−09− 暗い部屋の中に汗と体液の入り交じった匂いが充満していた。若い男と女の匂いだ。「いや……あ……あん……だめぇ……」「離すなよ」「あ、そこは……そんなぁ……」部屋の真ん中の小さなディスプレイの発する光が行為にいそしむ二人の姿を暗闇にうっすらと浮かび上がらせていた。「あん、あん、あん、あん、あ、あ……」勇ましいゲームのBGMが女の嬌声と不釣り合いな旋律をなして鳴り響いた。「あ、う、あ、う、あ、うぅぅ……」女は四つん這いで後ろから貫ぬかれていた。だが、頭が朦朧とするのはそのせいだけではない。両肘で体を支えながら、さらにコントローラーを握りしめ、虚ろな目で前に置かれたディスプレイをみつめていた。SARAHの攻撃>>ゴブリンキングに35ダメージゴブリンキングの攻撃>>SARAHに145ダメージ「おい、ちゃんと集中しろ!」男が女の尻を叩いた。「ひゃう!」女は高い声を上げて鳴いた。それでも、コントローラーはしっかり握って離さなかった。快楽の渦の外にかろうじて置いているわずかな理性の領域で、女は画面の中の手強いモンスターと戦い続けた。「オマエが、悪いんだ、分かってるな、ノルマを、ちゃんと、こなさないから、こうやって、監督、しなきゃ、ならない。しっかり、やれ」彼女には男の理屈は理解できなかったが、男がそういう人間であることは理解できた。そして、自分はそんな男に従うしかない人間であることも。「何、焦ってるの?」画面から目をそらさず、独り言のように女は問うた。「誰が、焦ってるって?」男は不機嫌そうに聞き返した。「だって、最近……ずっと、あん、そう」女にも理由は分かっていた。すべてはサーティワン・キングダムの中で小国の王の座を追われたことにある。そのせいで、メールマガジンに依頼され、ここ半年書き続けていたコラムもその連載が危ぶまれているのだ。「うるさい、今、いろいろ、考えてる。オマエは、今、できること、しっかり、やれ!」「きゃん!」今度の臀部への平手は痛みすら感じるものだった。だが、それもすぐ後から襲ってくる衝動に呑み込まれた。随分とクスリに耐性がついてしまったとはいえ、それでもクスリをやっているときの「行為」の感覚は尋常ではなかった。同級生との当たり前の行為では味わえない感覚が、そこにはあった。だが、その最中に別の仕事を課せられるとなると話は別だ。女は快楽とモンスターという二つの敵と戦わねばならなかった。モンスターに勝つには、とりあえずこの快楽を一時でも抑え込まねばならないのだ。「ほら、どうした、負けちまうぞ」女は後ろから突き上げられ、喉の奥からとめどもなくあふれてくる嬌声をぐっとのみこみ、無理矢理歯を食いしばった。早く終わらせなければ。長時間に渡る戦いでモンスターのHPは残り後わずかだった。だが、それはSARAHにとっても同じだった。女はパワーゲージが満タンになっているのを目のはしで確認すると、打ち込みのタイミングを見計らった。これを外せばおそらく勝機はない。そしてその場合、男の機嫌がさらに悪くなるのは目に見えていた。そうなれば、男はまたクスリを出し渋るだろう。それは何としても避けたかった。何が何でもここで決めなければ。そして、間欠泉のように吹きあがる快感をかみ殺し、女はその一瞬の時をつかまえ必殺技を繰り出した。SARAHのフラッシュ・ソード>>ゴブリンキングの急所に命中。ゴブリンキングに451ダメージSARAHはゴブリンキングを倒した。SARAHは経験値120を得た。SARAHは【ゴブリンの宝玉】【炎の剣】【ゴブリンの護符】を手に入れた。「おお」男は腰の動きを止めて、うれしそうにうめいた。「いいじゃん、いいじゃん」女は息を切らしてうなだれた。三十分もの間この体勢でプレイして、彼女は限界まで消耗していた。けれど、ようやくこれで男の気が済んだかと思うと、この苦行から解放される安堵感で一杯になった。だから、男の次の言葉が彼女には信じられなかった。「おい、人が来たぞ。SARAHのことを知らないらしいな。話しかけてみろよ」画面の中では見知らぬ冒険者がSARAHの近くを走っていた。こんな自分には休むことも許されないのだろうか。「オイ、早くしろよ」反抗しても無駄なことは分かっていた。「間違って変なキー打ち込むなよ」女は力の入らぬ手でキーボードをたぐりよせた。「あん!」男は女の腰をつかんで再び挿入を開始した。無理だ。キーボードを使う文字入力は、コントローラーの単純な操作とは比較にならない。できるはずがない。「ほらほら、早くしないといっちまうぞ」男は嬉しそうに無理難題を女に強要した。SARAH>>今にいいちは「おいおい、何語だ、それは」男が甲高い声で笑った。画面の中では、女のおかしな言葉に冒険者が立ち止まっていた。TED>>はいw 何でしょう?女は後ろからの振動をカットしようとしたが、そう考えたのは女の頭だけで、女のくねった肢体はむしろそれを増幅して両腕に伝えてしまっていた。SARAH>>今日hあ、こおおあたりでもんすたーが男の挿入のスピードが上がった。TED>>キーボードの調子がおかしいようですね?画面の向こう側で何が起きているか知らない冒険者は、好意的な解釈を下してそう言った。女は、画面の中のSARAHだけでなく、自分自身も自分のコントロールを脱しようとしているのを感じていた。「ダメ……」「何がだめだ」「ダメぇ」「ちゃんとやれ」「ダメ、やめて、あん、あん、あ、あ、あ……あ!」SARAH>>はゃああああ じゃfsへ4bっhそだあああふぁkls;うあうぇえええいkづ7羽sぇいおっわr5おあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうおb「」h男は荒い息で視線を宙にさまよわせ恍惚の笑みを浮かべて言った。「……そうか、本分にもどればいいんだ。シンプルが一番」そうつぶやくと、突然、男はコントローラーをつかみ上げ、手慣れた手つきで呪文を詠唱した。冒険者は目の前のどう考えても異常なプレイヤーが呪文を唱え始めるのを見るや否や、全速力で走り始めた。だが、SARAHが唱えたのは詠唱時間の短い「麻痺」の呪文だった。SARAHのパライズ成功TEDは麻痺している。TED>>ゴルア冒険者が動けなくなった間にSARAHはもう一度呪文を唱え始めていた。今度は詠唱時間は長いが攻撃力の高い破壊呪文だ。TED>>やめれーーーーーーTED>>PK反対ーTED>>人でなしーSARAHのファイヤーボム:TEDに351ダメージTEDは死亡した。相手が死亡したのを見て、男は誇らしげにつぶやいた。「ブラッククイーンSARAHのPK日記、コラムはPKオンリーでいく。オマエもそれがいいと思うだろ」女はキーボードを抱え込んだまま果てていた。もはや何も反応することはできなかった。ただ自分が今抱えているものが、幸せとか満足とかいうものではないことだけは、何となく分かっていた。
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