封  魔  の  塔


「ちぇ、ここまで、かな・・・」
 セレは首からぶら下げた大きな赤い宝石を手に取り、その中に額から滴り落ちる血を映し込んだ。
 あ〜あ、せっかくの美貌が台無しだわ。
 セレは通路の角に腰を下ろすと、血を丁寧にぬぐい、水筒を呷った。
 今、彼女がいるのは塔の五階。二人の手下は三階と四階で塔の罠とモンスターにそれぞれやられてしまっていた。彼女が目指すものは最上階、十二階にある。
 どうするかなあ・・・
 引き返すのが最善であるのは言うまでもない。だが、「ほどほどに盗め」をモットーにする街の盗賊ギルドの中で派手に盗み回るセレには風当たりが強い。このまま帰ってはいい笑い者だ。それに、ここまで来たのだからと欲も出る。そもそも欲がなければ盗賊などやってはいない。
 封魔の塔。遥か古より砂漠の真ん中にそびえ立つその塔の最上階には、魔法を封じると言われる「石板」が祭られていた。王国では罪を犯した魔法使いにその塔に上ることを義務づけていた。彼らから魔法を奪うために。その結果、石板には既に失われてしまった呪文を含め無数の呪文が刻まれているという。
 高値で売れる! 盗賊なら誰でもそう考える。だが、今まで誰もそれを盗み出すことに成功していないという事実は、そのままその困難さをも物語っていた。
 そして、今、セレもその困難さを身を以って体験していた。
「あーもう、どうしたらいいのよ!」
 セレは半分ヤケになってその短い黒髪を掻きむしった。

「やってられんよな」
「全く」
 灼熱の太陽の下、塔の入口を守る二人の兵士は小声で不平を鳴らしあった。入口の分厚い石扉を閉めて既に二時間がすぎていた。
 そこにいきなり塔の日影にいたはずの老人が姿を現し、二人の兵士は慌てて姿勢を正した。
「引き上げるぞ」
 老人はいつになく上機嫌だった。その原因が老人の右手の古びた杖にあることを二人の兵士は薄々察していた。
「しかし、ゼブライ様、奴はまだ中に」
「かまわぬ」
「ですが、奴は半ば伝説の魔法使い。大丈夫でしょうか・・・」
「何を怖れる。この扉を開けるためには塔の最上階の石板の向きを変えねばならぬ。だが、石板に向かい合った者は、その呪文を永久に封じられる。つまり、ここから出る時は奴もただの人。ククク・・・」
 二人の兵士は視線を交わした。
 結構なことだ。責任は全てこの宮廷魔術師が持つというのだ。自分たちは早く帰って冷えた麦酒が飲めれば何も言うことはない。

 セレがそろそろ決断しなければと考えていた時、通路の奥から不気味な唸り声が聞こえてきた。
 ハッとして腰を上げ短剣に手をかける。
 奥の暗闇には二つの光る獣の目があった。
 畜生!
 獣ならまだいい。狼でさえ可愛く思える。だが、この塔に住まうのは魔界のモンスターである。
 セレが体勢を整えるより早く獰猛そうな犬型のモンスターが飛びかかってきた。
 キーン!
 辛うじてその鋭い爪を短剣で防いだが、その衝撃で彼女は大きく尻もちをつき、短剣が手からこぼれ落ちた。視界の隅でモンスターは向き直って再び跳躍の気配を見せていた。
 もうダメ!
