「…………やっ!」
望美が振り下ろした剣の切っ先は、小さな花びらを捉えることはできなかった。ひらり、ひらり、と舞い散る桜の風情は、過ぎゆく春を体現するものであり、そこに興趣を見出しこそすれ、心底厭う者など皆無と言ってよい。
しかし今の望美にとって、その光景は、焦燥をかきたてるものにしか為り得なかった。桜にも劣らず柔らかな色彩をまとう少女の顔は、飽くまでも歪んだまま。
思い出せ。
思い出せ、あの剣はどうやって、桜を捉えていた?
『今の技は花断ちと言う』
桜を二つに断った太刀。それを握った者は、誇るでもなく静かに鞘に収めると、ゆっくりと振り向いた。目の前で何が起こっていたのか、一瞬見極めることができず、ぽかんとする望美を見て、その男は眉根を寄せた。
『この程度で驚いているようなら、戦場に出るのは諦めるんだな』
諦める。
戦場に出ることを、諦める。
その選択は望美にとって、生まれ育った世界へ帰ることを諦めるということだった。
話は終わったとばかりに、男が再び背を向ける。ざり、と敷き詰められた玉砂利が鳴る。男の足が踏みしめたのだ、と理解したその瞬間、望美は叫んだ。深い思慮を巡らした末に選んだ言葉などではない、咄嗟に口をついて出た言葉だった。
『待って……諦めるなんて言ってない!』
玉砂利の音が静まった。向けられたままの背は、しかしそれ以上離れていくことはなかった。
それにも気づかないほどに必死で、望美はただ、言い募った。
『私は───戦わなくちゃいけないんだから!!』
背を向けた男は無言だった。肯定も否定も、しなかった。やがて男の鳶色の長い髪が揺れ、揃いの色をした瞳が、真っ直ぐに望美を見据えた。
『……ならば、お前がこの技を身につけたなら』
男───九郎は言った。
『源氏はお前の従軍を認めよう』
(【名残の月】京・春より)