると長はもう肉を分けてはくれないような気がした。これで稼がせてもらわなくてはならない俺にとって、それはまずかった。そして、俺はとうとう彼女に根負けした。取りあえず客に出してみて、客の反応を見ながらやるしかない。最果ての辺境で俺の料理人としてのプライドはボロボロだった。
 俺は味の構成を考えるのと並行して住居ユニットを仮の店に改装し、口コミで客を集めた。
 そして、一週間。
 信じられない大評判。それもあの「神の魂」がだ。うすくスライスして、軽く火を通し、タブレーのソースで仕上げた。異星の味を強調してコースを組んだのだが、客の興味は俺が口にしていないあの未知の肉に集中していた。一度食べた客がまた次の日もやって来て、あの肉をと注文する。笑いが止まらない程の繁盛だった。
 ひとつ困ったのは、ヌンが料理の席にも同席し、食べ終えた客一人一人にこう語りかける事だった。
「神ノ魂、宿ッタ。時、静カニ、待テ」
 ようやく俺はピュ・ル族の狙いが読めた気がした。自分達の文化にもこれだけ素晴らしいものがあるのだというアピールだろう。だから、森の開発を止め、干渉するなと。
 勿論、翻訳機を持たない客たちに彼女の言葉が理解できるはずもない。だが、長の出したいまいましい条件のせいで俺はピュ・ル族に対して好意的に振る舞う気にはなれず、客には適当にごまかしただけだった。
 大評判の結果、食材は一週間でなくなり、俺は再びピュ・ル族の村に赴いた。
 長は街でのいきさつをヌンから聞くと、俺に一週間待つように言った。俺は一度街に戻ることにしたが、ヌンは村に残って疲れを癒すことになった。彼女はこの一週間とうとう一睡もしていなかったようなので、変な話だが俺は少しホッとした。
 街に戻ると、客からの予約の電話が鳴りっぱなしだった。一週間材料が入らないと答えると、客は半狂乱の体で、金ならいくらでも払うからと懇願したが、ないものはどうしようもなく、俺は丁重に断るしかなかった。どの電話も目当てはあの「神の魂」だった。
 俺は今さらのように後悔を覚えていた。あの肉を食べる時の客たちのあの至福の顔、顔、顔!
 客の感想からあの肉がしなやかで、わずかに甘味があるということは分かっていた。しかし、それを料理した俺自身はそれを食べたことがないのだ! そんなことがあっていいのか。料理人としての自覚と羨望、妬み・・・・・・ 妥協したのは間違いだった。今度こそあの肉を食ってやる! そう俺は決意した。
 一週間後村に行くと、長は約束通り前と同じ量の「神の魂」を用意して待っていた。俺はそれを受け取り、再びヌンと一緒に街へ戻って来た。
 営業を再開した店は再び大盛況となった。少し引っかかったのが、先週電話で何度も肉を食わせろと言ってきた連中の姿が一人も見えなかったことだった。ディカは宇宙港なのでまた別の星へ行ったのだろうと、その時は深く考えようとしなかった。何しろ仕事の忙しさと、あの肉をどうやってヌンの監視の目を盗んで食べるかとで俺の頭は一杯だったのだ。
「いい加減俺のことを信用してくれないか」
 ヌンの顔色はすっかりよくなっていた。
「俺はアレを食ったりしないし、おまえさんが寝ないでまたやつれていくのを見るのははっきり言って苦痛なんだよ」
 この娘を騙すことに心の痛みを感じないではなかったが、全くの嘘を言っているわけでもない。
「アナタ、英雄、デス」
「・・・その英雄の言うことが信用できないのか」
「英雄、大事ナ、人。守ル、ワタシ、役目」
 相変わらず翻訳機の発する音は耳障りで、それは内容以上に俺をイラつかせた。
「それと肉とどう関係がある!」
「ワタシ、寝ナイノ、平気。英雄、気ニシナイ。料理作ッテ、食ベサセル」
 ・・・全く未開人って奴は迷信やら、伝説やらに頭が上がらなさすぎる。
 それでも彼女の真摯さに一瞬肉を食べる決意がゆらぎかけた。が、客に料理を出し、その客が肉を食った恍惚の表情を見ると、もうヌンのことなど考えてやる余裕はなかった。
 俺の盗み食いのチャンスは来ないまま、日毎に冷蔵庫の中の残りの肉は減っていった。
 そうして、六日がたった。ヌンは相変わらず目の下に隈を作って俺を見張っていた。
 明日の分で肉は最後。そうなるとまた一週間チャンスは延びる。今日しかない。一週間など待てるものではない。俺は最後の手段を使うことにした。
 ヌンはいつも村から持って来た干し肉をかじり、革袋の水をちょびちょび飲むだけで、街の食べ物を一切口にしようとはしなかった。長にきつく言われているらしい。
「それでは体が持たんぞ。せめて一口ぐらい食ってくれ」
 彼女は目を細めて俺の申し出に首を横に振った。
「村から持って来た材料で作ったんだ。おまえも見てたろ。これでも英雄の作った料理なんだ。頼むから食べてくれ」
