九郎が厄介な騒ぎをどうにか片付けて京邸に出向いた時、邸内はもぬけの殻だった。怨霊調伏に出かけているのかと考えたが、それにしてはもう日が落ちる頃合いだ。譲や朔が一足先に戻って夕餉の支度に取りかかっていそうなものなのに、厨はしんと人気が絶えて竈も冷たいまま。
「どこに行ったんだ、あいつら」
呟いた独白にも返る声はない。普段は賑やかな物音に満ちている場所だからこそ、それがひどく侘しく感じられた。弁慶や景時への至急の重要事がある訳ではないから、無為に時を過ごすくらいなら直ぐに堀川へ取って返せばいい。やるべきことは多くある。
そう分かっているのだが、九郎の足は何故か動かなかった。そもそも神泉苑を出て手綱を取った時、自然と京邸へ馬首が向いていたのだ。堀川ではなくこちらを選んだ。こちらへ来たいと、思った。
───あの、騒がしくもあたたかい空気に包まれたくて。
九郎とて人の子であるから、始終気を張り詰めさせていては疲労が溜まる。重要な場で失態を犯さぬように弛緩も必要だ。今までは六条堀川の邸がそのための場所だった。九郎が『戻る』と考えた時に思い当たるのは堀川しかなかった。
いつの間にか、それが増えていた。堀川で源氏の将兵に囲まれている時よりも、この櫛笥小路邸を訪れている時のほうが、己の心身が荷を下ろして寛いでいることを自覚するようになった。この邸に身を置いている間だけは、己が源義経ではなく、ただの九郎でいるように思える。だからこそこの邸を一歩出た時、下ろした荷を再び背負うだけの矜持と覚悟が戻るのだ。戻るべき場所を護るために、あたう限りの働きを尽くすことを改めて誓う。
景時は大抵洗濯をしているから、夕刻になれば庭の見える場所で鼻歌交じりに布地を畳んでいることが多い。薬草や書物が山積みにされた塗籠でまる一日を過ごしていたのだろう弁慶が、黴臭い埃を辺りに漂わせながら這い出してくる。堀川に来ない日は庭の世話をしているらしい譲が、朔と前後するように厨へ向かう。まるでそれを見計らったように、出先からふらりと戻ってくる将臣やヒノエ。早く夕餉を出せだとか今日はこれが食いたいだとか、言いたい放題である。そして日がな一日己の神子にまとわりついている白龍と、遊んでやっているのか一緒に遊んでいるのか判然としない望美。
その中に混じっている時は、名代ではないただの九郎になれる。だから神泉苑での騒動にけりをつけた後、真っ直ぐこちらへ来た。義経ではなく九郎を見てくれる、龍神の導きによって得た仲間たちのもとに。彼らの出払っている京邸は、九郎の求めるものを与えることはない。
(【郷愁】京・春より)