| きずをおうより、いたいことがあるのです。
「望美! 前っ!!」 九郎が声を張り上げた時は、既に遅かった。 「───っ」 怨霊の一撃をまともに受け、望美はよろめいた。気絶するほどではないその傷は、意識があるだけかえって厄介だった。熱さを感じた次の瞬間、視界に飛び散る緋色。怨霊の大半は生きものですらない容姿、斬っても血など流れない。ではこれは自分の血か。 「望美っ!!」 朔が駆け寄ろうとするのを制すると、望美は怪我に構わず剣を構えた。腕を咄嗟に庇えたのは、不幸中の幸いと言うべきだった。 「朔。……封印したほうが早いよ、手を貸して」 「望美……でもあなた、そんなに血が」 「おねがい」 重ねて言えば、黒龍の神子は口を噤んだ。 「───めぐれ、天の声」 「響け、地の声」 怨霊の周囲を、白い光の渦が取り巻く。神子の言霊が歪みを祓っていく。 「……かのものを、封ぜよ!」 白い光が一気に収束し、ぱっと粒子になって飛び散る。その中に怨霊の姿はない。 「───望美っ!!」 自分を支える腕を、それを伸ばしてきた九郎を、振り払う余裕もなく。
「……大丈夫? 痛むでしょう」 「ん、まあね。でも平気だよ、ちょっと血が多めに出ただけだから」 ちょうど本日の探索に弁慶が同行していたこともあり、応急処置自体が早く適切だった。だからと言って、白龍の神子に傷を負わせてしまった不甲斐なさを、仲間たちが悔やまないはずもない。 「そんな無理を言わないで頂戴。あなたが傷つくなんて……私、厭なの」 「ありがと、朔。でも私も、朔がこんな怪我するくらいなら、私でよかったって思うよ?」 そんなことを笑顔で言う望美に、さらに朔がなにかを言いかけた瞬間。 「───望美。起きているのか?」 蔀の向こうから響く声を耳にした途端、さっと強張った対の表情を、朔は見た。 「……はい」 朔が逡巡する間に望美はそう返事をしたので、声の主である九郎は、蔀を跳ね上げて房に入ってきた。そのまま枕元に歩み寄り、朔がついているのとは反対側に、どしりと座る。 「済まないが朔殿、席をはずしてくれないか」 開口一番の言葉がそれで、朔は困惑した。 「朔、いいよ、行って。薬ならさっき替えてもらったばっかりだし」 「でも、望美」 「九郎さん、私にお説教しにきたんでしょ? 朔まで怒られる必要ないもの」 望美に水を向けられた九郎は、それに対する返答はしなかった。 「弁慶が薬湯を煎じにかかっている。出来上がったら、持ってきてほしい」 「……分かりました。でも九郎殿、この子にあまり負担をかけないでください」 「心得ている」
足音が消えた後の静けさは、すぐに気詰まりな沈黙に変化した。 「……済みませんでした、ぼーっとしてて。私の不注意でしたね、自業自得です」 九郎の説教など、今まで聞き飽きるほどくらってきた。今更口にされなくても、何を言われるのか分かるくらいで、まして今回は完全に自分に非があった。 「今後は気をつけますから。神子がこんなんじゃ、士気に関わりますし」 顔を見ずに、必要なことだけを並べて。 「分かってます、明日からちゃんとします。だから今日はもう、休ませてください」 「───望美」 名を呼ばれただけで、謝罪を次々と並べ立てるはずの声は途切れた。 子どもだ。どうしようもなく、自分は子どもだ。 「俺はお前に……何かしたのか?」 何かしたのか、って。 喉奥にせり上がる言葉を呑みくだし、望美は首を横に振った。 「いいえ。ちょっと最近、くたびれちゃってるみたいで」 動いたせいか、傷が痛んだ。 「だが───」 九郎の案じた声音に特別な意味を欲しがる自分を、望美は否定したかった。どうしたって手に入らないものを欲しがって泣きわめく子どもには、せめてなりたくなかった。 ねえ、九郎さん。 「……だいじょうぶ、ですから」
そう言った望美の瞳から、ほろりとこぼれ落ちた雫を、九郎はただ見つめていた。 泣かないでくれ。 望美の不注意を詰るつもりはなかった。むしろ、護れなかった己の所業を詫びたかった。 「痛むのか?」 伸ばそうとした掌は、顔を背ける僅かな仕草に拒まれた。 「そりゃあ、少しは。……でも、本当に、平気ですから」 望美の怪我の具合よりも、その仕草と涙のほうが、九郎の心を如実に波立てる。 平気って、お前。そんな顔をして何を言ってるんだ。
誰の前ならばお前はすべてを明け渡して微笑むのか。
「───望美、薬湯よ」 廊から届いた朔の声に、九郎ははっと我に返った。 盆を手に入ってきた朔は、九郎の姿を見て柳眉をしかめた。 「九郎殿、まだこちらにいらしたのですか」 「あ……その、済まない」 「無理をさせないようお願いしたはずです。今日はもう、お引取りください」 有無を言わせない黒龍の神子の声に、九郎はそそくさと立ち上がった。 去りがけにもう一度、床に伏した神子を見遣った。
了 |
**ひとこと**
45000Hit申告のなつみさまへのプレゼントSS、リク内容【すれ違いイベントでじれったく悩む九望】。
ラストを甘くしたかったのですが、「そんな簡単にすれ違い解消されちゃつまらねえ!」という鬼な書き手には無理でした(笑)。
実際、ゲーム無印の九郎は果たしてどの時点で恋心を自覚したのか、未だによく分かっておりせん。
むしろあの激鈍ヘタレは舞殿かっさらい直前まで自分が神子に恋してると気づいてないくらいが希望です(爆)。
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