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 カタカタカタ
 どこか焦りを含んだテンポで男はキーを叩いていた。書いては削除、書いては削除の繰り返し。引きつった無表情は時折歪んだ笑みを浮かべ、憑かれたようにその単調な行為をくり返した。
 男は都内にある大学の経済学部の四年生だ。だが、十月になっても未だ男の就職活動は実を結んでいなかった。
 不況のせいばかりではない。男の希望はゲーム関連一本で、ゲームの製作会社や攻略雑誌を出している出版社など高倍率のところばかりだった。そして、そのすべてから早々に断られていた。今では大学の授業に出るのもおっくうになり、もはや来春卒業できる見込みさえ薄くなっていた。
 だが、人生悪いことばかりではない。ゲーム系のメールマガジンから記事の依頼が来たのは春先のことだった。天啓だった。ネットゲームのサーティワン・キングダムで「黒の女王(ブラック・クイーン)」として名前を売っていたことから来た依頼だった。芸は身を助けるとはまさにこのことだった。週に一度の連載記事は、きわどい悪辣な口振りが受けておおむね好評だった。面接を受けた会社から最後の落選通知が届いた時、ゲームライターとして世に出ることが男にとって有意義な選択肢のひとつとなった。
 しかし、黒の女王の時代は長くは続かなかった。代王の座を追われたのだ。そしてそれに伴い、連載記事の人気も急速に落ちていった。連載終了の鐘が鳴り響くのはそう遠いことではないはずだった。
 極めて由々しき事態だった。男は自分のオリジナルなスタイルで世に出ることを固く決意していた。そうでなければ家族の笑い者になることは間違いなかった。会社を経営している両親を嫌って家を出て、六畳一間のボロアパートで雌伏の時をすごしてきた意味がまるっきりなくなってしまう。何としてでも連載は守り続ける必要があった。
 代王の座がないなら、他の切り口を探せばいい。男はそう考えた。世間はキワモノに餓えている。お上品な当たり障りのない記事、軽いお笑いしかない記事、そんなものは飽食の一歩手前である。必要なのはもっとダークでヘヴィな記事。そしてそれは、男の得意とするところだった。

 ★☆★魅惑の暗黒PKライフ★☆★

 現実とは切り離されたゲーム世界での不条理な死。PKこそはそれにぴったりなのだ。PKを題材にすれば大人気間違いなし、他の連載依頼も次々にやってくるに違いないはずだった。
 実を言えば、PKと言ってもそれほど特異な題材というわけではない。オンラインRPGをやっていれば、誰もが一度や二度や三度は経験したことがあるはずの出来事だった。だからこそ、ただのPKではない変わった記事を書かねばならない。
 PKの本質は、単に強者が弱者をいたぶり優越感に浸ることにあるのではない。確かにそれもあるがそれだけではない。突然己の身に降りかかる世の不条理を実感させることこそが第一なのだ。周りの人間はPKされた本人の愕然とするリアクションに共感と笑いを覚えるのである。その点から言って、対象には初心者こそがふさわしかった。
 記事の特殊性は連続PKで出すつもりだった。連続殺人事件だ。だが、リアルのように多人数の、ではない。同一人物の連続殺人だ。オンラインゲームでは死は終わりではないのだ。
 問題は標的である。初心者であり、いいリアクションを返してくれるキャラクターが必要だった。例えば、一昨日の初心者のような。SARAHを誰かと勘違いしていたらしい相手はいい反応を見せてくれた。その落ち込み様は男から見て満足いくものだった。レベル1の本物の初心者のようだったし、この企画にぴったりの人材のように思えた。名前は確か、HARU。いかにも初心者っぽい名前だ。彼に決めることに何の不都合もない。
 そうとなれば、まず相手の情報を入手しなければならない。効果的な死を演出するために情報は多ければ多いほど有効だった。
 前回のプレイの際のログに彼の情報が隠されていないだろうかと思い、男はキーを打つ手を止めてここしばらくのログ記録を見返すことにした。
 ゲームのログをとるのはいつものことだった。ゲーム中に交わす会話や出来事は膨大な量でそれをすべて覚えておいたり、紙に書き留めておくことはほとんど不可能だからだ。それ故、それらを自動設定でパソコンのファイルとして記録しておく。後から見返して記事を書く参考にするのだ。
「……」
 久しぶりのログを見て男は歯ぎしりした。
 顔を強ばらせ、ものすごいスピードでここ数日のログを読み進める。
 あの初心者は、あの時、自分を広美がプレイするSARAHと勘違いしていたのだ。
 広美には夜間のプレイの際、必要最小限の会話以外は禁じていたにも関わらず、彼女はあの初心者に自分から接触し、昨日はPKに対する警告までしているではないか。
 男は胸の内で荒れ狂う怒りを必死で抑え込んだ。
 許し難い裏切りである。飼い犬に手をかまれたとはこのことである。男の怒りは広美とHARUの二人に対し等分に向けられた。
 計画変更である。初心者には徹底的に思い知らせてやらねばならない。PKギルドの仲間を動員して大々的にやるのだ。サーティワン・キングダムをやめるまで究極最終絶対的に追い込んでやるのだ。自分のものに手を出した償いは必ずしてもらわなければならない。
 連載企画以上のところで男は晴樹に対する執着を確固たるものとした。


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