はぁ、と吐く息は、白い。それはすぐに周囲の霧に混じり、溶け込んで跡形もなく消える。
「望美、疲れてはいない?」
朔の声に、望美は笑みを浮かべて首を横に振った。
「ううん、平気だよ。朔こそ、白龍も大丈夫? 怨霊に囲まれて、どこか怪我なんてしてない?」
「心配してくれてありがとう。私は怪我はないわ」
「私も。けが、してないよ、神子」
その答えを聞いて安堵した望美は、やや後ろを黙ってついて来る譲を振り返った。この後輩はもともと思慮深く、多弁ではないほうだったが、今はそれに背中の傷も加わってか一層静かだった。
「譲くんの怪我、そろそろ布を替えよう」
話を降られるとは思っていなかったのか、譲が慌てたように、俯きがちだった顔を上げて望美に向き直った。
「え、まだ平気ですよ、俺も。それより先を急いだほうが……」
「駄目」
有無を言わさない声だった。困惑を浮かべて黙り込んでしまった譲に驚き、朔が小首を傾げて望美を見た。彼女の───と言うよりこの世界一般の感覚では、女性が男性を言い負かすことなど、母親と幼子でもなければ有り得なかった。自分の対は、とても変わったところのある女性らしい、と朔は思う。
「ほんの小さな怪我でも、甘く見てると大変なことになるよ」
それでも続いた言葉はしごく尤もなものだったので、朔は望美を止めることはせず、彼女の加勢に回った。
「譲殿、望美の言う通りだわ。手当てをし直しましょう」
「でも、いつ怨霊が襲ってくるか……。それならむしろ、陣に早く向かったほうが得策だと思います」
金色に深く澄んだ瞳を瞬かせて、幼げな龍神が笑った。
「だいじょうぶ。穢れ、今はまだ、とおい」
「ほら譲くん、座って座ってー。朔、薬草ちょうだい」
「ええ」
手頃な岩の上に譲を腰掛けさせ、肩甲骨のあたりに当てた布を取って、川の水でよく洗う。朔から受け取った薬草を洗い上げた布に揉みこむ望美に、譲はぽつりと問いかけた。
「───先輩、随分と、手際がいいんですね」
「え? そう?」
「手当てのタイミングとか……さっきの戦いだって、なんだか」
眼鏡の奥からじっと探るような瞳を向けられても。
望美は曖昧に、笑うだけだった。
私が、運命を変えてみせる───
(【風切羽根】閑話・宇治川より)