 その料理は特に香りの良さに重点を置いていた。何のためか。勿論、彼女の空腹に訴えるためだ。彼女は困った顔をして何度も首を振り続けたが、皿を彼女の顔近くに押しやると、彼女の視線は料理に釘付けになった。
「おまえさんはよくやってるよ。長には内緒にしといてやるから」
 ようやく彼女は慣れぬスプーンをためらいがちに取り、おそるおそる食事を口に運んだ。
「・・・オイシイ!」
 彼女の弾んだ声が響いた。だが、料理を全部たいらげる事はできなかった。三口で彼女は静かな吐息をたてて眠りについていた。
 許せよ。こうでもしなけりゃ、な・・・。
 翌朝になってようやくヌンは目を覚ますと、すぐ昨夜のことを思い出し、すごい見幕で俺に食ってかかってきた。
「食ベナイカ? 神ノ魂、食ベナイカ、本当ニ、本当ニ、食ベナイカ?」
 さんざんわめいた挙げ句、冷蔵庫の肉の量を調べて彼女はようやく納得した。
 その肉は俺の超絶テクニックで人目には分からぬよう中をくり貫き、その分他の肉を詰めてある。外見も、重さも全く変わりはない。
 ヌンはしばらくの間、胸の青い石を強く握りしめて泣いていた。余程眠ってしまったのが悔しかったらしい。
 俺は後悔していた。肉は彼女を泣かせてまで食べるほどのものではなかったのだ。なぜだ? あの客たちの表情は一体何だったんだ? 確かに、独特の匂いと歯触りはおもしろいが、それでも彼女の涙に値するとはどうしても思えなかった。
 次の日、疑問を胸にかかえたまま俺はその週最後の料理を終え、予定通り肉はなくなった。

 俺はまた材料を仕入れにヌンと共に村へ向かった。途中、俺は奇妙な感覚に襲われた。喉が焼けつくように乾く。頭がやたらとさえて落ち着かない。何だ? 幾度となく呑み込む唾にその度喉をつまらせる。
 そうだ・・・俺はアレを食いたいのだ。客のイラつく気持ちがよく分かった。とにかく、村へ行こう。
 村ではすごい歓迎が俺を待ち受けていた。
 長はヌンの話を聞いて、満足そうにうなずいていた。
 俺は平静を装って材料の追加を要求したが、長は温和な顔で死刑の宣告を俺に突きつけた。
「必要ナイ」
「!」
「空カラ来タ人、大勢、神ノ魂、食ベタ。モウ、必要ナイ」
「冗談じゃねえ!」
 いきなりの罵声に場が一瞬凍りついた。
「いや、まだ皆あんたらの料理を食いたがってる。あんたらの食文化を認めさせるにはもっと頑張らないと、だろ」
 俺は心にもないことを言った。
「アナタ、立派ナ、英雄。後ハ、待ツダケ」
 長の言葉に俺は再び切れた。
「フザケんじゃねえ!」
 長は何人かの村人たちと小声で言葉を交わした。俺は必死で自分を抑えて彼らの相談が終わるのを待った。すると、
「アナタ、村ニ迎エル。英雄、歓迎。娘、アナタノ、モノ」
 そんな事を頼んでいるんじゃねえ。俺はアレが、アレが食いたいだけなんだ!
 俺の心の中も知らず、ヌンが顔を赤らめて座を離れた。
 彼女を追って小屋を出ると、中では耳障りな笑い声がドッと響いた。
「ヌン、こりゃどういうことだ。何とかしてくれ!」
「神ノ魂、汚レタ者、タクサン、裁ク。コレ以上、ワタシタチ、望マナイ」
 ・・・思い当たる節が次々と頭に浮かび上がった。長の語った伝承。何度も催促しながら、やって来なかった客たち。そして、彼女が俺を見張っていた理由。そして、俺のこの以上なまでの渇望。まさか・・・
 俺はおそるおそる彼女に尋ねた。
「アレは・・・麻薬なのか?」
「ワタシタチ、争ワナイ。神ノ裁キ、待ツダケ」
 何てこった! 俺はそんなものを客に食わせていたのか。そして・・・この俺自身も。
 俺はその怒りをヌンに向けることができなかった。地球人が彼らの生活を侵略している事は分かっていた。どう言葉を飾っても、彼らの側からしてみれば事実は変わらない。だが、そんなことより彼女を裏切ったことが俺の怒りの行き場をなくしていた。
 そして、俺はそれが毒の肉だと知りつつ欲望に抗うことができなかった。
「もう少しでいい。神の魂、都合できないか、頼む!」
 彼女の顔が急に曇った。
「・・・食ベタ、カ? 神ノ魂、食ベタカ?」
 彼女の悲愴な眼差しに俺は無言で答えるしかなかった。
「ヒドイ!」
 ヌンはボロボロと涙をこぼした。
 泣かれても・・・泣かれても困るのだ。
「た、ただの肉だろうが!」
 ヌンの肩がビクッと震えた。彼女は赤くなった目で俺を見上げた。
「村ノ人、皆、反対。デモ、ワタシ、英雄ノモノ。明日マデ待ッテ」
 その夜、俺は気分が悪いと言って、宴の席を早々と立つと、用意された小屋に一人とじこもった。村の連中にしてみれば、ヌンとの初めての夜のためにと空けた場所であろうが、何を考えてるんだ。あんな小娘。大体、俺はまっとうなオンナが好みなのだ。異星人趣味はねえ。しかし、そんなことはどうでもいい。肉だ・・・肉、肉、肉、肉、肉、肉! 畜生! あんなもの食わせやがって!
