苦難は日を追うごとに降り積もっていった。
もともとが戦の終盤という局面だった。一瞬の油断も一度の過ちも赦されない状況で、気力も体力も極限まで磨り減らされていた。結果がどうあれこの一戦を終えれば一旦は軍を留める、という漠然とした認識は、決して楽観とまではいかなかった筈だ。
けれどその終わりは、始まりであっただけだった。
平家が終焉を迎えた今、鎌倉には戦う相手が必要だった。いまだ明確に定まらぬ各地の動静を自らへと引き寄せるため、勝利を示し続ける必要があった。その対象は敵でなくとも構わない。抗う能力も奪うべき権威も富も持たぬ、臣従を誓った飼い殺しでなければ。
その対象に己はうってつけの駒だった、それだけだ。
九郎自身には鎌倉への叛意など無い。誓って、無い。兄に取って替わりたいと考えたことなど一度たりとて無く、あたう限りの力をもって勝利を捧げてきたつもりだ。些事に拘泥するよりも、大局で戦勝を攫むほうが兄の大望を叶える一助になると信じてきた。だがそれは九郎の思い込みでしかなかった───今にしてみれば。
己の存在こそが周囲に災厄をもたらしている。それに気づかないほど九郎は愚かではなかったし、一方的な理不尽に憤って申し開きを試みるほど図太くもなかった。戦場を駆ける将として、もとからいつ潰えるか分からぬ身だったのだ。これまで手にかけてきた無数の躯を思えば、己一人の命など何ほどの重みがあろうか。常に死を覚悟してきた矜持が、生への執着を恥とさせた。
ここで惜しむべきは己自身ではない、と九郎は思う。九郎が息をしている限り彼と共に鎌倉に追い立てられていく、仲間たちの安寧こそがそれだった。
仲間。
それはこれまで率いてきた源氏の手勢のことではなく。
「あ、川がある。お水、汲めるかな?」
今の九郎にとって仲間の要となる娘がそう口にした。
澄んだ声。澄んでいるからこそ、隠しているつもりだろう内面が透けてみえる。悲嘆、動揺、不安、何よりも疲労。返り血を落とす暇もなく垢じみたてかりを加えた一斤染が痛々しかった。瑞々しい果実のようだった頬は日を重ねるごとにそげていった。こしらえた傷に巻いた布さえ泥と血に染まり、既に赤土の色に変色している。生き生きと快活な光を浮かべていた瞳は憂いに曇り、追われながらの浅い眠りで隈が消えない。
妙齢の娘のあるべき姿ではない。
そして彼女をそうさせているのは、紛れもなく己の咎なのだ。
(【錦上添花】萩・もの想いより)