「……望美」
 湿った吐息に項を擽られ、望美は震えた。恐怖でも嫌悪でもなくいとおしさに。
 生きて優しい鼓動を刻みつづける彼のそばに、戦火の不安もなくひたすら寄り添っていられる。それだけで望美は泣きたいくらいの幸せを噛み締めていた。想いを囁くことやからだをつなげることはその表現の一つであって、想い合うことそのものではない。だから九郎が何かを躊躇っているのなら無理にねだるつもりはなかったし、求められれば拒むつもりもなかった。
 急かすことも、強いることも、拒むことも。
 九郎のすべてに対して、そんな否定を望美はしたくなかった。
「何故、お前は了承したんだ?」
「なにを?」
「俺と一つの天幕で起居するということは……その、いずれ、こうした事態を招くということだったんだぞ」
 望美はくすくすと笑った。
「今更なに言ってるんですか、九郎さん。そんな心配をするくらいなら、決まる前に言ってくれなくっちゃ意味ないのに」
「…………」
「それとも九郎さんが、私との共同生活なんていやだった? 私、今からでも朔のところに移ったほうがいい?」
 途端、少女を包む拘束がぎゅうと強まる。
「九郎さん、ちょっときつい」
 ぽふぽふと腕を叩いてみるも、九郎はしばらく無言のまま、力を緩めようとしなかった。やがて、掠れ声を望美の項は受け止める。
「……駄目だ」
「九郎さん?」
「今更俺のもとを去るなど、許さん」

 

(【花想】より)

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