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 奇妙な同行者を加えた彼らは、俺の予想以上に和気藹々と時間をすごしていた。
 彼らの話はもっぱらテレパシーの実演やシュニケラフの珍しい習慣とかで、俺がこっそり期待していた革命の細かな情勢とかは全く出てこなかった。
 そうこうしているうちに出発から船内時間で三時間がすぎ、最初の客を降ろすこととなった。ドクター・ショウは西暦九百年の中南米だ。マヤ中部諸都市の放棄された理由を現地調査するらしい。現地時間で一ヶ月後に拾うことになっているが、果たして大丈夫だろうか。
「では、行って来ます。ドクター・ディゲール、また帰りにお会いましょう」
「うむ、くれぐれも気をつけたまえ」
「クロニクル、ちゃんと迎えに来てくれよ」
「オーケー」
 別れの間際にドクター・ショウはエイシャを見て、驚いた顔を見せた。彼女が何かテレパシーで伝えたのかもしれない。
 案の定、扉が閉まってから彼女は
「彼の・荷物・捨てちゃったね・でないと・入れなかったね」と舌を出す。
 俺はとっくに気づいてたが、きっとどうにかなるだろう、多分……
 次に降ろしたのは、旅行客のミス・グリューネロートだ。彼女は一世紀のローマだ。何でも円形闘技場で剣闘を見るのだとか。悪趣味と言えなくもないが、まあ懐古趣味を思う存分満喫してくるだろう。こちらは二週間の滞在だ。
 そして、ドクター・ディゲールの降りる時間が近づいてきた。
 今回は紀元前二千年のエジプトだ。彼の場合、場所は単なる彼の趣味だ。重要なのは時間のようだ。彼は時間管理局の時間干渉プロジェクトの古参のメンバーで、計器をその時間に設置してくるのが仕事らしい。時間軸同士の位置関連を解析しているのだと言うが、果たしてそんな研究が何の役に立つのか俺には分からない。実りがあるとしても、相当先の話だろう。
 ドクターは彼女のことが気になるようで、それと交互に俺にも視線を投げかけてくる。
 俺はわざと無視して彼が口を開くのを待った。すると、案の定
「おい、クロニクル、そろそろ、どうじゃ。彼女に話してやったら……」
 彼女がいぶかしげにドクターの顔をのぞき込む。その素振りから律儀にテレパシーを使っていないらしいことが分かる。
「何のことですか。話すことがあるなら、ドクターが話せばいいじゃないですか」
 俺は冷たく突き放す。ドクターは難しい顔で腕を組んだ。
「話して・何でも・お願い」
 不安げな彼女のお願いでドクターは気乗りしないながらもある事実を告げた。
「え?」
「だから、過去をいじっても、我々の現在は変わらんのじゃ」
 彼女の顔から表情が消えた。やっぱりだ。この田舎娘は何かを勘違いしていたらしい。
 時間の掟は冷徹だ。一度起こったことは変わらない。過去へ行って何かを変えたとする。しかし、もとの世界は何も変わらない。そこから新しい時間軸が発生するからだ。もとの世界はもとのまま。新しい時間軸では何が起こるか分からない。新しい時間軸上の未来には別の自分がいるかもしれない。だが、それは俺たちとは何の関係もない全く別個の世界だ。つまり、人が夢見たお伽噺はやはりお伽話のまま終わったのだ。これが人々が時空跳躍に幻滅した大きな理由だった。
「そんなに簡単に現在が変わるなら、時間旅行が一般に許されるはずがないだろ。みんながみんな自分の好きに時間をいじって、本当の時間なんてどこにあるか分からなくなっちまう。不可能だったんだよ、そういうことは」
「あたし・二十世紀行く・そこで暮らす・ずっと・みんな・影響受ける・素質・開く・子供・テレパス一杯・迫害・なくなる……ダメ?」
 革命軍が考えそうなことだ。
 ドクターは言葉をつくして彼女を説得しようとする。しかし、今さらそんな言葉に何の意味があるというのだろう。
「正確にいうと、君が言う未来ができる可能性もあるんじゃ。だが、君がその未来へ行っても、もう一人の君がいるかもしれん。あるいは、全く君の知らない世界かもしれん。君が二十世紀へ行ったことによって生じる新しい時間軸では、人類はシュニケラフへ移住しないかもしれないし、戦争で滅びてる可能性だってある。それは並行宇宙を生み出すだけなんじゃ。ブラックホールとホワイトホールでつながっとる、あれじゃよ。わしの研究はこの並行宇宙がどういった関連性を持ってつながっているかという……」
「ドクター」
 研究者の悪い癖を俺は見かねてとめに入った。
「世界・変わら・ない……」
 しばらくの間、彼女もドクターも押し黙ったままだった。
 言わなきゃ良かったのに。この後、彼女がごねだしたらそれで困るのはこの俺であって、あんたじゃないんだから。
 それでも、ドクターは降りる段になってようやく顔を上げた。
「最初に、考えた通りすればいい。少なくとも、新しい未来は生まれるんじゃからな」
「新しい・未来……」
「クロニクルのように時の流れの中で時間を無駄にするのだけは止めたがいい。彼と違って、我々の時間は限られているからな」
 余計なお世話だ。俺だって無限に存在してるわけじゃない。
 彼女はそれに応えるように力無く笑みを浮かべ、ドクターに別れを告げた。



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