 セレは思わず両手で顔を覆った。
 しかし、しかしである。どれだけ待っても何も起こる気配はなかった。
 彼女は指の間から恐る恐る目を開けた。
 そこには石像と化したモンスターの姿があった。そして、その向こうに一人の男が立っているのが目に入った。
 小汚いローブをまとい、顔もフードに隠れ判然としない。だが、その雰囲気からして魔法使いであるとセレは判断した。
「あんたが、助けてくれたの?」
 男はフードの下の視線を一瞬彼女に向けたが、それだけだった。彼女を道端の石と同じように無視し、先へ進もうとする。
「ちょ、ちょっと待ちな!」
 セレはさっと剣を拾って立ち上がり、男を呼び止めた。
 男は背を向けたまま立ち止まった。
 その背中にかけられている首飾りはまるでもう一つの目のように不気味な輝きを放ち、こちらの出方を窺っているように思えた。
 ええと、落ち着いて、セレ。考えるのよ。この男は魔法使い。ここは封魔の塔。この男がここにいるのは、つまり・・・
 扉を閉められちゃ、覚悟を決めるしかない、か。
 セレは大きく息を吸い込んだ。
「アリガト。目的地は一緒のようだけど、お供させてもらっていいかしら」
 セレの申し出に男は何も答えず、再び歩き出した。セレはそれを同意の印と受け取った。
 それにしても、無愛想も甚だしい。魔法使いには変わり者が多いと言うが、それにしてもだ。だが、上へ行くのに願ってもないツレであるのも確かだ。かなりの魔法の使い手のようだし、これを利用しない手はない。
 セレは小走りで男の前へ出た。
「後ろからついて来な。罠の発見はやっぱり盗賊でなきゃね」
 そんなわけでセレは男を後ろに従え、再び塔の迷路を進み始めた。
「あんた、名前は?」
 魔法使いは相変わらず無口だった。
「あたしは、セレってんだ。いい名前っしょ。結構気に入ってんだ」
「・・・」
 セレは小さなため息をついた。
「あんた、暗いな。魔法使いって、みんなそんなかい? あっ、美人の前で緊張してんのかな」
 やはり、男は何の素振りも見せない。
「あんた、いい加減にしときなよ」
 セレはムッとして立ち止まったが、男は気にせずその横をすたすたと通り過ぎていく。
「ちょっと!」
「・・・バジュークル=バジール」
 フードの下からかすれた声がそう告げた。
 その名をセレは耳にしたことがあった。血も涙もない邪悪な魔法使い。その首には王国から賞金も掛けられているはずだ。
「ファロス村の赤児十二人を引き裂いて、魔法の儀式に使ったっていう、あの?」
「・・・」
 セレの背筋に冷たいものが走った。
「へえ・・・悪行たたってとうとうお縄になったってわけね」
 その証拠に男は魔法使いにはつきものの、魔力を帯びた杖を持っていない。それでいてあれだけの魔法を使えるのだから、大魔道士というのもうなずける。
「イイんじゃない。まっとうな人生を送るってのも。あたしはイイと思うよ」
 セレは精一杯の虚勢を張ったが、声の震えは隠せなかった。
 男は奇妙に口元を歪ませただけだった。
「盗賊ごときが何を偉そうにっていう顔ね」
 こっちだって魔法使いに言われたくはない。同じ裏家業でもこっちは魂を悪魔に売り渡してはいないのだ。
「盗賊はむやみに人を殺したりしないわ。特に、女子供はね。あたしたち、金目のもの以外には興味ないの」
 セレは胸の大きな宝石をそれとなく見せびらかした。
「しょせん、金よ。金がなきゃ人は幸せになれないんだから」
 ククッと男は短く笑った。
「何がおかしいんだよ」
 男はうつむいてそれには答えなかった。
 フン、ホント嫌な奴。
 二人は再び歩き出した。が、男の正体を知ってしまうと、セレは男の前を歩く気にはなれなかった。盗賊のプライドもへったくれもない。こんなヤバそうな奴に後ろを取られるなんてまっぴらだ。
 しかし、男の後ろについても、異様な重圧からは逃れられなかった。男の背中の「目」が自分の一挙一動を見張っているような気がしてならないのだ。
 セレは自分を落ち着かせようと自分に言い聞かせた。
