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 三日目のログインは夕方からだった。昨日の長時間プレイの疲れが出たのか、また十時間以上も眠ってしまったのだった。睡眠薬がいらないのは助かるが、引きこもりなりのリズムを努めて維持していた晴樹にとっては少々不本意でもあった。
 サーティワン・キングダムにログインすると、荒野の真ん中にも関わらず、すぐさまKUROROが駆け寄ってきた。

KURORO>>こんにちはです〜

 KUROROの頭には既に緑の輪っかが表示されており、晴樹は彼から逃げられないのを悟った。
 あきらめてパーティを組むと、小さな相棒は今日も相変わらずの高テンションだった。

KURORO>>レベルアップしたのです〜 これでKUROROも一人前の冒険者の仲間入りなのです〜

 KUROROのレベルを確認してみると、確かにレベルアップしていた。どうやら今日は晴樹がログインする前から遊んでいたらしい。
 しかし、世の中にはレベル99の人間もいるというのに、レベル2程度で一人前と称するとは、どこをどう勘違いしているのかとつっこみたくなったが何とか我慢した。

HARU>>レベル2だね。
KURORO>>そうなのです〜 HARUるんはいくつになったですか?

 HARUのレベルはまだレベル1のままだ。それを聞いてKUROROは大げさに驚いた。

KURORO>>はう! 経験値たまってないですか? ひょっとして十回以上死んじゃったですか?
HARU>>別にレベル上げ急いでいるわけじゃないから。
KURORO>>何ですとおおおお。レベルアップは冒険者の基本じゃないんですかあああ。

 KUROROはまったくもって大げさだった。つっこみ返すべきかどうか晴樹は判断に苦しんだ。

HARU>>レベルアップなんて成り行きだから。
KURORO>>HARUるん、大物すぎです。
HARU>>それはない。

 変な掛け合いを終えると、KUROROは困ったことを言い出した。 

KURORO>>ところでところで、今日は大勢でパーティ組みたいのです〜
KURORO>>大勢いると強くなるのです。強い敵がいるところでも進めるのです。大冒険するのです〜

 晴樹はリアルでため息をついた。

HARU>>パス。
KURORO>>どうしてですか〜
HARU>>気が乗らない。
KURORO>>そんなこと言わないで一緒に大きなパーティ組むのです〜

 いくら晴樹が気がいいといってもゆずれない一線は存在していた。そんなに大勢のパーティが組みたいなら誰かに入れてもらえばいいと晴樹は冷たく言い放った。

KURORO>>知らない人ばかりじゃ入りにくいです〜 一緒に入ってください〜
KURORO>>HARUるんも一緒〜一緒〜

 ごねれば思い通りになると思っているかのような彼の態度に晴樹は苛立ちを覚えた。晴樹にはそこまでつきあうつもりも義理もない。

HARU>>悪いけど、やっぱりパス。がんばってね。

 そう言うと、HARUはさっさと走り出した。これでようやく一人で静かにプレイできると思うと肩の荷が降りた気がした。
 が、走り続けるHARUの耳にぱたぱたともう一つの足音が聞こえてきた。もしやと思い立ち止まると、案の定、KUROROが後からぴったりとくっついて来ていた。
 HARUが問い質すと、KUROROはあんなにしつこく出していた願いをあっさりと取り下げた。

KURORO>>じゃあ仕方ないのです〜 また二人で遊ぶです〜

 おいおい、と晴樹が内心でつっこみを入れていると、画面に誰かの広範囲発言モードの会話が表示されていた。

ARIERU>>天白騎士団ただいま団員募集中でーす。みんなでベルズウェイク王国を復興させましょー

 だが、声はすれども人の姿は見えない。

KURORO>>なになになんですか〜???
HARU>>さあ。団員募集中だって

 晴樹としても幾分興味を抱いたことは事実だったが、そんな団体に入ろうという気は毛頭なかった。
 一方のKUROROは、既に好奇心びんびんモードに入っており、HARUそっちのけで、声の主を探して辺りをぐるぐる走り始めた。
 そして、小さい身の丈にもかかわらずHARUより早くその相手を見つけ出した。

