| 「九郎さんのばかああぁぁっ!!」 高い少女の声が、そんな罵詈雑言を乗せて吸い込まれていった。ついでに頬を張る音も高く響いた。
「ばか! ばかっ! もう絶対、謝りに来るまで許さないんだからっ」 悪態をつく望美は気づいていない。 「あんまり遅くなったら、もう一発殴ってやる」 毎度のごとく迎えに来る相手の手を、それが自分に差し伸べられることを、疑わず。 「うーん、ここ、いろいろ生ってるなぁ。……あ、九郎さん、この実とか好きだったよね」 いつの間にか相手のことを、その笑顔を思い描いて。 「───て、別に九郎さんのためじゃないもん。私がお腹すくからだもん」 誰も聞き耳を立てる者はいないのに、食べごろの木の実より頬を熟れさせて。 「…………」 自分の一言で本日の諍い(と言うより望美が勝手に怒り狂い、九郎は訳が分からずぽかんとしていたのだが)を思い出し、少女は直りかけていた機嫌を再度むっと曲げた。 「ばかっ! 九郎さんの無神経男っ!!」 がぶり、とかぶりつく神子の勢いは凄まじい。
「───で、今度は何やらかした?」 「……別に何もない」 頬に見事な紅葉を貼りつけていれば、言わずともどんな事態が彼と彼女に起こったのかは、誰であっても容易に想像がつく。相談という名の好奇心、親切という名の野次馬根性、何しろだだっ広い野っ原で生命の危機を感じることもない暮らしは時に退屈で。そこに新鮮な話題を提供してくれる彼と彼女のやり取りは、周囲にとっては格好の娯楽だった。 「そうは言っても、先輩だってなんの理由もなく、平手打ちはしないでしょう」 荷造りを手伝っていた譲が呆れて溜め息をつく。 「神子は大丈夫だろうか。飛び出して行かれたのだろう」 敦盛の声音に含まれる案じた響きを、誰もが感じ取ることができた。 「あいつが勝手に出歩くのは、いつものことだろう」 つい、そんな強がりが口をつく。 「神子様はお心を痛めておられるでしょう。お慰め差し上げずともよろしいのですか」 明日より長のご不在ですのに、と微笑む銀の視線が微妙に痛いのは、やはり気がかりを感じているせいだろうか。 「気を散じては、道中の危険が増す」 気を散じる。未知の行為に及ぶに当たって、それは途方もなく不用意な行い。 「荷造りに集中できないなら邪魔です。その鬱陶しい悩みを、さっさと解決してきなさい」
「……おっそいなぁ」 腹も満たされ時間も経てば、怒りが持続しないのが望美の特徴だった。 「……仕方ないよね、明日から交易なんだし、支度もあるんだから」 本当ならその荷造りを手伝うべきだったのに。と言うか、そのつもりだったのに。 「怒ってる、かな」 しおしおと呟く少女は、来たばかりの時の怒りが嘘のように沈み込む。 「…………」 木の根元に座り込んでいたのが、不貞寝になった。 「……早く、来てよ……」 ぽつんと漏れた声は、当人以外の耳に届くことはなかった。
ずかずかと大股に歩む元名代の姿を遠目に認めて、朔は小首をかしげた。 「明日から出かけられるんだもの……きちんと仲直りしていただかなくては、困るわ」 交易に出かければ、不在は長期に及ぶ。当然ながら体力と武勇に優れた者がそれに当たることになり、そうなればどうしても、朔の対の想いびとは出かけていくことになる。 ───その上、諍ったままだなんて。 あの子があんまり可哀相だわ、と朔は思う。 「手のかかるひとたちね、本当に」
「……望美」 ようやく見つけたやわらかな色彩の少女は、長閑な陽射しを受けて眠り込んでいた。起こすのも忍びなかったので、九郎はそれを認めた時点で馬を降り、気配を殺してそっと近寄っていく。野生の生き物を手懐けるような慎重さが我ながら可笑しく、引っぱたかれたことも忘れてつい頬がゆるんだ。 けれどそれを残念に思う自分もいる。 せっかく、二人で共に過ごしているのに。 「望美」 さらり、と、無骨な指が流れ広がる髪を梳いた。 「───ん」 名を呼ばれたからか、髪に触れられたからか、それとも単に眠り足りたからか。 「……ろう、さん?」 ほけーっと見上げる少女の寝起きの頭は、眠る前までの諍いを忘れているようだった。 その優しい甘さは、簡単に九郎を融かしてしまう。 「おそいよぉ……」 「済まない」 「わたし、すっごく待ったんですからね。待ちくたびれたんですからね」 「悪かった」 「ん……も、いいです。ちゃんと、来てくれた、から……」 声の最後は寝息に消えた。すぅ、と安らかな呼吸が、耳元で響く。
「ところで今度の原因は何だったのかしら?」 交易に出発した者たちの姿が見えなくなった頃。 「だって九郎さん、お前最近肉づきがよくなったか、なんて言ったんだよ!?」 「…………」 静かに呆れ、そう、とだけ返した親友には構わず、ぐっと握りこぶしを作る。 「信じらんないでしょ、女の子に向かって太ったかなんて、普通言う!?」 「良いことだと思いますよ? 望美さんは華奢ですからね」 なおも意気込んで続けようとした少女の背から、薬師の笑い混じりの声がかかった。 「……弁慶さんまで何言うんですかっ!? もうっ、それは女の子には禁句なんです!!」 もちろん薬師は一向に堪えた様子もなかった。 「ややを産むには細すぎるくらいですよ。身ごもらせて大丈夫なのだろうかと、九郎も心配してましたから」 「───ぇ」 「弁慶殿」 絶句した少女は間を置いて林檎のように赤くなった。
了 |
**ひとこと**
40000Hit申告のひびこさまへのプレゼントSS、リク内容【モンゴルED】。
ゲストキャラはお任せで〜という話だったので、いっそ全員出してみました☆ 一言ずつですけど(笑)。
しかし十六夜EDクリアした時からずーっと思ってたけど、なんでみんなゾロゾロついてくんだろうモンゴル…。
いろいろと妄想が広がって広がって一話完結におさめるのが難しいくらいですモンゴル!
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