| 士たる者、常に心がけておかねばならないことは、幾つもある。 曰く、鍛練を怠らぬこと。 曰く、卑怯な振る舞いを戒めること。 曰く、簡単に弱みを見せてはならぬこと。 ───曰く、遅れを取らぬよう努めること。
九郎は今、絶体絶命の窮地に立たされていた。 「の、望美!?」 完璧に声が裏返っているのを自覚したが、そんなことに構っている余裕はない。 「なんですか?」 あっさりと言われてしまうと、却ってこちらが返答に詰まる。まるで、気にするほうがおかしいのではないかと───そう言外に匂わされるような心地までしてくる。 「なんだ、ではない! お前、なんのつもりだ!?」 少女は九郎の袖を捕らえている、だけではなかった。決して九郎の思い過ごしでも妄想でもなく、ゆっくりと身を寄せてくる。正確には、その顔を。さら、と紫紺の絹糸が己の肩にこぼれ落ち、散りかかった。 「馬鹿、離れろ!!」 「嫌なら突き飛ばせばいいでしょう」 それが出来るならば、最初からそうしている。 「やめろっ……」 「だから嫌なら力ずくで止めさせればいいんだってば」 ふぅ、と少女の紅い唇から吐息が吹きかけられた。 嫌、ではない。 九郎はこの少女を憎からず想っていたし、少女のほうでも九郎のことを好きだと言った。『好き』にも多種多様の段階と種類があるはずだったが、幾度にも渡るすれ違いとやけっぱちな言い合い(要は痴話喧嘩)の果てに、つまりはまあそういう『好き』なのだと、互いの間で諒解が成立していた。 卑怯な振る舞いをしてはならない。 ぶっちゃけた話、想いを伝え合ったところまではいいものの、九郎とこの少女の間では、それ以降の進展というものが皆無なのだった。 互いの視界に互いの顔しか映らない。それほどに、近い、距離。 「───くろう、さん……」 舌足らずな甘え声も、それを乗せた吐息も、まろやかな熱に浸されて。
躯の奥の奥から、押し込めていた熱が堰を切ってあふれ出すのを、九郎はかき消される理性の片隅で、かろうじて捉えた。
「……んっ!」 男の掌が少女の後頭部に回り、ぐいと己へ引き寄せた。その急な動きを予期していなかった少女は、くぐもった驚き声を上げたが、それすらも重なった唇の間に消えていく。勢い余ってかつんと歯がぶつかり、互いの唇に少しだけ痛みをもたらした。 いささか不手際な、やや色気に欠ける、恋の触れ合い。
お前からされるなど、俺が男として余りに不甲斐ないではないか。
了 |
**ひとこと**
ニフエさまのサイト【nnww】の望九絵『どうする?2』を見て「SS書きたいです!!」と土下座した一品。
もう押せ押せな神子と血管切れる寸前の御曹司が可愛すぎてですね、見てるこっちが鼻血モノ。
もっといっぱい書きたい気もしたんですが…あまりダラダラ書くとせっかくのイラストのシチュが生きないので、簡潔に。
快くSSの許可をくださいまして、ニフエさま本当にありがとうございました〜!!
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