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彼女の顔が次第に浮かないものになっていく。 それに気づいていた者が他にいたのかどうかは、分からない。けれど誰かがその小さな背を追う前に、自分こそが傍に居てやりたいと、そう思った。 居てやりたい───違う。自分が、居たいのだ。 彼女の、傍に。
「……あら、望美。もういいの?」 あまり箸の進まないらしい望美を気遣って、朔がそう声をかけた。 「え、まだまだ余裕だよ。朔こそ、もっと食べなきゃもったいないよ。お椀貸して、年越し蕎麦取ってあげるから」 「───え、私は、もう……」 「いいからいいから!」 椀に温かい蕎麦を盛って差し出せば、朔の困ったような微笑みが望美の視界いっぱいに飛び込んでくる。よく見慣れた、優しい親友の表情の一つ。 ああ、この顔も、見納めなんだ。 そう思う。ごく自然に、それを受け入れてしまっている。 「…………」 笑顔のままで、いられていると思う。 「望美?」 けれどこの親友には、きっとその強がりも通じないのだろう。 「ううん。私もお替りしたくなっちゃった」 通じないけれど、彼女はきっと自分が相談しない限り、見て見ぬ振りをしてくれる。
ふとした拍子に目で追っていた少女の姿が、人目を避けるようにリビングを出て行く。 夜の海でその姿を見つけた瞬間。 「酒を楽しむ顔をしていませんよ、九郎」 くすりと笑った弁慶の指摘は、恐らく正しいのだろう。九郎自身もそう思う。 「興じてはいないからな。つまらん訳でもないが」 「軍議の真っ最中のような顔ですね」 「そうか」 命をかけて未来を掴み取る、そのための心構えを固める時間。 ぼんやりと考えながら新たな酒を注ごうとした九郎の手は、弁慶にぺしりと叩かれた。 「味わいもせずに鯨飲するなど、勿体無いでしょう。ただでさえ君はうわばみなんだから」 「…………」 反論する気も、何故か起きない。飲みたくて飲んでいる訳でもなかった。 「……少し、出てくる」 唐突な九郎の言葉にも、弁慶は驚いた様子はなかった。 「外は寒いですから、上着を羽織っていったほうがいいですよ」 「そうだな」 リビングを出て行く九郎の背中に向けた弁慶の声は、彼には聴こえなかったようだった。 「───早くしないと、彼女が凍えてしまいますからね」
部屋の外に一歩足を踏み出すだけでも、空気の温度がかなり違う。さすがに大つごもりから新年を迎えるこの時節では、平泉ほどではないが鎌倉も冷えるものだ。彼女が備えもなしに、ふらふらと出歩くのを放っておけるような気温ではない。 それくらい知っている。 そんなことを考えながら玄関を出れば、案の定、庭に紫紺の影が見えた。 気が強く口の減らない娘。 九郎の視線の先で俯く望美は、そんな今までの認識とはまったく違う生きものに見えた。 「また、こんなところで考え事か?」 びくりと跳ねた肩。振り向く瞳に残る雫の跡。 「抜け出すなら、一言そう誰かに言っておけ」 ああ、違う。 「……心配させるな」 そっと頭を撫でれば、望美は小さく鼻をすすった。 もう、これで、さよならなんですね。 「…………」 そんな声で別れの挨拶を聴かされて、九郎の喉奥にひっかかってはごねていた言葉が、するりと枷から抜け出した。 「一つだけ、聴いてくれるか」 「……はい」 仲間。白龍の神子と八葉。兄弟子と妹弟子。
「……お前が好きだ。一人の女性として」
この胸の中で常に輝く、磨き上げた真円のような、その月への想い。
了 |
**ひとこと**
95000Hit申告のグインさまへのプレゼントSS、リク内容【迷宮ED告白シーンを九郎視点で】
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肝心の九郎視点部分が後半にならないと出てこない(笑)。本当にもたもたと往生際の悪い九郎ですみません。
どうも私のイメージする九郎は「腹が決まるまでが激烈にスローペース」です。そのくせ決まれば後は直滑降(爆)。
そして相変わらずフォロー係の朔(対神子)と弁慶(対九郎)、ううぅまた使ってしまった…。精進精進。
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