−３−
　奇妙な同行者を加えた旅の一座は、オレの予想以上に和気藹々と時間を共有していた。
　彼らの話はもっぱらテレパシーの実演やシュニケラフの珍しい習慣とかで、オレがひそかに期待していた革命の情勢とかは全く出てこなかった。
　そうこうしているうちに出発から船内時間で三時間がすぎ、最初の客を降ろすことになった。ドクター・ショウは西暦九百年の中南米だ。マヤ中部諸都市の放棄された理由を現地調査するらしい。現地時間で一ヶ月後に拾うことになっているが、果たしてどうなることやら。
「では、行って来ます。ドクター・ディゲール、また帰りにお会いましょう」
「うむ、くれぐれも気をつけたまえ」
<<あんたの貨物コンテナはもう外に出してあるよ>>
「それよりクロニクル、ちゃんと迎えに来てくれよ」
<<オフ・コース>>
　別れの際、ドクター・ショウはエイシャの顔を見て、呆然としていた。彼女がテレパシーで何か伝えたのかもしれない。
　案の定、扉が閉まってから彼女は
「彼の・荷物・捨てちゃったね・でないと・入れなかったね」と舌を出した。
　オレはとっくに気づいていた。だけど、どうしようもないだろ。観測器具が空っぽのコンテナもテントがわりにはなるだろう。研究なんてものは道具がなくても情熱さえあれば、何かしらできるものさ。
　次に降ろしたのは、旅行客のミス・グリューネロートだ。彼女は一世紀のローマをご希望だ。何でも円形闘技場で剣闘を見るのだとか。悪趣味と言えなくもないが、まあ懐古趣味を二週間の間、思う存分満喫してくるだろう。
　そして、ドクター・ディゲールの降りる時間が近づいてきた。
　今回は紀元前二千年のエジプトだ。彼の場合、場所は単なる彼の趣味だ。重要なのは時間のようだ。彼は時間管理局の時間干渉プロジェクトの古参のメンバーで、特殊な計器をその時間に設置してくるのが仕事らしい。時間軸同士の位置関連を解析しているのだと聞いたことがあった。
　ドクターは彼女のことが気になるようで、彼女とオレとに頻繁に視線を投げかけてくる。
　オレはわざと無視して彼の方が口を開くのを待った。すると、思った通り
「おい、クロニクル、そろそろ、どうじゃ。彼女に話してやったら……」
　彼女がいぶかしげにドクターの顔をのぞき込む。その素振りからテレパシーを使っていないらしいことが分かる。
<<何のことです。話すことがあるなら、ドクターが話せばいいじゃないですか>>
　冷たく突き放すと、ドクターは難しい顔で腕を組んだ。
「話して・何でも・お願い」
　不安げな彼女のお願いでドクターは気乗りしないまま、ある事実を告げた。
「え」
「だから、過去をいじっても、現在の我々の世界は変わらんのじゃ」
　彼女の顔から表情が消えた。
　やっぱりだ。この田舎娘は何かを勘違いしていたのだ。でなければ、時空船に密航などするはずがない。
　時間の掟は冷徹だ。一度起こったことは変わらない。仮に過去へ行って何かを変えたとする。だが、もとの世界は何も変わらない。変えられた過去から新しい時間軸が発生するからだ。もとの世界はもとのまま。新しい時間軸では何が起こるか分からない。新しい時間軸上の未来には別の自分がいるかもしれない。だが、それはオレたちとは何の関係もない全く別の世界だ。つまり、人類が夢見たお伽噺は結局お伽話のまま終わったのだ。それこそが人々が時空跳躍に幻滅した理由だった。
<<そんなに簡単に現在が変わるなら、時間旅行が一般に許されるはずがないだろ。みんなが自分の好きに時間をいじって、本当の時間なんてどこにあるか分からなくなっちまう。不可能だったんだよ、そういうことは>>
「あたし・二十世紀行く・そこで暮らす・ずっと・みんな・影響受ける・素質・開く・子供・テレパス一杯・迫害・なくなる……ダメ？」
　夢見がちな革命軍が考えそうなことだ。
　ドクターは言葉をつくして彼女を説得しようとした。だが、今さらそんな言葉に何の意味があるというのだ。
「正確にいうと、君が言う未来ができる可能性もあるにはあるんじゃ」
　彼女の表情がぱっと輝いた。
「だが、君がその未来へ行っても、もう一人の君がいるかもしれん。あるいは、全く君の知らない世界かもしれん。そもそも、君が二十世紀へ行ったことによって生じる新しい時間軸では、人類はシュニケラフへ移住しないかもしれないし、戦争で滅びている可能性だってある。それは並行宇宙を生み出すだけなんじゃ。ブラックホールとホワイトホールでつながっとる、あれじゃよ。わしの研究はこの並行宇宙がどういった関連性を持ってつながっているかという……」
<<ドクター>>
　オレは研究者の悪い癖を見かねてとめに入った。
「世界・変わら・ない……」
　彼女はそうつぶやいた後、長い間、押し黙っていた。
　彼女がごねだしたりしないことをオレは切に願った。
　ドクターは船を降りる直前になって、再び彼女に声をかけた。
「最初に、考えた通りすればいい。少なくとも、新しい未来は生まれるんじゃからな」
「新しい・未来……」
「クロニクルのように時の流れの中で時間を無駄にするのだけは止めたがいい。彼と違って、我々の時間は限られているからな」
　余計なお世話だ。オレだって、無限に存在してるわけじゃない。
　オレは彼女と一緒に、ドクターに一時の別れを告げた。