 大丈夫。こいつは何もしやしない。だって、罪人だよ。塔の頂上まで行って、魔法を自分で封じないとここから出られないんだから。あたしを殺したって何の得にもなりゃしない。
 それは、分かっているのだが・・・
 その後は、至って順調だった。
 途中、モンスターが現れても、セレが相手を引きつけ、男が魔法で仕留める。これで決まりだった。セレ一人では完全にお手上げだったところだ。
 だが、セレが驚いたのは、男が難なく罠を見つけては外し、迷路の最短距離を進みつつあることであった。
 何よ、こいつ。盗賊顔負けじゃないの。
 セレは自分から先頭を譲ったとはいえ、内心穏やかではなかった。
 彼女は無意識のうちに出てもいない額の汗をぬぐった。
 塔の中は外の暑さが嘘のようにひんやりとしていたが、出かかった汗がすぐにひっこんでしまうのはそのせいだけではなかった。
 塔の通路の所々で崩れかかった人骨が嫌でも目に入る。罠やモンスターの餌食となった盗賊、あるいは罪人の魔法使い。
 それを見る度にセレは下の階に置き去りにしてきた二人の仲間を思い出さずにはいられなかった。
 ポルドは技術が未熟、ガネッシュは根性がなかった。ただそれだけなのだ。あたしのせいじゃない。それに、もうすんだこと。おかげで宝を独り占めできるのだから、いいではないか。
「あんた、怖くないの?」
 突然のセレの質問に男は聞き返した。
「怖い?」
「魔法を封じるのって、どんな気分? その後どうすんのさ。言っちゃ悪いけど、あんたなんか魔法がなきゃ、ただのジジイだろ」
 自分ならとてもやっていけないな、とセレは思った。今さら盗賊以外の仕事でやっていけるとは思えなかったし、金に困るような生活もまっぴらである。
「・・・そう、かも知れんな」
 男は意外とあっさりと認めたのでセレはいささか拍子抜けしてしまった。
「ま、魔法なんか使えたってロクなことないけどね。勿論、金持ちになる魔法があるってなら別だけどさ」
 セレの挑発にも男は腹を立てた様子は見えなかった。
「金か・・・」
 男は低い声でつぶやいた。
「金が何になるというのだ?」
「何、牧師みたいなこと言ってんのよ。ウマイ食いモン、キレイな服、デカイ家にイイ男、みーんな金がいるんだぜ」
「その宝石があろう?」
「ダメダメ。これっぽっちじゃ」
 セレは大きくかぶりを振った。
「どれだけあっても足んないのよね」
 そうこう言っているうちに二人は塔の九階までやって来ていた。この階にはどういうわけか、やたら白骨が多い。
 気をつけろ。セレの第六感が囁いた。
 ギイイーッ!
 横の通路から騒々しい羽音とともに何かがセレ目がけて飛びかかってきた。セレはその勢いに押されて思わず後ずさった。
 一旦、しゃがみ込んでそいつをかわし、短剣を構える。男を背にして、魔法が来るまでほんの一瞬持ちこたえればいいのだ。
 どすん、と着地したソレは床の上で羽をバタバタと羽ばたかせていた。
 え!? 
 セレは自分の目を疑った。
 力強い二枚の翼と尻尾。鱗に覆われた体。 ちいちゃくても、それは間違いなく 竜 だった。
 こんなのとやり合うわけ!? 口から炎でも吐かれた日にゃどうすりゃいいのよ。ああ、神様!
 小竜はすぐさまセレに向かって飛びかかってきた。短剣で懸命に防戦するものの、その固い鱗に全てがはじかれてしまう。
「何とかしてよ!」
 後ろにいるはずの男に向かってセレは大声で叫んだ。
「宝石を捨てろ」
 後ろから男の低い声が聞こえた。
 何ですって? 宝石を、捨てろ?
「馬鹿言ってないで・・・!」
 その時、右手の短剣が根本から折れた。
「死にたくなくば、急げ」
 そりゃ、死にたくないわよ!
 ダッシュで竜を振りきり、そのスキに首の宝石をむしり取った。
 うっうっ・・・バカヤロー!
 放り投げた宝石にパクン、と小竜は飛びついた。その後は、セレのことなど眼中にないように宝石をガジガジするのに夢中。
 ああ、あたしの八〇〇〇ギー・・・食うか、普通?
