雅事には疎い。けれど、美醜の区別もつかぬほど愚かではない。あの日の神泉苑で神子が舞った瞬間、並み居る観衆が固唾を呑んでそれに魅入られたことを、九郎は知っている。他ならぬ己もまた、我を忘れてその舞を凝視していたのだから。
 今様狂いの法皇が召し抱えると言い出した件の騒ぎも、承諾など出来た道理はないが、理解することについては難しくはなかった。彼女の舞を再び見たいか、手元に置いて愛でたいか。そう己に問いかけてみれば、是としか答えようがない。
 うつくしかった。
 舞も───それを奉じていた娘も。
 酔いに茫洋と霞む思考でそこまで思い巡らせた瞬間、九郎はふと足を止めた。
「……冗談じゃない」
 酒だけでなく、白拍子たちの香にも酔わされたのだろうか。苦く呟いて独りごち、ぶるりと頭を左右に振る。
 まったくもって冗談ではない。
「大体、あいつに白拍子など務まるものか」
 厳密に言うならば、白龍の神子は源氏の者ではなく、従軍の約定を取り交わしただけである。しかし法皇やその取り巻きにすれば、彼女は源氏の者と映るだろう。身なりも礼儀作法も、それどころかごく基本的な女性の嗜みさえわきまえているかどうか怪しい娘を、権威の象徴に差し出せる訳がない。源氏の品性が疑われる。ただでさえ東国の田舎武者よと侮りを受けているのに。
 脳裏を今宵の白拍子たちの姿が過ぎる。

 たおやかにあでやかに―――なまめいた女の色香。
 雄の本能に訴えかける、褥に咲く淫靡な華。

 あの神子が、そのような存在である筈がなかった。
 負けず嫌いで確かな剣の腕を持つ。怒鳴りつけても怯みもせず、逆にこちらを言い負かすことさえある。女だと思えばこそ戸惑いもするが、逆に弟のようなものだろうかと考えるようにしてからは、案外良好な関係を築けるようになってきた。
「……あいつは、違う」
 九郎はもう一度、確かめるように呟いた。
 その声が融けた晩春の夜風に、最後の桜がはらりと乗る。薄紅の可憐なひとひらは、行く宛ても知れずに闇に消えた。

 

(【恋ごころ】京・春より)

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