KURORO>>あっちです、あっち。行ってみましょう、ねねね、行くだけです、ね。

 少しはHARUに気を使っているのか、そうことわってからKUROROはとことこと短い足で駆け出した。
 仕方なくHARUもその後を追った。
 その先でHARUが目にしたのは、HARUの背の倍ほどもある立派な旗を掲げた五人組だった。彼らは誰もが高価そうな服を着込んでいて、一目で上級者であることが見て取れた。
 ゆっくりとした駆け足で進んでいた一団は、自分たちに興味深げな視線を向けている二人組に気づくと、進軍をぴたりと止めた。
 五人の中の一人がHARU達の方へ歩み出た。

NOCTURN>>やあ、初心者かな?
KURORO>>そうなのです〜
NOCTURN>>ちょっと話を聞いていかないかい?

 晴樹は相手の上から見下ろしたような話し方が鼻についたが、意思表示をする前に彼の相棒は既に首を縦に振っていた。
 後ろに控えていた四人もやってきて、HARU達は怪しげな勧誘集団と対峙することになった。
 ただ、彼らの持つ赤と黒のコントラストのきいた巨大な旗には晴樹も興味を抱いていた。自分には縁のなさそうなものだとは思いながら晴樹はしげしげとその旗を眺めた。
 そんな二人に向かって、一団のリーダーらしき人物が話を切り出した。

NOCTURN>>さて、何から話せばいいかな。サーティワン・キングダムは三十一の王国からできていることは知ってるよね。
KURORO>>知ってますです〜
NOCTURN>>そして、僕たちがいるこの辺りはベルズウェイク王国だ。
KURORO>>それも知ってますですよ〜
NOCTURN>>で、それぞれの王国はそれぞれの国民から選ばれた代王によって統治されているんだ。
HARU>>代王?

 その言葉は初耳だった。マニュアルで読んだ覚えはない。
 すると、別の一人がそれに応えた。

ARIERU>>それぞれの王国は『始源の王国』であるアスタージェの皇帝から国を治める権利を授かって、彼の代わりに統治しているという設定なのさ。だから代わりの王ってわけ。
KURORO>>代王さんは何をするですか?
NOCTURN>>代王と言ってもほとんど名誉職みたいなものだけどね。
ARIERU>>それでも王国で行われる取引に税金をかけて、それを国の防備にどれだけ使うか決めたり、入国者の審査をしたり、王国騎士団を編成できるのも王の特権かな。
KURORO>>はうあー、何だかすごいのです〜
HARU>>その旗が、そうなんですか?

 HARUの言葉に旗を抱えていた大柄な男がうなずいた。

ZILL>>そう、現王RIVELLAの率いる天白騎士団だ。王を助け、国の平和を守るのが騎士団の役目。レベル1の初心者を守るのも役目のひとつだ。

 かいま見える相手の上級者意識に晴樹は再びむっとしたが、KUROROは全然気にしていないようであり、それが一層晴樹を苛立たせた。

KURORO>>頼もしいです〜 レベル2だけど守ってもらえますか〜 あ、HARUるんは正真正銘のレベル1なのです〜
ZILL>>まかしておきたまえ。我々は初心者の味方である。
NOCTURN>>実は、ベルズウェイクの王は最近変わったばかりでね。前の王が長い間悪政を敷いていたおかげで、PKばかり増えて、人口は流出。国力は三十一王国の中でも随分下の方なんだ。
KURORO>>PKって何ですか???

 それくらいは晴樹も知っていたが、口をはさまず相手が答えるのを黙って待った。

ARIERU>>PLAYER KILLING、つまりプレイヤーが他のプレイヤーを殺す行為のことさ。そういう行為をするプレイヤーのこともそう呼ぶね。別に禁止行為ではないけど、一般的にPKが盛んな国は、普通のプレイヤーがよりつかなくなるね。
NOCTURN>>我々はこの国のそんな現状を変えていこうとしているんだ。
KURORO>>僕たちも騎士団に入ってお手伝いするです〜

 KUROROの言葉に彼らはそろって笑い声を上げた。

NOCTURN>>頼もしい言葉だけど、皆、どうする?
ARIERU>>いやいや、さすがにレベル2の初心者を騎士団に入れるのはちょっとネ。
ZILL>>栄えある騎士団であるからな。
ROC>>やっぱレベル80はないと。
HARU>>じゃあ、何で声かけたのさ。