「今のうちに行くぞ」
 男が近寄ってきて、手を差し出したが、セレはそれを払いのけた。男の手がひなびていたからではない。腹の虫が収まらなかったのだ。
 その勢いでセレは再び先頭に立った。
 そこから先は大したモンスターもおらず、罠も見当たらなかった。
 しばらくしてセレは自分の足取りがやけに重いのに気がついた。見ると、右の太ももが赤く染まっている。さっきの小竜との戦いで傷を追っていたらしい。だが、男に弱みは見せたくない。
 その時、後ろから男の声が聞こえた。
「少し待ってもらえぬか」
 そう言った男は、通路の壁にはめ込まれている小さなレリーフを熱心に見つめていた。
「し、しょうがないわね」
 セレはこれ幸いと、すぐさまその場にへたりこむと、腕のバンダナをほどいて止血を行った。
 竜と剣を交えた盗賊なんて自分が初めてじゃないかしらとも思ったが、その代償があの宝石ではとても喜ぶ気にはなれなかった。
 一息ついて男の方を見ると、突っ立ったまま後ろを向いている。レリーフはと見ると、悪魔らしきものを形どったどうということのないものであった。
 この男なりに気を使っているのかもしれない。
「・・・さっきは、助かった」
 ふてぶてしくセレは言った。一応助けられたのだ。やはり礼は言っておくべきだ。
 しかし、
「命との交換だ。安いものではないか」
 その言葉にセレはカチンと来た。
「馬鹿言わないでよ! あんた、金の価値が全然分かっちゃない! あれだけの金があったら・・・」
 そう、あの時あったら、盗賊なんか・・・
「あたし・・・親に捨てられたの。家、貧乏でさ。たった一人の娘も養えなかったのよ。まあ、よくある話なんだけどさ。それで人買いから盗賊ギルド行きってわけ」
 セレは涼しくなった自分の胸元に手を当てた。
「自分の子供には、あんな思いはさせたくないよ」
 セレはバツが悪そうに鼻をすすった。
「さ、そろそろ行こっか」
 セレはまだ重い体に気合いを入れた。
「あきらめた方がいい」
「え?」
「どれだけ金があったところで、所詮、盗賊の子は盗賊」
「あんたには関係ないでしょ」
「金があっても幸せになれるとは限らぬ。王や貴族たちを見るがいい。奴等の自分の欲望に任せたアレが、幸せというものか」
「な、何よ、裏の世界の人間は幸せになっちゃいけないとでも言うの!」
「・・・あきらめろ」
「冗談じゃないわよ! こっちは宝石までなくしてんのよ。何が何でもあの石板を持って帰るのよ! ほっといてよ!」
「金か。そんなつまらぬもののために石板をくれてやるわけにはいかぬ」
「・・・何、言ってんのよ。あんた、魔法を封じに行くんでしょうが」
「誰がそんなことを言った」
 男の声が、急に凄みを増した。
「このわしがゼブライごときに捕まると本気で思っているのか」
「え・・・」
「わざと捕まったのだ。石板を手に入れるためにな」
「!」
 二人の間に緊張が走った。
 セレは身の危険を感じてナイフを抜いた。
 この距離なら負けるはずがない。
「やめておけ」
 男はセレの渾身の一撃をひらりとかわして、短い呪文を唱えた。
「ドゥーム・イグン」
 セレの体に電撃のような感覚が走った。
 う、動けない!
「そういうことだ。先に行かせてもらう」
「待てっ!」
 そう叫んだものの、セレは文字通り一歩も動けなかった。
 畜生!
 彼女はただ唇を噛み締めるだけだった。
「なるほど、なかなかの魔力だギャ」
 セレは聞き覚えのない声にハッとなった。

 男は最上階にいた。階段を上がり切るとそこには迷路はなく、一本の道が奥へと通じていた。
 あそこか。あそこに封魔の石板が。いや、自分にとっては「開魔」というべきか。
 めくるめく魔法の誘惑が男を襲った。今度はどんな魔法に出会えることか。
 男は突き当たりにある広間の手前で立ち止まった。扉はなく、部屋の奥に件の石板がしっかりと祭られているのが目に入った。
 石板には魔神が宿っているという。その魔神が魔法使いのあらゆる呪文を石板に封じ込めるのだと。ならば、その魔神に打ち勝つことはできないものか。
 勝算はあった。だからこそ、やって来たのだ。さらなる呪文、さらなる魔力を求めて!
