| 「この海も山も滝も恵みも、みんなお前のものだよ、オレの花嫁」 その言葉にも望美はただ笑うだけだった。ヒノエの一番好きな笑顔で。 「頭領にとっちゃあ、そこそこ若くてまあまあの顔なら、誰でもいいんだもんなあ」 下世話な言われようは確かに今までの態度に原因があったので、ヒノエとしても苦笑するしかない。熊野の者も、望美がどんな女かは、おいおい分かっていくだろう。 しかし意外なのは望美だった。 「───ね、望美。これからしばらく空けるけど、留守を頼めるかい」 告げても少女の表情は変わらない。 「あ、うん。今度はどこまで?」 「宋まで。遠いし長い、だからお前にしっかり留守を守ってほしいんだよ」 寂しがるような仕草の一つも見せてくれるかと思ったのに、望美は欠片もそんな素振りを見せずに頷いた。 「分かった。いつ、出発なの?」 そんな内心を悟られるのも癪だから、ヒノエも頭領としての表情で、返す。 「───明後日」 望美がすっと居住まいを正した。両手をつき、深々と頭を下げる。 「……いってらっしゃいませ、湛三さま」 「…………」 いけない、と思った時には。 「望美はさ」 言葉がもう、こぼれ落ちてしまっていた。 「なんでオレの傍に、来てくれる気になったんだい?」
望美が顔を上げた。きょとん、と自分を見上げる瞳に、ヒノエは軽く舌打ちした。 「嫁に来てくれと言ったのは、確かにオレだよ。でもお前も、断らなかった」 「うん。ヒノエくんのこと、好きだから」 「それならさ、どうしてお前はそんな、能面みたいな笑顔でオレを送り出せるんだい?」 熊野へ迎えてからというもの、ヒノエの好きな笑顔を、望美は浮かべなくなった。 澄み切って落ち着いた、揺らめかない、こころ。 望美がぱちくりとまたたいた。 「……だってさ、私が行かないでって言ったら、ヒノエくんは行かないの?」 「そりゃあ無理だけど」 「だったら言う必要、ないじゃない。ヒノエくんが困るだけなんだもん」 望美にとっては今更な話だった。 ふと、笑う。 そんな無意味なことを訊いて、困らせることは、したくなかった。まったく感じない訳ではなかったけれど、次元の違う話なのだから仕方が無い。望美だって、ヒノエと逆鱗を天秤にかけろと言われても、選ぶことなどできっこない。 「……ヒノエくん、甘えてほしいの?」 訊ねてみると、紅い瞳がふっと苦笑した。 「私、甘えていいのかな?」 「お前の我侭を何でも叶えるために、オレは生きてるつもりだけど」 年齢に似合わず重いものを背負ってしまった、若夫婦。
「好きって言ってくれるの、嬉しいよ?」 望美が笑った。 「金銀宝石より豪華な着物より、そっちのほうがずっと、嬉しいの」 「───欲がないね、オレの神子姫は」 「そうかな。熊野より好きになってほしいんだもん、これ以上の我侭なんてないよ」 ヒノエも笑った。 「なんだ、そんなのとっくに叶えてしまってるさ」 「嘘。ヒノエくんがどんなに熊野を大事に考えてるか、私、知ってるもん」 「そうだね、熊野は大事だよ、別当はオレだから。責任があると思ってる」 少しだけ不満そうに頬をふくらませた望美に、ヒノエは堪らず吹き出す。 「でもね、お前のことは、責任なんかじゃない」 「…………」 「誰よりもお前が好きだよ。だから帰さなかった。攫ってきた」 「……ほんと、に?」 「神かけて」 新緑が揺らめいて、またたいた。戸惑ったような色さえ浮かべて、投げかけられた言葉の真偽を測ろうとしているように、ヒノエには見えた。 そうだ。そのほうが、ずっといい。 「───お前は可愛いね、ほんとうに。片時も離したくないよ」 ねえ、いとしいいとしい、オレの花嫁。
了 |
**ひとこと**
50000Hit申告の浜島 あきよさまへのプレゼントSS、リク内容【ヒノエ無印ED後でヘタレ気味ヒノエ】。
リクいただいた時はホント、目が点になりました。べべべ別当でヘタレ気味でスカ…!?
ヒノエは常にスマートでかっこつけ君な印象があったので、まず固定観念を捨てるとこから始めました(笑)。
ヘタレの定義が正確に分かってないです。お待たせした挙句こんなんで申し訳ありません〜(^^;)。
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