「───源氏の者ではありませんが、お世話になっています」
「ほうほう……世話とな。ならば余の世話になる気はないか?」
「…………」
 結局またこうなるのか、と望美は内心でうんざりした。あの時は訳も分からず突っ立っていたところを九郎に救われたが、今回までそんな手間をかけるつもりはない。さて、どう言えばこの法皇様は諦めてくれるのか。舞なら他にも舞手はいる。けれど怨霊を封じることができるのは唯一自分だけなのだと、その強すぎる保身意識に訴えれば或いは。
「玉も絹も、京の品は坂東とは比べ物にならぬぞ。どうじゃ」
「私、別にそんなもの、欲しいとは思っていません」
「ふむ……ならば何を所望する? 余に出せぬものなどないぞ」
 望美はふんわりと笑った。
「私の欲しいものは、法皇様が与えることはできませんよ」
「……む?」
 望美が欲しいのは、いつか他の誰かが与えてくれるのを、じっと待っていれば手に入るようなものではない。
「私は私の意志で、源氏の軍にあります。そこでしか、私の欲しいものは手に入らないから」
「なんとそなた、従軍しておるのか? そのような娘の身で」
「はい」
 法皇はやや後ろに控えていた九郎のほうを振り返った。その時になってようやく、望美は九郎の様子を伺った。苦虫を何匹も潰しているようなその表情に、思わず苦笑する。ああ、そんなふうに眉を顰めて。どっちにしても厄介ごとになっちゃったね、ごめんね、と口には出さずに心の中だけで呟いた。
「おなごを戦場に立たせるのが坂東の習いか。木曽といいそなたといい、もっと相応しい愛でかたが他にあろうものを」
「───は……お言葉を返すようですが、この者は神子。ただの娘とは少々異なる部分もございますゆえ」
「神子?」
「伝承に語られる、龍神の神子にございます」
「……まことか。龍の神子姫なれば、天に届くあの舞も道理よ」
 法皇が望美に向き直った。
「では、神子殿。ますますもってそなた、余の白拍子となるほうがよいぞ。戦禍で万一のことあってはならぬゆえな」
 人の話をまともに聴かず、自分に都合のよい部分だけつまみ食いするのは、古今東西の権力者に共通する悪癖のようだった。神子をどうあっても所望する法皇に、白龍に日照りでも頼もうか、と一瞬望美が本気で考えかけた、その刹那。
 何かひどくあたたかいものに、ぎゅうと押しつけられていた。

「この者は将来を誓い合った、私の許婚です」

 

(【落花流水】京・春より)

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