 もし、失敗したら・・・決まり切っている。一生魔法が使えなくなるのだ。あの女の言ったとおりただの老人だ。醜く、何の価値もない老人。
 ・・・ありえぬ。この自分に限って。
「バジ!」
 背後で女の声が響いた。それが自分を呼んだのだと分かるのに少々時間を要した。
「・・・」
「へへん、驚いたか。このセレ様を甘く見ないことね」
 彼女の隣には例の小竜が控えていた。
 なるほど、竜に助けられたか。大方、宝石の御礼というところか。
「それで」
「あんた、石板の魔神に打ち勝ったらどうなるか分かってんのかい? あんた自身が石板に封じられちまうんだよ」
「・・・その小竜の入れ知恵か」
「だギャ」
「だから、おとなしく石板を渡せ、と?」
 セレは一瞬言葉をつまらせた。
「どうしてそんなに魔法に執着するのさ?」
「魔法使いに、愚問よな。おまえとて同じであろう」
「それは・・・」
 不意に自分の姿が、目の前の魔法使いとだぶった。
「・・・顔だけはよく似ておる、あの女に」
「え」
「昔、その女は村中からのけ者にされていた駆け出しの醜い魔法使いをことあるごとに励ましていた。だが、しだいに男は彼女に魅かれ、つい彼女の手に触れてしまった。すると、彼女は大騒ぎ。町中の者が男を袋叩きにした。男は街を追われたが、どこへ行っても同じだった。貧弱な体と醜い容貌、そして魔法使いであるということ。男はそれ以外に生きる道がなかったのだ。だが、その男も今では感謝しておるそうだ。その女がいなければあれほど魔法に執着できなかっただろうとな」
「そんな執着であんたは幸せになれるっての? 重荷以外の何物でもないじゃないよ!」
 セレの言葉に、男は顔を覆っていたフードをゆっくりと脱ぎ始めた。
「これが、わしの執着の結果なのだよ」
「!」
 まるで、干からびたミイラ。その土色の顔は右目の所がぽっかりと窪んでいた。
 あの目! セレの心臓がどくんと打った。こらえられぬ嘔吐感が込みあげ、思わず両手で口を押さえた。
「無理せずともよい。皆、そうだ」
 男は再びフードをかぶると、部屋の中に入ろうとした。
 今さら、捨てられるはずがない。二百年の間、この執着を捨てることを誰も許しはしなかったではないか。
 おまえのような醜い奴は! おまえみたいな不気味な奴は!! おまえのような魔法使いは!!! 地獄に落ち・・・
 その時、セレの手が男の手をつかんだ。
「やめて・・・」
 嘔吐でまみれた手。けれど、その目はしっかりと男を見据えていた。
 この体に人の温もりを感じたのは何十年ぶりのことであろう。
 男は昔の女を思い浮かべた。
 奇妙なことだ。同じ顔をして、全く逆の反応を示すとは。全く、奇妙な、ことだ。
「ねえ、バジ・・・」
「ファロス村で使ったのは、山羊の肝だ」
 男はセレの手を振りきった。
「待って・・・」
 すぐさま後を追おうとするセレの視界が突然、光で一杯になった。光は部屋の奥の石板から発していた。
「バジーッ!」
 光のおさまった後、部屋には石板だけが残されていた。男の姿は、どこにもない。
「これで石板はあんたのもんだギャな」
 セレが手にした石板は、思ったよりも小さく、軽かった。至る所に彼女には読めない文字が彫り込まれている。
 これが、あいつの求めていたもの? こんな石の中でこれから生きていくのが、あいつの幸せ?
 馬鹿な、魔法使い・・・
「! な、何すんだギャ?」
 セレの足下で石板は粉々に砕け散った。
「これで、馬鹿げた執着から解放される・・・あいつも、あたしもね」

 砂漠の日は既に大きく傾きかけていた。
「どうしてオマエまでついてくんだよ!」
「つれないだギャな。御互い助け合った仲だギャ」
 全く、竜とコンビを組んでる盗賊なんて世界中であたしぐらいのもんだよな。
「これで奴もどこかに転生したはずだギャ」
「え」
「もう一度会いたいギャ?」
 セレは思いっきり竜をひっぱたいてから、クスッと笑みをこぼした。
(もう二百年もたったらね)


<終>



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