出会い

 

 座敷の隅で一人、九郎は固く目を閉じていた。
 耳に入る楽しげな女の嬌声、白粉と酒の匂いとが混じる。
 いくら男とはいえ、女を金で買う事は生真面目な九郎には出来ない。

 尊敬する兄の従者として同席してはいるが、誘いの声には耳を貸さなかった。
 若く見目の良い九郎に色めき立ち、しなだれかかってきた女達もやがて興が醒め、他の男に目を向けた頃。

 傍らに人の気配がして、うんざりとしながら瞼を上げた。

「あの」

「何だ」

「お白湯をお持ちしました」

 鈴の音のような声に視線を上げれば、質素な着物に身を包んだ少女。
 長い絹糸のような髪を緩く束ね、膝をついて湯飲みを差し出している。
 遊郭には珍しい程擦れていない、澄んだ瞳で九郎を見上げていた。

「下働きの娘か」

「いえ、見習いです」

「見習い!? お前、客を取るのか」

「いえ…まだ」

 驚いた九郎に、少しだけ睫毛を伏せて笑う少女。
 汚れの見えない無垢な白い肌は、きっとまだ男を知らない。
 いたいけな少女は遊郭にはいっそ清々しい程に似合わず、何よりその幼さで遊女見習い等、九郎には信じられなかった。
 目を瞬かせては凝視する視線に、彼女は俯いて顔を隠してしまう。

「…いくつだ」

「え?」

「いくつだ、と聞いている」

「はい、あの…十七を数えます」

「十七…親はどうした」

 何気無く尋ねた言葉に、少女は膝の上で拳を作る。
 噛み締めた唇の間から、絞り出すような声が零れた。

「…おりません」

「何故」

「殺され、ました」

「そうか…すまない、嫌な事を思い出させた」

 顔を見せない少女の髪を撫でて詫びた九郎に、彼女はそっと視線を上げる。
 震える子猫のような瞳は、助けを訴えているように思えて。
 五つも下の女にもなりきらない少女に、不覚にも目を奪われた。

「身よりがないから、此処に居るのか」

「はい」

「そうか。ならばお前は俺が買おう」

「えっ…」

「何、恐がらなくても良い。子供に手を出す趣味はない」

 それは九郎の本音だった、少なくともこの時は。
 暫くこの地に留まる事は決まっているし、兄の遊郭通いに付き合ってもこれなら他の女は寄り付かない。
 少しの金を渡して町から出してやれば、きっと幸せになれると信じて。

「話し相手になってもらうだけだ」

「私、まだ見習いです…」

「此処の主人には話をつけてやるさ。お前も良く知らぬ男に抱かれたくはないだろう?」

 触れた髪は柔らかく滑らかで、指に心地良い感触を与える。
 九郎を不安げに見つめていた少女は少し躊躇した後、微かに頷いた。

「名は」

「瑠璃と申します」

「そうではなくて、お前自身の名だ」

「望美…です」

「望美か。良い名だな」

 何気無く褒めた言葉に、少女は瞳を輝かせる。
 曇りのない澄んだ眼差しに、一瞬言葉が出ない。
 息を飲んだ九郎の目の前で、望美はにっこりと美しく微笑んだ。

 

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**ひとこと**
フリー配布でかっさらってきた挙句、惚れ込んで続きを書かせてくださいと土下座した原因となった頂きもの。
私なんぞがコメントできないですよ!! 素敵でしょう!!?? (握りコブシで荒・鼻息)
光月さまその節は本当にありがとうございます、大変ご迷惑をおかけしました(笑)。
つ、続き…この話に恥じないようにムード出しつつ頑張ります…。(そちらは遙かSS置き場にて)