 未発見の麻薬成分と遅効性の毒が入っていたに違いない。あんなに手間かけてチェックしたってのに。死ぬのか、俺は死んじまうのか? いや、この星じゃ駄目かもしれねえが、医療設備がしっかりした星へ行けば助かるかも。いや、助かるに違いねえ。
 その夜、俺は肉への欲望と死への恐怖とに苛まされながら眠れぬ一夜を過ごした。一生かかっても決して明けないのではないかと思われるほど、長い夜だった。
 そして、まだ日の上らぬ暗い中、小屋の戸を叩く音が聞こえた。
 肉だ! ヌンが肉を持って来たんだ。
 俺は慌てて戸を開けた。肉が俺の目の前にあった。俺はむさぼるようにその場で肉を口に詰め込んだ。
 そうだ。これだ。俺はこれが食いたかったんだ。一心不乱で肉を噛み、胃に落とし込む。
 しだいに、気分が落ち着いてくる。
「・・・すまんな、無理を言って」
 だが、そこにいたのがヌンではなく、見知らぬピュ・ル族の若者であることに俺はようやく気がついた。
「彼女は、どうした?」
 彼女より少し歳のいった若者は、唇を噛みしめて憤怒の相で俺を睨んでいた。
 俺は罪悪感で少し気遅れしたが、これ以上コイツらにかまっている暇はない。この星を早く出なければ。
 俺は残りの肉をリュックパックに詰め替えると、小屋を出ようとした。
 その時、男が口を開いた。
「オマエ、英雄、違ウ。英雄、食ベナイ」
 知ったことか。おまえらが勝手にそう思い込んでるだけだろうが。
「ヌンに、よろしく言っといてくれ」
「ヌン・・・オマエノ、モノ。他ノ者、何モ、言エナイ」
 人妻には声を掛けられないってか。勝手にしろ。
 俺は他の村人に見つからぬようそっと村を後にした。

 街では奇妙な噂が密かに流れていた。変死事件相次ぐ。ある者は自宅で、ある者は路上で、またある者は宇宙港ロビーで。皆、発狂死していた。噂では、原因は殺し屋だとも、風土病だともはっきりしていなかった。
 俺は一番早く出る船を見つけると、船員に法外な金をつかませて飛び乗った。貨物船の薄暗いその部屋は、自分の料理で客を殺し、自分も中毒患者となった今の俺にはぴったりの場所に思えた。
 順調に行けば二週間で着くはずだ。それまでこれで食いつながなくては・・・
 一日置きに狂気は訪れた。止めようのない肉への欲望。日増しに強くなる幻覚。肉を食べていてもこれだ。一口では止まらず、次第に食べる量は増えていく。どう考えても向こうにつくまで肉は持ちそうになかった。
 意識が朦朧とし、日にちを数えるのを忘れても、俺はやはり欲望にかられ、わずかな肉を獣のようにむさぼり食っていた。すると、歯に何か固いものがあたった。あやうく歯がかけそうになる。床に吐き出すと、きらりと光るそれはどこかで見た覚えがあった。青い、石? 
 それを見ると同時に、反射的に胃が今まで食べていた肉を吐き出した。
 もったいねえ、俺は何てことを! けど、何だって石が・・・・・
 再び、俺はありったけの嘔吐にまみれた。胃の中のものすべてをぶちまけ、空っぽになっても、既に消化してしまったものまで吐き出そうと胃がちぎれそうに痛んだ。
 俺はようやく事実を認識した。
 「神の魂」が裁きを下すのは、汚れた者に対してだけ。彼女は言葉通りずっと俺を守ってくれていたのだ。そして、今も俺が英雄であり続けるために身を犠牲にして守ってくれているのだ。
 ・・・狂うことは、できねえ。俺は英雄であり続けなければならねえ。
 何が相手と同一化するための理解だ! 彼女を全く理解しようとしていなかったのは、この俺じゃないか!  俺は、これを、食わなきゃならねえのか・・・ いや、これがアイツを理解する最後の機会なんだ。
  食え、食え、喰え。


<終>



BACK