「……望美」
「九郎さん?」
望美は慌てて駆け寄り、妻戸を開く。果たしてそこに佇んでいたのは九郎で、見慣れない白の単姿は闇に浮かび上がるような存在感だった。
どこかおかしい、と感じた。
そう感じたそばから、自分で自分の感情に驚く。何がおかしいと言うのだろうか、目の前の九郎は確かに九郎本人で、それ以外の誰でもないのに。
「ど、どうしたんですか、九郎さん」
「…………」
望美の問いに対する返答は、言葉では返らなかった。
偶然見交わした眼差しは、何かをひどく思いつめたような、切羽詰まったような色をしていた。
天敵に狙われた動物というのは、こんな心持ちがするのかもしれない、と思う。とにかく鋭い瞳に射すくめられて、全身が金縛りにあったように動けない。
「……!?」
九郎の掌が伸びてきて、ぐい、と室内に押し戻される。転ぶかと思った身体はしっかりと抱きとめられて、内部に踏み入った九郎の後ろ手がぱたんと妻戸を閉じた。
混乱する耳に、届いたその言葉は。
「───妻問いに来た。否とは言わせない」
望美の知らない言葉を呟いた九郎の腕が、更に強く身体に回されて少し苦しいくらいだった。その言葉の意味を訊ける雰囲気では、とてもなかった。疑問が喉の奥に張りついたままに九郎を見上げれば、その餓えた瞳の熱にびくりと竦む。
あ、と思う前に、唇から熱を与えられて、望美の思考は蕩けた。
そうしてその華奢なからだは、九郎の手に委ねられた。
(【つまどひ】より)