 晴樹はついに我慢できなくなり不満を口にした。
 場の雰囲気が一瞬凍り付いたが、NOCTURNはすぐに何でもないとばかりに言葉を続けた。

NOCTURN>>ちなみに君たちはここで何をしてるんだい?
HARU>>何だっていいじゃないですか。

 けんか腰で応える晴樹を押しのけKUROROがそれに答えた。

KURORO>>モンスターとお話してたです。

 その答えに五人は顔を見合わせた。

DAN>>やっぱり知らない連中もいるんだな。
ROC>>初心者ならそんなもんさ。

 またもや初心者呼ばわりされ、晴樹は完全に彼らを敵視することにした。

NOCTURN>>君たちに忠告しておきたいことがあってね。
HARU>>何をですか。
NOCTURN>>さっきも言ったけど、王が新しく変わっても、前の王とその一党はこの国で相変わらずPKを繰り返しているんだ。
NOCTURN>>君たちのような初心者は連中の被害に遭いやすいから、注意してほしくてね。
DAN>>近づいてきて怪しげな動きをする奴がいたらすぐに走って逃げた方がいいな。
ARIERU>>特にこのエリアはよくPKの奴らが現れるから、知ってる連中はここには近づかないのさ。

 ようやくこのエリアの謎が解けた。けれど、一度もそんな連中を見かけたことはなかった。目の前の五人は気にくわない連中ではあったが、ウソを言っているようにも見えない。おそらく単にこれまでは運がよかったにすぎないのだ。これからは場所を変えた方がいいのかもしれないと晴樹は思った。

NOCTURN>>分かってるPK連中の名前を教えておくよ。TAROTT、MAGI、HAGANE、HITOKIRI、GODO、GEKKO、BK……これくらいかな。
DAN>>メインを忘れてるw
NOCTURN>>そうだw 前の代王で、このPKグループのリーダーのSARAH。彼らにはくれぐれも注意した方がいい。

 最後に挙げられた名前に、晴樹の注意はぴたりと止まった。

ROC>>SARAHはヤバイ、ネカマだし。あんなのに入れあげるメンバーの気がしれん。
ARIERU>>一部でかなり有名人だしね。
DAN>>もうあいつらも終わりさ。王の座から追い落とされちゃな。
ROC>>普通、処刑されないか?
ARIERU>>そういうシステムほしいよね。悪政の末、追放された王は公開処刑。
NOCTURN>>そういうのもありかもな。

 画面を何度見返しても、その名前のスペルは晴樹が知っている人物のそれと同じだった。

HARU>>違う……
NOCTURN>>ん?
ARIERU>>何が?
HARU>>そんなの大ウソだ。SARAHはそんな人じゃない。
NOCTURN>>君、SARAHを知ってるのかい?
HARU>>SARAHは違う。絶対違う!

 しかし、HARUの言葉は受け入れられなかった。五人の騎士団からは「初心者相手に新手の勧誘だ」とか「再出発のための人気取りだ」という悪意ある意見が突きつけられるばかりだった。
 これ以上の我慢は不可能だった。HARUは突然その場から駆け出した。そんな話はこれ以上一秒たりとも聞いていたくなかった。こんな連中の話に信じるに値するようなことはひとつもないに違いないのだ。
 長い荒野を駆け抜け、ようやくHARUが立ち止まったのは広大なエリアの端に近い場所だった。

KURORO>>一体、どうしたですか? 落ち着くのです〜

 後を追ってきたKUROROが懸命にHARUをなだめた。

HARU>>ウソだ、滅茶苦茶だ、あいつらでたらめばっかりだ!
KURORO>>SARAHって、誰なのです?
KURORO>>知ってる人なのですか?
HARU>>……相手がどこにいるか分かる機能があったよな?
KURORO>>サーチコマンドです。でも相手のSARAHって人がPKなら──

 KUROROの言葉も最後まで聞かず、晴樹はサーチコマンドを操作して、SARAHの居場所を探そうとした。
 しかし、彼女はどこにもいなかった。午後七時現在、彼女はサーティワン・キングダムにログインしていないということなのだろう。そう言えば、前に二度会ったのもいずれも深夜だったことを思い出した。
 彼女に会って確かめるしかない。晴樹は心の中でそう決意した。


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